結集と決戦 サイドT
出会った当初はぎこちなかった太一と希総であったが、
「あのセッターの人凄いですね」
と言った太一の一言に、
「そうだろ」
と食い気味に反応してきた希総。
「あの身長で最高到達点はチーム一の305センチ」
エースの総美でも303センチである。
「それって女子レベルなら全国的にも高い数値では?」
と驚く太一。
「これだけスペックが高いのに、身長が低いと言うだけで世代別代表には一度も呼ばれていない」
と憮然とする希総。
「表向きの理由は、沙弥加さんがしっかりした指導者に付いていない自己流だから」
「それは筋が違うんじゃありませんか。だからこそ呼んで鍛える価値が有るはず」
「だよなあ。中学生でも判る理屈が彼ら大人には通らない」
と希総。
「日野君は中学時代がピークだと思われて、全校の強豪校から声がかからなかった」
と総志。
「沙弥加さんは少なくとも県外に出る気は無かったようだけど」
と前置きして、
「これに憤慨したのは総美姉さん。自分に声を掛けてきた学校に対して、自分よりも相棒を取ってくれ。そうすれば自分は一般入試で入るから。と訴えた」
と希総が続ける。
「学業成績では姉さんの方が圧倒的に良いんだよね」
と笑う総志。
「でもこの提案を受けた高校は一つも無くて、結局総志兄さんと同じ公立に入る事になった」
「本人的にはそれで満足して居るんじゃないの」
と春真が茶々を入れる。
「まあ要するに、今になって沙弥加さんを認めるのは大人たちの矜持が許さないってことさ」
「神林の力を使えば、打破できるんじゃあ?」
と太一。
「僕もそう思ったけどね」
と笑う希総。
「力と言うのは抑制的に使うものだと窘められた。特に本人の意思を確認しないうちは」
「日野君が聞いたら、即答で拒否するだろうからね」
と総志。
「それ以上に波流歌さん。日野君のお母さんが余計な事をするなって怒り出すだろうし」
「日野さんのお母さんと希代乃さんって知り合いなんですか?」
「小学校時代の同級生で、僕らの父さんをめぐるライバルだった人だよ」
「恋敵?」
「二人の女の子から告白されて、じゃあみんなで仲良く。と言った我らが瀬尾総一郎。それに対して断固拒否したのが旧姓木嶋波流歌。それで良いよと受け入れたのが僕の母神林希代乃。その結果が今の僕らって訳さ」
「なるほど」
などと話している間に試合は終わる。
「あの人のプレイスタイルは今もなお僕の目標なんだ」
と希総。
「この大会が見納めになるのが残念だ」
「神林でチームを作って迎えれば良かったのに」
と春真が言うと、
「それを言うなら御堂だって」
と切り返される。
「そんな事やったら、引っ叩かれるよなあ」
と眼を見合せて笑う。
「日野さんって、怖い人なんですか?」
「近いうちに紹介するよ。何れ姉さんって呼ぶ事になるから」
と矩総が言うと、
「気が早いよ」
と照れる総志。
「兄さんがもたつくと、御堂家か神林家が嫁取りに向けて動きだすわよ」
と華理那があおる。
「それは勘弁してくれ」
と本気で困惑する総志だった。
総美と沙弥加の勝利を見届けると、総志と希総は連れだって宿舎へと戻って行った。
「僕も寄るところがあるから、後は頼むよ」
と言い残して矩総も一団を離れる。
「兄さん、どこに行ったんですか?」
と太一が興味を示すと、
「ついて行けば分かるよ」
とそそのかす春真。
こっそりと付いていくとたどり着いたのは武道場。
「なんだ、付いて来たのか」
矩総が声を掛けられるまで気付かないのは珍しい。
「誰かの応援ですか?」
「まあね」
と言って中に入ると、
「あの女性、呼んでますよ」
先に気付いたのは太一の方。
二人が近づいて行くと、
「もう始まるわよ。早く座って」
互いの自己紹介もなく、試合が始まってしまった。
「どちらの応援ですか」
答えが返ってくるよりも先に決着がつく。
「まさかこんなに強いとは」
と驚く矩総。
「勝ったんですか?」
「ええ。これで三連覇達成よ」
と女性。
「三連覇って事は一年で優勝したんですか?」
「そうよ。三年間負けなし」
と得意げの女性。
「僕、祝福に行ってきますので」
と席を立ってしまう矩総。一人残されて困惑する太一に、
「滝川太一君ね。翼さんの息子さんの」
「ええ」
「私は水瀬麻里奈。今日のところは、妹の応援よ」
と自己紹介して来た。
「随分と年が離れているんですね」
「いくつに見える?」
と聞かれ、
「昨日見た披露宴の映像で、マイクを持っていたのが貴方だと思うんですが」
と太一。
「あれが十七年前なのだから、そこから計算すると少なくとも三十代の後半じゃないとおかしい訳で」
