表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

万里華の戦い

 滝川万里華十六歳。長兄西条総志が引退した後の南高バスケ部を率いる現役女子高生監督である。まだ一年生だがその美貌と風格は母譲りで、制服を着ていなければ凄腕キャリアウーマンにしか見えない。

 南高バスケ部はインターハイの初制覇後、国体出場は辞退し冬の選手権に向けて新チームの強化を全力で進めていた。普通のバスケ強豪校なら、選手権への出場が決まっている現状で三年生が引退することはありえないだろうが、公立進学校の南高校では三年生は原則夏のインターハイまでと決まっていた。

「西条キャプテンは成績も良いから、冬まで残ってくれるのかと思っていたのに」

 と残った一二年は不安そうであるが、

「うちは夏の優勝チームとして予選免除で冬の本選出場を決めています。これは実戦での成長が出来ないと言うデメリットが有る一方、こちらの戦力を隠せると言うメリットも有ります。要点は夏から冬にかけてどれだけの戦力アップが出来るかと言うことです」

 と諭す万里華。

 しかしこれまでと特段練習メニューが変わったわけではない。南高はバスケ部に限らず文武両道の少数精鋭主義である。基本は三対三を延々と繰り返す実戦方式。

「練習では常に考えて動きなさい。試合で考えずに動けるように」

 相手の立場になってプレーすること。それはバスケに限らず人生のあらゆる局面で生きる筈である。

 それにしても西条総志の抜けた穴は埋めようがない。彼の存在感たるや圧倒的だった。

万能選手(オールらうんだー)の西条先輩にも唯一の欠点があります。それは彼が唯一無二であること。彼がどれほど優れていても、同時に二カ所に存在することはできないのだから、一人では出来る事は限られます。それを補うのはコート上にいる四人の味方。それに気付けば彼の穴を埋める事は容易いことです。つまり各局面に応じて個々人が先輩に成り替れば良いのです」

 それは場面ごとに最適のプレーをすると言う極めてシンプルな戦術である。その為には全員が必殺技と言うべき得意なプレーを、一つでなく複数持って使い分ける事。ベンチ入りメンバーまで含めて全体の底上げが求められている。

「全体のバランスからいえば、西条総志と言う突出した才能が居た時よりもしっくりくる筈です」

 総志は突出していたが故に、良くも悪くも周囲に合わせてプレーの質を抑えていた嫌いがある。それは裏を返せば西条総志を生かしていたのは周りの選手であったと言うことなのだ。

 一定の水準を超えたと判断した万里華は新しい課題を持ちだした。

「ディフェンス側を一人減らしましょう」

 つまり攻撃側三人に対して、二人で守れと言うことだ。試合の局面で数的不利で守らなければならない場面は必ずある。

「時間制限は三十秒」

 ルール上、敵陣に入って二十四秒以内にシュートを打たなければならない訳だが、その間に味方が戻ってこない訳は無いので意外に過酷な条件である。練習の三対三はセンターとフォワード、ガードを一人ずつ入れて組ませるのだが、二人だとどれかが欠けるため、ポジション的なミスマッチが増える。これも実戦的だ。

 ガードとフォワードの組み合わせの場合、中に入られたら終わりなので、積極的に前に出る守り方が求められる。逆にガードが居なくてフォワードとセンターなら、ゴール下を固めての持久戦。ガードとセンターなら・・・。

「ただ動くのではなく、絶えず考えながら動く事。試合になったら考えずに動けるように体に覚え込ませるの」


 そして冬の選手権直前。期末試験もクリアして、

「部員全員が目標の成績をクリアして安堵しています」

 と切り出す万里華。

「神奈川県の代表は大方の予想通り海東高校と小田原実業。いわゆる二強でした。下馬評ではうちはこの二強に及ばないと言われている様ですが、今のチームは夏のレギュラーよりも強いと断言できます」

