コンダクター春真
十月。南高野球部は夏に続いて秋の県大会でも準優勝を遂げた。夏と違うのは、全国への道がまだ残っていると言う事。関東大会で上位に入れば春のセンバツ大会へ出場できる。
「頼みがあるんだが」
と声を掛けてきたのは春真の同級生で新チームの主将である。
「まさか、また助っ人に入ってくれと言うんじゃないだろうな」
と春真。四月の春季大会では彼は頼まれて県大会準優勝に貢献している。
「今回は頼まれても無理だけどな。何と言っても受けるキャッチャーがいない」
春には兄の希総が受けてくれたのだが、既に前倒しで進学している。まあそれでなくても三年生は出られないのだけど。
四月、当時の三年生エースが地区大会で軽い故障を抱えて春季大会本選に出られなくなって困っていた。そこで野球部の同級生が御堂春真に目を付けた。声を掛けてきた。同じ中学の出身で春真の身体能力の高さを知り尽くしていたからだ。試しに投げてみたのだが、春真の球は単に速いだけでなく手元で不規則に変化する為に三年の正捕手すらまともに取れなかった。
「キャッチャーまで壊す訳にはいかないな」
とその日は引き揚げた春真だが、
「ねえ矩総兄さん。俺の球を受けてくれないかな」
春真は自分の家が経営するスポーツクラブに兄を呼び出した。話を聞いた矩総は、
「仕方ないな」
と構えると、野球部の本職が全く取れなかった春真のクセ球を初見であっさりと取って見せた。
一緒に来ていた希総は、
「兄さん、あれ捕れる?」
隣にいた長兄総志は、
「無理だな」
と即答が来た。
「俺が得意なのは広範囲に全体を見通す鳥の目だけど、矩総の場合は対象を絞って多角的に分析する虫の目。どちらも母親譲りの特性だけど、矩総の場合にはそこに優れた記憶力が合わさって、わずかな動きの差異も見逃さない」
と理系っぽい分析を加える。
「僕にはそのどちらも無いな」
と希総は肩を落とすが、
「お前に必要なのはトレンドの流れを感じ取る魚の目だろ」
となだめる総志。
「その話って、うちの母からの受け売りでしょ」
「ばれたか」
「ちょっと良いですか?」
十球ほど投げた所で希総が制止を掛ける。
「春真兄さん、ボールをどうやって握っています?」
素人の春真は硬球の縫い目を考えずに適当に握っているらしい。
「だから一球ごとにボールの回転が違って、不規則な変化をしているんですね」
と納得した希総はスマホで検索した情報を元に正しい速球の握り方を伝授した。
「後は投げる瞬間だけ力を入れること」
とアドバイスをすると、
「バレーのスパイクの要領だな」
と呑み込みの早い春真。
更に十球。球筋は安定してきたが、それ以上に注目すべきは、
「さっきよりも球速が上がっていないか?」
と目を見張る総志。
「成ってますね。先ほどまでは時速百四十キロ前後。これでも十分速いけど、修正後は百五十を超えてますよ」
とスマホの動画を見せる。そこには球速が計算されて表示されている。
「あいつ実は野球に向いていたんだな」
「長身に加えて、バレーのスパイクを思わせる変則的なフォーム。更にピアニストとしての精密な指使いですからね」
と頷く希総。
「でも最初から野球をやっていたらここまでの完成度には達しなかったでしょうね」
始めから投手をやっていたら、あの独特なフォームは確実に矯正されていただろう。関節が特に柔軟な春真は腕を鞭の様にしならせて投げる。これはバレーのスパイクの時にも発揮されたが、指導者無しにやってきた所為で誰からも直されなかった。
「俺が向いていると言ったのは矩総の方なんだけど」
と総志。
「そう言えば、球速が上がっても、全く動じていませんね」
「キャッチングの能力もさることながら」
と前置きして、
「バスケのポイントガード、バレーのセッター。各スポーツにある司令塔と言われるポジションの中でも、じっとして動かずにやれる野球のキャッチャーこそまさしく矩総向きだと思うぞ」
矩総はその体質上五分以上の全力運動が出来ない。それをするといささか困った事態に陥るのだが、座った状態で指示を出せるキャッチャーならそんな状態は起こりえない。まあ当たり判定が大きいのが唯一の問題点だろうか。
「なるほど」
希総は次兄の体質に付いて把握しておらず、単にスタミナが無いだけだと解釈している。
春真が兄を引き連れて野球部に再び現れると、