「七月に三十九になったばかりよ」
「優勝したのは久世希理華さんですね」
太一は大会のパンフを見て確認した。
「姓が違うのはご結婚されていて?」
「私の両親は一度離婚していて、私はその時に母の旧姓に変わったの。その後両親がよりを戻して生まれたのがあの娘。復縁のきっかけを作ったのが希代乃さんと矩華さんだったから、二人から一文字ずつ貰って希理華なのよ」
「なるほど」
麻里奈にメールが届いた。
「外で待っているって。行きましょうか」
麻里奈に連れられて外に出ると、
「あら、一人?」
「希理華さんは着替えてくるって」
と言っている間に希理華が制服姿で現れた。太一を見て驚きを隠せない。
「うちの校長の息子で、見ての通り父の胤だよ」
と事情を説明する。
「そうなの。こんにちは、久世希理華です」
と頭を下げる。
「滝川太一です」
太一と希理華は同じくらいの背丈だ。麻里奈もほぼ同じだが、ハイヒールの分だけ高く見える。
「それじゃあ、また」
と別れる矩総と希理華。
「美人の彼女さんですね」
と褒めるが、
「そうかな?」
とあまり気にしている様子はない。
「容姿には余りこだわりがないな。生まれたときから周りに美人を見過ぎたせいかな」
と真顔で笑う矩総。
「決め手は、あの眼かな。僕は初対面の相手の目を真正面から見つめてしまう癖があるんだけど、じっと見返してきたのは彼女が初めてだった」
「確かに。兄さんの眼は怖いですからね」
と笑う太一。
二人がホテルの部屋に戻ると、
「ルームサービスを取ったよ」
と春真。三姉妹もこちらに来ている。華理那はオードブルを紙の小皿に取り分けて配っている。恭子と真梨世は紙コップにペットボトルのジュースを注いで渡してきた。
「豪華なルームサービスとそぐわないですねこの食器は」
と太一に突っ込まれると、
「初めての土地でレストランを探して歩きまわるのは面倒で物騒だしね」
と春真。
「支払いは全部カードだから気にしなくていいよ」
春真は現金を持たされたことがなく、すべてカード決済だ。特に上限は無いが、何を買ったかはすべて母に筒抜けである。
「必要なものには金を惜しむな。必要のない物には金を使うな。が我が家の家訓だよ」
と笑う。
二日目、希総の出場する男子バレーの二回戦を観戦する。朝食はホテルのビュッフェ。
「これは料金に込みだからね」
と意外に細かい春真。打ち合わせたわけでもないのに全員が和食を選んだ。
「朝はしっかり食べろ。と言うのが、数少ない父の苦言で」
と矩総。
そして試合会場に入る。
「今日は一つの山場だな」
相手は優勝校候補の一角、室町洛南学園高等部である。
「去年の全中準決勝で希総はここの中等部に負けた。その時のメンバーも何名か向こうのベンチには入っているし、まさにリベンジだな」
こちらのスタメンはリベロを入れて七名の内五名が一年生。残りは二年が一人。三年が一人と言う偏った編成である。
「三馬鹿に加えて。一年の桜塚に二年の柳原か。これで三馬鹿に加えて五光が揃ったな」
と笑う春真。
「そんなことよりも、今日も来ているよ」
と矩総が客席の四方を見まわした。撮影機材を持った黒服の男たちがスタンバイしている。
「神林家の撮影部隊だね」
と春真。
「なんで四台も?」
と太一が疑問を呈する。
「デジタル解析して、あらゆる方向から見られるようにデータ化するんだよ」
と答えたのは矩総。
「そこまでやるんですか?」
とやや呆れ顔の太一。
「単なる親ばかと言うなよ。希総はそれに見合うだけの力を示している。あの神林希代乃様に自慢の息子と言わしめるのにどれほどの努力が必要か」
と深くため息を付く春真。
さて試合の方だが、
「県予選の決勝で、絞りだした百二十%が今や通常出力で出せるようになっているな」
男子バレー部はインターハイ出場権の獲得により、体育館の使用割り当ては大幅に獲得している。大会までの一カ月はたっぷりと練習に打ち込めた訳だが、その間にあった期末試験でも希総は首席をキープした。
「全く大したものだ」
敵のエースはユース代表候補にも選ばれる左の大砲なのだが、
「うちの三馬鹿は、左を苦にしないからな」
と春真が我がことのように自慢げに言う。三人組は彼が中学生の頃に散々しごいた可愛い後輩だ。ブロックでコースを絞られて、待ち構えていたリベロの望月が完璧なレシーブを決める。必勝パターンが機能しなくなった敵は明らかにリズムを乱していた。
第一セットを落とした室町洛南は切り札を切ってきた。二メートルの大型新人王島茂治、昨年希総たちが苦杯を舐めた相手である。
「去年の全中はほとんどあいつの高さにやられたんだよな」
と苦々しく吐き捨てる春真。