 夏のレギュラーと言えば、全国の頂点に立ったチームである。だがどの高校も冬は夏よりレベルを挙げてくる筈なので、夏を超えるのは最低条件である。

「今現在の実力を確認する為に練習試合を組みました」

 現れたのは五高連合選抜。と言っても女子しかいない北女や男子の少ない東商業は外れるので主力は西工業と中央。そして見慣れた顔が一人。

「西条主将」

「主将はお前だろ」

 総志は十一月に高認を受けてA級判定を受けて、つまり希望大学に自動的に入れる事が決まっている。

「受験で鈍った体をほぐそうと思ってね」

「西条先輩は、天皇杯に出場予定なの」

 彼が特別指定を受けているプロチームが全日本選手権のトーナメントでまだ勝ち残っているのだ。

「つまり俺たちが高校日本一を掛けて戦うのをしり目に、先輩は本物の日本一を目指して戦うわけですか」

 後輩たちは感嘆の声を挙げた。

「秋の対抗戦の時に対戦した他校の選手から、一度俺と同じチームでやってみたいと言う要望が有ってね」

 そんな訳で結集したある種のドリームチームである。

「あの西条先輩をどうやって止めれば」

 と泣き言を言いだす部員達。

「止める必要はないわ。だって選手権にあんな凄い選手は出てこないのだから」

 とあっさりと言う万里華。

「普通と違う指示を敢えてするなら、外からは打たせない事」

 普通は外からは打たれても良いから中に入れるなと言うところだが、総志の外からのシュートの成功率を考えると、フリーで打たせるのはあまりに危険だ。

「如何な西条総志といえども、一度に取れる点は二点か三点。無理に止めに行ってファールを与えるのが一番拙い。取られたら取り返せばいいだけよ。だから攻撃は外中心でね」

 南高のスタメンのうち三人がシューティングガード経験者であった。

 少数精鋭を旨とする南高は伝統的にユーティリティな選手を目指して育成してきた。その最たるものがオールラウンダーの極みとも言える西条総志であるが、他の選手も二つ以上のポジションをこなせる選手が多い。今のチームのスタメンは全員がユーティリティプレイヤーである。

 新チームで主将を務める市来はゲームに於いても司令塔を任されている。が全員が考えながら動く南高バスケ部に於いては、司令塔と言うのは単に攻撃の出発点に過ぎない。彼自身もパスよりもシュートの方が得意と言うくらいである。反り返って打つシュートフォームから仲間内からは投石機(カタパルト)と呼ばれている。

 市来の右手を進み状況に応じて中と外で動けるのが新浦である。彼はもともとスモールフォワードの選手だったのだが、市来がポイントガードを兼ねるのに伴って外からのシュートを会得してその位置を埋めた。こちらは敵の防御を切り裂くようなドライブを得意とする事から破城槌(バタリングラム)が通り名である。

 光浦はポイントガードとして入部してきたのだが、一年で身長が十五センチも伸びたことから攻撃では前線に投入されて、防御ではポイントガードとマッチアップする二刀流プレイヤーとなった。彼はその高いディフェンス能力と射撃官制能力から神の盾(イージス)と呼ばれている。

 代永はシューティングガード上がりだが、チーム一の長身のためディフェンスではゴール下に投入される。オフェンスでは外からのシュート、ディフェンスではシュートブロックとリバウンドをこなす。彼はミサイル防衛システム(PAC3)と渾名される。

 逸見はこの中では唯一の一年で、中学まではその長身ゆえにセンターをやらされていた。高校でも八月まではセンター専業だったが、新チームになって走り込みを課される事でフォワードの役割もこなせる様になった。

 この五人が揃うことにより南高バスケ部は攻撃と防御でポジションが入れ替わると言う変則システムが敷かれている。攻撃時にポイントガードである市来は防御ではシューティングガードをマークする。同様に新浦は攻撃時にはシューティングガードだが、防御ではパワーフォワード。光浦は攻撃ではスモールフォワードで防御時にはポイントガード。代永は攻撃ではパワーフォワードだが防御ではセンター。逸見は攻撃ではセンターに入るが、防御ではスモールフォワードに回る。