「まさか、瀬尾会長に助力いただけるとは」
と恐縮する野球部。
「エースの故障と言う緊急事態だからな」
春季大会では、春真の快投もさることながら、四番に座った矩総の豪打が大爆発した。握りから球種を見極める観察眼の鋭さと驚異的なスイングスピードで、打率十割。しかもすべて本塁打と言う漫画でもあり得ないような戦果を挙げた。しかもすべての打席で一度しかスイングしない。まさに一撃必殺の打法である。
関東大会出場となる決勝進出の時点で二人はお役御免。決勝戦はベンチに座って観戦モードだった。
関東大会ではベスト4。そして夏の本番でも決勝まで行ったがそこで惜敗。だが、実戦で培った経験により秋の県大会でも決勝まで勝ち残った。
そして、甲子園への再挑戦を掛けた関東大会。
「五校合同で応援団を結成することになったんだ。各校から吹奏楽部員が集められるんだけど、その指揮者を頼みたい」
春真が指揮者をやるのは初めてではない。小学生の時のマーチングバンドでも指揮者を任されていた。
と言うところで冒頭に戻る。
最初の顔合わせ会で、
「南高の御堂春真です。他校の方は殆ど初めましてだと思いますが、このたび指揮を仰せつかりましたので、ご協力お願いします」
と挨拶した。
何名か、明らかに不満そうにしている者がいた。
「なんであんたの指揮に従わなくっちゃならないんだ」
と喧嘩腰の男が一人。
「これは有志なんだから、気に入らないなら帰っていいよ」
と相手にしない。
「まあまあ。この中にはお前の実力を疑っている人間もいるみたいだから」
と宥めに入る南高の前部長。
「そうだな。俺は吹くよりは弾く方が得意なんだけど」
と言いながら彼のトランペットを借りて軽く演奏して見せる。
「他に、疑念のある人は手を挙げて」
と言って、その楽器を使っては見事な演奏を披露してみせる。身内の南高の生徒は既に慣れっこだが、他校の生徒は呆気にとられている。
「本来、指揮者が全ての楽器を演奏できる必要なんかないんですけど」
と見えを切って
「残念ながら、全ての楽器を同時に演奏することは出来ないので、何卒ご協力を賜りたく」
と仰々しく頭を下げる。
「先に言えよ」
とまだぐちぐち言っているのは最初に口火を切った西工業のトロンボーン奏者。
「なんだ。まだ居たの?」
と突き放す春真に、
「失礼しました。九代目」
と深々と頭を下げる。
「その呼び方は止せ」
と苦笑する春真。
「各校から予めレパートリーを伺いましたので、その中から十曲ほど選ばせて頂きました」
と言って譜面を配る。
「この選曲基準は?」
と聞かれたので、
「基本は俺が演奏できる物です」
と答える春真。これがはったりでない事は既に了解事項になっていた。
「まずはこの中から何曲か軽く合わせて見ましょう」
と言って指揮棒を振り上げる。
演奏が終わって、
「各楽器のパート毎にリーダーを決めて下さい。この後、リーダーだけ残って打合せをしたいと思います」
木管はフルートとクラリネット、金管はトランペットとトロンボーン。他にチューバやコントラバスの低音部と打楽器の六グループに分けられた。トランペットは南高の前部長、トロンボーンは春真に喧嘩を売った西高の生徒だ。
「さっきは有難う」
「あれってやっぱりやらせか」
と苦笑する南高の先輩。
「うちは気性の荒いのが多いですから」
と西高の男。
「九代目の実力を示せれば、直ぐに収まる事なんですけどね」
「あれは、他の学校の生徒にも有効だったな」
「九代目って、何のこと?」
とフルートリーダーの女子。北女の前部長である。
「これですよ」
と春真は左袖をまくって腕輪を見せる。
「御堂君が今の獅子王だったのね」
と声を掛けてきたのは北女の現会長。クラリネットのリーダーである。
「そう言うのって、申し送りとかされないんですか?」
「うちはそう言う方面にあまり縁がないから」
そう言えば、前会長である久世希理華も春真が獅子王であることは知らなかった。獅子王システムが正常に機能していれば、女子しかいない北女が危機に瀕することなどないのだ。
「それよりも、御堂君って凄いお坊ちゃまなんでしょう?」
と東商業の低音パートリーダー。
「凄くは無いけど、お坊ちゃんですね」
と答える春真。御堂家は凄い家だが、凄いを自分に係る形容詞と判断して否定しているらしい。