 これはあくまでも基本形であって、各ポジションに専業の控えも用意してある。部員数が少なくとも層が薄いとは言わせない。

 全員を良く知る総志は良いとして、他校から集まった選手たちは自分のマークする相手がくるくる替るので対応に苦慮して居た。

「マンツーマンは止めてゾーンで守ろう」

 と直ちに指示を出す総志。

 総志がセンターの位置について2-3ゾーンを取った。総志が引いて守ってくれるのはむしろ好都合で、南高は予定通り外からのスリーポイントで攻めていく。

 前半は十点差でリード。スリーが思ったほど決まらなかった所為だが、やはり総志がセンターに構えているのはプレッシャーになるのだろう。

「後半はインサイドを強化します」

 スタメンでは一番背の低い新浦を下げて本職の二年生センターを投入して高さを稼ぐ。

「後は臨機応変に」

 南高のバスケ部員は自ら考えてプレイできる選手ばかりである。故に試合中の戦術について監督の方からあれこれ指示することは無い。

 インサイドを強化したからと言って中で勝負しろと言う訳ではない。前半のスリーが思うように決まらなかった最大の要因はやはり外れた時のリスクを警戒して思い切って打てなかったからだ。そこでリバウンド力を強化することで、外からのシュートを援護するのがここからの狙いである。

 実際に点差は開きはじめて、最大二十点差になった時に西条総志は動いた。

「さて、ハンデはこれくらいで良いかな」

 そう宣言して選手を入れ替えて隊形を3-2ゾーンに移行する。当然真ん中は総志である。左右の二人もシューターのマークに入る。後ろの二人はともに百九十台の大型選手を配して居る。

「最初からこれで来れば良いのに」

 と万里華がポツリ。ここまでは急増チームの力量を推し量っていたらしい。

 いきなりポイントガードからスチールをかますと一気に速攻に入る総志。取り返そうとそれを追う市来。スリーポイントエリアの外で追い付くが、それは罠だった。総志はわざとディフェンスを一枚だけ追いつかせてスリーを打つ。しかもブロックに飛ぶディフェンスにぶつかってファールを貰う。フリースローも決めて四点プレー。

 ここですかさずタイムアウトを取る万里華。

「今のは仕方が有りません」

 総志にスリーを打たせるなと言うのが最初からの指示である。

「逸見君を戻します。それから・・・」

 センターを務めていた矢倉がアウト。更に市来を外してポイントガード専門の戸塚を投入する。これは「じっくり攻めよう」の合図だ。

 戸塚は慎重派で無理はしないから大崩れしない。リードして居る展開で一番拙いのはパスカットからのターンオーバーである。取られたら取り返す、を確実にこなしていれば点差が急激に縮まる事は無い。

 点差は十点台の前半を行ったり来たりで最終クオーターに突入。

「何よ。負けてんじゃないの」

 ここで日野沙弥加がやってきた。

「試合はここからだよ」

 と返す総志。

 手を抜いていた訳ではないだろうが、ここで明らかに総志の動きが変わった。

「入ったわね」

 極限の集中状態。戸塚のパスが立て続けにカットされる。残り二分でついに一桁差に突入した。ここで再びタイムアウトを取って物理的に流れを断ち切る。

「ここからが正念場よ」

 万里華は自分に言い聞かせるように、

「今の西条先輩の動きは追いつけない。それはこちらだけでなく向こうの選手も同じ。であるならば」

 ここで万里華はとっておきの切り札を投入する。ディフェンスのスペシャリスト寺井である。夏の大会でもエースを徹底的にマークして止めるエースキラーと呼ばれた男だ。彼のディフェンス力は総志とのマンツーマンで鍛えたモノである。

「貴方の成長ぶりを師匠に見せつけてあげなさい」

「ああなると、誰にも止められないわよ」

 とクールに振舞っているが口元がにやけぎみの沙弥加。

「ええ。でも付いていけないのは向こうの選手も同じ」

 総志と他の選手との連携は殆ど無くなる。一度総志にボールが入ればそこからは彼が一人で持ち込むしかない。寺井のマークは総志を止めると言うよりは総志と他の選手との連携を封じる事で、総志へのパスを制限することにある。

「やるわね」

「ええ。全て西条先輩の仕込みです」

 攻撃は総志一人でも何とかなるが、防御は総志一人ではどうにもならない。点差は最後まで縮められなかった。

「口ほどにも無いわねえ」

 と沙弥加にからかわれた総志は、

「悪いね。一緒に帰るつもりだったけど、もう少し揉んでもらうよ」

 と言ってその後の練習にも参加した。

 定番の三対三に単独で加わり、しかも攻防入れ替わりでの出ずっぱり。高さや速さだけでなくそのスタミナも桁外れであることを改めて示した。


 そして選抜本番。南高は二回戦からの登場となった。

 初戦の相手は西の強豪大阪城西高校。夏のベスト八である。この戦いは西南戦争と命名されて注目されたが、万里華はこの試合のスタメンに一年生を投入した。それも夏にはまだベンチ入りしていなかった面々である。

「実力的には問題ありません。足りないのは実績と経験。この試合に勝ってチーム力の底上げを図ります」

 試合は狙い通りの展開。控えメンバーだけで前半の主導権を確保したまま、後半に主力を投入して一気に突き放す。

「ここまできたら、主力を温存して戦力を隠す方が」

 と言う意見も出たが、

「あら、余裕ね。どんな名選手でも初戦は緊張するものだけど。楽勝の時に試合勘を掴まないで、厳しい局面でいきなり出て実力を発揮しきれるのかしら」

 とばっさり。

「このチームはまだまだ発展途上。現段階での戦力を見られても、次の試合にはその上を行ってくれると信じているわ」

 と持ち上げる事も忘れない。

 続く三回戦もあっさりと突破して準々決勝に進出すると、南高の評価は一気に高まった。次の相手はあの海東高校である。反対のブロックには小田原実業もまだ勝ち残っており、同県の高校が三校も残ると言う快挙となった。

「夏の雪辱を果たしたい」

 とは海東の監督蓑谷氏の談話。

「決勝は神奈川県勢同士で」

 と意気込む小田原実業の河並監督。

 これに対して滝川万里華はと言えば、

「相手は特に意識しません。うちはうちのバスケをやるだけです」

 と貫禄のお答え。

 南高のバスケとはと問われ、

「高さはバスケに於いて強力な才能ですけど、それを打ち破るのは速さ。縦の動きに対抗する横の動きこそがうちの信条です」

 次兄瀬尾矩総もこの試合を観戦に訪れた。左右に久世希理華と野田刹那を連れている。男一人に女二人だとバランスが悪いので介添えとして弟の滝川太一を連れている。春真は妹の真梨世を、希総も異母妹として周知されている瀬尾華理那を同行させた。そして末弟の皆人は末の姉西条恭子のお供である。