「謙虚ね」
と言われると、
「もっと凄いお坊ちゃまを知っているから」
「ああ。神林希総だろう」
と南高の前部長。やはり地元だけに神林家の影響力は大きい。
「従兄弟なんだよな」
「ええ」
正確には兄弟なんだけど。顔のベースは同じなのだが、母親譲りの高い鼻を持つ希総はノーブルな印象を与え、同じく母譲りのアヒル口の春真は軽い印象に成るらしい。
「彼もあまりお坊ちゃま風には見えないけどなあ」
「あそこの家風が率先垂範。自分の事は自分でするですから。弁当も自分で作ってくるくらい。俺も食べさせてもらったことが有りますけど」
実は母が出て独り暮らしになってからは毎日だった。
「今は彼女の手作り弁当だろ」
「あら、御堂君彼女居るんだぁ」
女子達から残念そうな声。
「まあ」
と曖昧な返事。彼女と言っても実際には異母妹の滝川万里華である。矩総の任期が終わって、新執行部が始まると同時に例のカップル登録制度が復活した。だけでなく、新たに複合登録が可能となった。男子一人に女子二人。あるいはその逆で男子二人に女子一人と言う組み合わせである。春真は希総と話し合って万里華をガードすることになった。それと引き換えに万里華は二人にお弁当を作ってくるようになっていた。お坊ちゃま二人を独り占めにする万里華に対する嫉妬と羨望の声は、殆ど上がらない。才色兼備(学業成績は希総に次いで万年二位)の滝川万里華に対して自分たちと同列の存在として認識できず、妬みよりも憧れの方が強く感じられるらしい。
関東大会まで一カ月。配られた楽譜を基に個別練習を行い、週末にパート毎にそれぞれのリーダーの学校に集まって練習する。春真は暇を見つけては各校を回って個別指導に当たった。全体練習は本番の直前に一度だけだったが、どうにか形になった。
「ここまで来るのに苦労したんだから、一回だけで終わらすなよ」
と野球部に発破を掛けていざ本番。
春真はいきなり後ろ向きで指揮棒を振るい始めた。彼の本来の利き腕は左。これまでは右で指揮棒を振るっていたから、本来の利き腕で振るっても違和感は薄い。春真としては顔をスタンドの方に向けて試合の状況に合わせて曲を選びたいらしいのだけど、吹奏楽団の指揮だけでなく応援団の全体の統括を引き受けたらしい。
「器用ねえ」
応援に来ていた華理那がぽつり。
「あれで音が聞き取れているのかしら」
と疑問を漏らす恭子に、
「兄さまは耳が良いから大丈夫よ」
と請け負う真梨世。
「まあ、この分野に関しては全面的に信用して居るわ」
と華理那。
「問題は、様々な部門を同時に統括する処理能力よ」
と真梨世が詰め寄ると、
「それも含めての指揮能力でしょう。判っているわよ」
と受け流す華理那。
「はいはい。折角来たんだから、試合に集中しましょうね」
と私服になると引率教師にしか見えない万里華。
長兄総志は受験勉強、次兄矩総は大学へ進んだばかりで多忙。希総は春高バレーに向けて新チームの育成に忙しい。と言っても主力は今の一年生なので取敢えずは全体の底上げである。今日も練習試合、全国で名を売ったから県の内外から申し込みが殺到している。
「バスケ部の方は良いの?」
万里華が率いる男子バスケ部は、インターハイの優勝でウインター杯への出場権を手にしているのだが、
「西条総志の抜けたうちにはどこも興味がないらしいわ」
と腕を組み、
「冬には目に物を見せてやるけどね」
と不敵に笑う。
さて、目の前の試合の方は危なげなく勝利を収めた。
「問題は次なんだよな」
二回戦の相手は夏の甲子園大会の覇者である。と言っても三年が抜けたから夏とは全く別のチームであるが。
今日の三姉妹の引率は希総である。
「バレー部の方は良いの?」
「今日は休養日。他の部員も応援に来てるよ」
中学以来の三人組に加えて新しい相棒となった桜塚も一緒だ。
「神林の妹さん?」
「一番右は瀬尾前会長の妹さんで瀬尾華理那さん。真ん中はあそこにいる御堂先輩の妹の御堂真梨世さん。そして左は西条先輩の妹で恭子ちゃん。三人とも中二だっけ」
と説明したのは松木。彼も正確な関係は知らない。
「なんで私だけちゃんなの?」
とむくれる恭子。華理那は年の割に大人っぽいし、真梨世はお嬢様らしいオーラが見える。二人と比べると恭子がやや子供っぽく見えるのは仕方ない。
「華理那ちゃん。瀬尾先輩の妹ってことは、神林とも?」