「一番肝心の総志君が来ていないのね」

 と希理華。

「総美姉さんに遠慮したらしいよ」

 長女西条総美は只一人来年の進路を決める戦いの最中である。

 さて試合の方だが、

「完全に格上の戦い方だな」

 と腕組みして感心する矩総。

 対する海東は南高の戦術をよく研究してそれに対応しているが、それは本来の海東のバスケをしていないと言うことでもある。

「夏の段階では、総志兄さんだけが突出して見えたけど、今のチームは全体的にレベルが高いね」

 と希総。

「兄さんが居た頃は、良くも悪くも兄さんにボールが集まってそこから展開するけど、今のチームだと球の出所が判り難い」

「それって誉めているの?」

 と苦笑する希理華。

「万遍なく点を取っているから、誰か一人を抑えれば済むと言うチームじゃ無くなっているのは確かだな」

 と引き取る矩総。

「それにしても一対一で決して引けを取っていない」

 と春真。

「チームとしてのまとまりに加えて、個人技までレベルアップしている。夏よりも今の方が強いと言うのも納得できる仕上がりだな」

「総志兄さんは、決勝まで残ったら来るって言っていたけど。それは決勝まで残れると言う手ごたえを覚えたんだろうね」

 南高校に、中学時代での実績のある選手は一人もいない。対して海東高校は何れも名のある選手ばかりだ。

「ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない」

 と矩総。

「南高に集まったのは小さいながらもダイヤの原石ばかりだったんだな。それが西条総志と言う最上のダイヤモンドとぶつかる事で見事に開花した」

「それって、洒落?」

 と春真がおどけて尋ねる。

「この人はシャレなんか言わないわよ」

 と笑って返す希理華であった。

 高さに対抗する速さ。それが如実に出た試合であった。ターンオーバーからの得点が実に三十点。速攻からの得点は普通ならゴール下へ走り込むレイアップであるが、南高は「フリーになったら先ずシュートを狙え」が訓えなので、最初の選択肢は遠目からのスリーポイントシュートである。たとえ外れても二番目に走り込んだ選手がそれを空中で確保してそのままダンクへ行く。一見派手で大雑把だが、徹底されると敵の戦意を著しく削ぐ。

 第三ピリオドを終えた時には実に四十点以上の大差がついていた。

 最終ピリオドでは、南高はスタメンを全部はずしてきた。ポイントガードの戸塚以外は全員が一年生と言う布陣である。海東も既に勝利は諦めて三年を外す来年に向けての布石を打ってきた。

「この試合そのものは決まったけど、このピリオドは来年度の戦いを占う試金石だね」

 と無難な意見を述べる希総。

「王者の誇りを失った海東なんか怖くないさ」

 と春真。

「そうは言うけど、手負いの獅子は危険だよ」

 と引き締めを図る矩総。 

「このピリオドは取れても取れなくてもどっちでもいいんだと思いますよ」

 と初めて口を開いた太一。

「どうしてそう思う?」

 と興味深く尋ねる矩総。

「取れれば来年以降の海東に対して優位を保てる。取れなくても来年度への課題が見つかりますから」

「それが正解だろうなあ。何事にも一つの目的だけで事に及ばない。常に裏の目的を隠し持つのが僕らの父の流儀だ。千里さんはそれを最も間近で見て、それを娘に教え込んでいるんだな」