「そうだよ。春真兄さんと真梨世のお母さんは僕の父の妹だし、みんな妹みたいなものさ」
嘘は言っていないが若干の省略が有る。御堂兄妹に関しては、他家の内部事情なので彼が勝手に喋る訳には行かないのだ。
「姉妹が多いのは花が有って良いねえ。俺なんか男ばかりの三兄弟の真ん中だから、むさ苦しくて」
と桜塚。
「そうか。わざわざ下宿してまで遠くの学校を選んだのは、そんな家を出たかったからなのか」
「それも有るな」
と笑う桜塚。
試合の方は一進一退の投手戦となった。
「これは、上手く行っていると見るべきなんだろうなあ」
と桜塚。
「そうだねえ。もっと大量点を取られていてもおかしくない展開だから」
ほぼ毎回のようにランナーを出しているのに、ぎりぎりのところで抑えている。
「バレーと違うのは、攻撃権を持っている時には失点をしない。攻撃権を持っていないときには得点できない。ってことですね」
と当たり前のことを言う。
「バレーだと、点を決めに行ったのにブロックされて相手の得点。なんてしょっちゅうだからなあ」
「お前はそんな経験ないだろうに」
「セッターが自分で打つ時は、絶対に決まるときでないと駄目だろう」
「総大将は最前線に立つもんじゃない。っていうことを学ぶ為にバレーをやっているんでしょ」
と華理那。
「成程。神林にとってはバレーは目的じゃなくて手段か」
「気に入らないかい?」
「いいや。俺もバレーだけが目的ならもっと強豪校に行ったさ」
「目的はセッターとしての希兄、それとも神林家の御曹司としての希兄?」
とずばりと切りこむ華理那。
「流石は瀬尾先輩の妹だねえ」
と話を逸らそうとする桜塚だが、
「どうなんだい?」
と問い詰める希総。
「実を言えば、親を口説く材料にした。神林の御曹司の知遇を得れば、将来安泰だって」
と本音を吐露する。
「けど、お前のお母さんに会って、コネで入る方がきつそうだな。と覚ったよ」
中学の時と同様に、インターハイ出場が決まった時にバレー部一同が祝勝会に招かれていた。
「賢明だな。正規入社なら簡単に首は切れないけど、コネ入社なら僕の判断でいつでも追い出せる。と言うか、誰もかばってくれないよ」
とにやり。
「君なら普通に入れるだろ」
「試合を見ましょうよ」
と割って入ったのは華理那。
「お前が持ち出した話だろうに」
と苦笑する希総。
三対四の一点ビハインドで最終回を迎えた。春真の振る指揮棒にも力がこもる。
「もどかしそうだな、春真兄さん」
希総とバレーをやっている頃は、自分が決めれば勝てると言う戦いをしていたが、今は裏方である。
「希総兄さんは一貫して裏方だものね」
と華理那。
「どんなにいいトスを挙げても、決めるのは他人だしね」
「もしかして、春真兄さんにこの役を振ったのって?」
「矩総兄さんの最後の仕事だよ」
「本人が結果を見届けに来ないなんて」
「神宮大会に出てきたら応援に行くとか言っていたけどね」
「それって優勝しないと無理でしょ」
「矩総兄さんは、僕たちの資質を見届けるように頼まれたらしいからねえ」
華理那は目を丸くして、
「小母さまらしい叱咤激励ね」
と漏らす。
さて試合に戻ると、表の攻撃で二点取られて均衡が大きく傾いた。
「これまでかな」
と言う桜塚の一言に希総も同意しかけたが、
「勝った」
とつぶやく声が聞こえた。見ると、小さくガッツポーズして居る春真が見えた。裏の攻撃で相手は温存していたエースを投入してきたのに、だ。
「いや。エースを引き摺り出しただけでも勝利なのか?」
と思ったが、
「兄さま、ずっと左対策をさせてきたからね」
と真梨世。
「そう言うことか」
春真は応援曲としてサウスポーを選択する。
「あまり縁起が宜しくないんじゃあ?」
確かに。この曲は主人公がサウスポーなのだから。
先頭打者に代打。控えの一年生キャッチャーで、打撃投手を買って出た春真の球を捕れたと言う逸材だ。だがそれ以外のフィールディングがまだ未熟なので先発には使えなかったというのだが。
替って早々の初球ホームラン。これで流れが一気に変わった。
「ちょっともったいなかったかな」
と桜塚。
「確かにホームランが打てるなら、ランナーを貯めてからと言う気にもなるだろうけど。それよりもエースを出していきなり打たれた事の方がショックだろうな」
実際、敵エースはリズムを乱して連続四死球を与えた。送りバントで二三塁。ここでスクイズを仕掛けたら、暴投で労せずして一点差に。
「まだ点差が有るんだから慌てる事ないのに」
だがその後もストライクが入らずに歩かせてしまう。
更にダブルスチールで同点に。一塁ランナーは一気に三塁へ到達する。そしてとどめは再びスクイズ。送球を焦ったピッチャーが捕球し損ねて後ろに逸らしてしまう。
「奇跡の逆転勝利ですか」
と呆れる桜塚に、
「これはもぎ取った奇跡だよ。待っていても奇跡は起きない」
「バレーボールじゃあ、ここまで劇的な逆転は起こりませんからねえ」
「まったくだ」
と言いつつ春真の方を見ると、親指を立ててドヤ顔である。しかし最後に敵チームの健闘を称える事は忘れない。
これで準決勝進出。あと一つ勝てば甲子園当確である。
「最大の山場を越えて、優勝の目も見えたかな」
「そう言う時が一番危ないんだ」
準決勝では奇跡の大逆転の口火を切った一年を六番ファーストで先発させた。まだキャッチャーは任せられないが、打撃力はベンチに置くには勿体ないと言う判断らしい。期待に応えて四打数三安打五打点の大活躍で勝利に貢献した。そして決勝では四番ファーストでの大抜擢となる。
「決勝進出で甲子園は確定したから、思い切った采配にしてみた」
と言うのだが、
「何しろ本人がやってみたいと言うから」
同級生から、
「地位が人を作ると言う。責任ある立場でどれだけの事を出来るか挑戦するべきだ」
と発破を掛けられたらしい。
「これって、お前だろ。希総」
と兄に詰め寄られて、
「単に甲子園に出るだけじゃなくて、勝ちあがるにはチーム力の底上げが必要だろう」
と濁しながらも否定はしない。
「もしかして、神宮大会まで行って兄さんに認めてもらいたかったとか?」
「別に。実際に戦っているのは野球部だし」
「準々決勝で、夏の優勝チームを破っただけで十分な実績だと思うけどね」
試合前。
「さて、勝っても負けてもこのメンバーで演奏するのはこれが最後です。最後までやりきりましょう」
と連合楽団の前で挨拶する春真。
観客席が騒然となったのは御堂真冬が来場した時だった。二十二歳で息子を産んだ真冬はこの十月で三十九歳になっていた。見た目は十分二十代で通用し、娘の真梨世と姉妹に間違われることもしばしばである。が、単に若く見えるだけでなく御堂家の当主としての威厳も身に纏っていた。傘下に化粧品と健康食品を扱う企業もあるので、彼女の露出は企業イメージの強化にも繋がっているらしい。神林の方は重工業が主軸なので女性当主の希代乃が滅多に表に出ないのとは対照的だ。
「何も見に来なくても」
と困惑する息子に、
「たまたま時間が空いたのよ」
と笑い返す母。
初めは母の存在を気にしていた春真もひとたび試合が始まってしまえば指揮に没入した。
相手チームは甲子園確定と言う事でメンバーを落として経験を積ませようとして来ていた。
「経験と言うのは勝つか負けるかのぎりぎりの局面でこそ積めるモノなんだがなあ」
とつぶやいたのは、いつの間にか真冬の隣に座っている総一郎。
「あら。お兄様もいらっしゃったの」
「うちの矩総が気にして居てね。厳しい課題を与え過ぎかもしれないと」
「良くやっているから一度見てやってくれと。希総君から連絡を貰ったわ」
「そう言う気配り目配りの点ではまだまだ希総の方が一枚上だな」
「先ほどの経験の話ですけど」
と話題を戻す真冬。
「経験を積ませる為の起用と言うならこちらも同じなのでは?」
「負けても良いと言って送り出すのと、自分の力を見せてみろと言うのでは全く違うさ」
「責任と信頼かしら」
「お前、判った上で俺に振っているだろ」
「答えが一致するかどうか試したんですよ」
と笑う。
「喰えない女だ」
試合終了の前に、
「これ以上は見る迄もないわね」
と言いながら真冬は引き揚げた。
試合の方は序盤で大量点を取った南高がほぼ勝ちを決めていた。
「こうなると、無理に勝ちに行く必要もないからなあ」
偵察も来ているだろうから、手の内を全て見せるのは拙いと言う判断もあるだろうが、
「日々成長を続ける高校生は、一試合で化けるからなあ」
と息子を見て、
「あいつもこの大会で一皮むけたかな」
「俺が主役のはずなのに扱いがいまいち」と春真くんがぼやきそうです。