「およそ高校生の会話じゃないわねえ」

 と笑う希理華。

 いつもなら兄たちの会話に口をはさんで来る華理那が今日は大人しい。希理華にその役割を譲って、主になゆたと雑談している様だ。

 最終ピリオドは十六対十七。点差は一点だけ詰まった事に成る。

「どう見ます?」

 と兄に尋ねる希総。

「ベンチがどういう指示を出したか、だけど」

 と首をひねりつつも、

「無難に時間を潰したって感じかな」

 と答える矩総。

「剣道みたいに一本取って終わりじゃないからまどろっこしいわね」

 と希理華。

「おそらく万里華の指示通りだと思うよ」

 とは春真の意見。

「試合データの無かった控えのデータを取る為に色々と仕掛けていたんだと思う」

「成程。それも彼女らしいな」

「もうひとつ言えば、こちらの底は見せずにって事でしょ」

 と希総が付け加える。

 続く準決勝も圧勝して決勝進出。向こうのブロックにいた小田原実業は残念ながらここで敗退して決勝での同県対決は成らなかった。

 決勝は夏と同じ九州大学付属第一高校、通称キュウイチ。選手権では百二十対五十五と大勝しているが、

「夏は得点の半分が貴方でしょ」

 と沙弥加。

「なんで俺たちは二人だけなんだろうか?」

 とぼやく総志だが、

「なによ。私と二人きりじゃ御不満?」

 と睨まれた。

「いや、そういう意味じゃないけど」

 次兄の矩総が声を掛けたら弟たちがみんな参集したのに、長兄の自分の時には誰も乗ってこなかったことがちょっと寂しかったのだ。

「私が、二人っきりが良いから来るなって止めたのよ」

 とばらす。

「周りにこんなに人が居たら二人きりじゃ無いじゃないか」

 と頓珍漢な反応。

「馬鹿」

「さっきの話だけど」

 と話を戻して、

「あれは監督の指示で俺にボールを集めた所為だ」

「何のために?」

「俺に全ての注目を集めて、本当の実力を隠すため」

「他の選手の?」

「それも有るけど、スーパーエース頼みの凡庸な指揮官だと思わせたかったんだろう」

「そこまで計算していたの?」

 と呆れる沙弥加だが、

「元々、俺が居なくなった後のチームを任せるためにスカウトしたんだから、当然だろ」

 と事もなげに言う総志。

「俺が抜けた後の新チームで、俺のいるチームを破って見せたんだから。他の高校生相手に負けてもらっては困るよ」

「隣良いかしら」

 と声が掛かる。

 邪魔が入ってむっとしてそちらの方向を向く沙弥加だが、

「もしかして」

「御無沙汰してます。千里さん」

 声を掛けてきたのは万里華の母滝川千里であった。

 二人は席を一つずつ移動して席を譲った。

「御免なさいね、お邪魔して」

「あ、いえ、はい」

 対応に困っている様な沙弥加を横目に、

「お一人ですか?」

 と尋ねる総志。

「ええ。総一郎さまから差し入れを言付かってきたの」

 と風呂敷を示す。

「特製の補給食らしいのだけど」

「ああ。俺が現役の頃にも差し入れて貰ったことが有りますよ。ハーフタイムにでも持って行きましょう」

「あの手腕は千里さんの教えですか?」

 と尋ねる沙弥加に、

「私は何も。習ったとすれば父親の方よ」

 と答える千里。

「うちの娘は数少ない例外だから」

 瀬尾総一郎の子供達は基本的に母親が教育し、父親には出番が無い。瀬尾姓を名乗る二人に関しては相談を受ける事もあるが、総一郎の方から積極的に手を出せるのは万里華だけである。会うのは月一だが、密度の濃い関係を構築している。

「私は実の父から娘として扱われた経験を持たないから、余計に気を使ってくれているだのと思うわ」

「その結果があれですか」

 と苦笑するしかない。

 試合の方は、

「最後だから出し惜しみ無く全力で」

 と言う監督の指示通りの展開となった。

 市来のチェンジオブペースからのドライブ突破。左右からのヘルプに対応して空いた新浦へパス。その新浦は貰ってすぐにスリーを決める。一連のここの動きは西条総志のそれと同等であるが、

「俺ならパス無しで一人でやってのけるところだけど」

「二人でやるところがミソなんでしょ」

 五人が其々のポジションで西条総志並みのプレーを見せる。それは西条総志が五人いるのに等しい。

「こんなの、どうやって止めれば」

 と思わず悲鳴を挙げる敵の監督。

 前半を終わって、得点は五十五対四。

「とても全国大会の決勝とは思えない展開ね」

「ちょっと行ってくるよ」

 総志は千里の持ってきた差し入れを持って後輩たちを激励に行く。

 後半に入ると海東は来期を見据えて面子を落としてきたが、南高は全く手を抜かない。

「容赦ないわねえ」

「この試合が終われば、年末年始でたっぷりと休養が取れるから限界一杯まで動けってさ」

 結果はここに書くまでもないだろう。


あまり目立たなかった二女の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