「こちらも切り札を切るらしいぞ」
スタメン唯一の三年生主将を引っ込めて、まだ初心者の一年生を投入した。予選ではまだ使い物にならなくてベンチ入り出来なかったが、一カ月の特訓で仕上げてきたらしい。この新戦力が敵の大巨人を完璧に抑えた。
「総志兄さんはなんでこんな逸材をリリースしたんだ」
と首を傾げる春真。
「万里華に聞いた話だと、優しすぎて接触プレイで引いちゃうらしいんだ。相手に怪我をさせないように」
それで敵味方がネットを挟んで分かれているバレーボールを勧められたらしい。
「高さに加えてあの反射神経。まさに天性のミドルブロッカーですね」
と太一が絶賛すると、
「レシーブもサーブも一切教えていないらしい」
「それはまた極端な」
後衛に回ったらピンチサーバーを出して、サイドチェンジしたらそのままリベロと交代である。彼を生かすためにサーブ要員を二人から四人に増やしている。
「向こうの大巨人も守備は決して上手く無いな」
「彼は去年見たときはレシーブに参加せずに攻撃専門だったな。あの時はそれでも良かったんだろうけど」
この試合では後衛の時に徹底してサーブで狙われた。レシーブが乱れたところをブロックで切り落とされる。完全に希総の作戦勝ちである。
試合終了後、希総を囲んで祝福していると矩総のスマホにメールが入る。
「なんだろう?」
一行は会場の出口で意外な人物の待ち伏せを受けた。
「お久しぶりです。なゆたさん。それと」
待っていたのは野田なゆた、その後ろには末弟の不破皆人がいた。
「向こうに車を停めてあるから」
行って見ると、黒服の男が風呂敷包みを渡してくる。
「今のは神林の人間?」
「これを預かってもらったのよ」
と言って包みを華理那に渡す。
「総一郎先輩からの差し入れよ」
開けてみると神林の家紋入りの重箱におにぎりがいっぱいである。季節的に車に乗せっぱなしは拙いと思っていたら、ちょうど神林家の撮影隊の車を見付けて預かってもらえたらしい。
「どこから説明を受ければいいでしょうか?」
と一同を代表して矩総が切り出す。
「まずは車を発進させるわね」
なゆたは目的地を設定して車を発進させる。車が自動運転に切り替わると、
「みんな大きくなったわねえ。久しぶりの子もそうでない子もいるけど」
と前置きして、
「何故私がここに居るかと言うと、一人置いてきぼりだった皆人君が、お父さんに掛け合って日帰りで大人の同伴者付きなら行ってよしと言う話になったの。そこでお目付け役として白羽の矢が立ったのが私と言う訳よ」
「済みません。根本的な質問なんですが、僕を知っている貴方はどなたですか?」
と太一。
「名前を聞かれるのは久しぶりだわ」
と笑って、
「私は野田なゆた。総一郎先輩は高校大学と一級上の先輩。皆人君のお母さんである瞳ちゃんは高校で二級下、と言っても高校時代にはどちらとも直接の面識は無くて、辛うじて知っていたのは生徒会長だった矩華先輩と、インターハイで一緒になったみちる先輩くらいかな。神林家は私の現役時代のスポンサーで、今の私は御堂大学で教鞭をとっている身の上。で太一君のお母さんである翼先生は高校時代の部活の顧問よ」
「部活って?」
「水泳よ。こう見えてもオリンピックに出たことも」
「出たどころか、この人は五輪と世界選手権で七つの銀メダルを取った有名選手だよ」
と春真が補足する。
「野田さんも父の関係者なんですよね」
と念を押す太一。
「関係者って良い表現ね」
と笑い、
「金メダルを取っていれば、君たちのお仲間を生む予定だったんだけどねえ」
「なゆたさんは世間に顔が売れすぎていて、どっちにしても駄目だっただろう。と、母が言っていましたけど」
と矩総。
「で、どこに向かっているんですか?」
と真梨世。
「陸上競技場よ」
「刹那さんの応援ですか」
と理解の早い華理那。
「そう。もともと行くつもりだったから、皆人君からのお願いはむしろ渡りに船だったわ。日当もたんまり頂いたし」
「刹那さんって?」
「私の姪っ子よ。さっきの表現に倣えば、矩総君の”関係者”かしら」
とちらりと視線を走らせる。
「あの、その件はまだ・・・」
と動揺する矩総だが、
「大丈夫よ。みんな承知しているから」
と華理那に言われ、珍しく困惑を見せる矩総だった。
「それで、刹那さんの専門は何ですか?」
と話題を戻す太一。
「今回出ているのは、百メートルハードルに二百メートル。八百メートル、走り幅跳びに走高跳。砲丸投げに槍投げ。だね」
と答える矩総。
「それって七種競技じゃあ」
「うん。今回は全部単体で出場している」
「それも矩総君の助言だって聞いたけど?」
となゆた。
「七種競技を勧めたのは僕ですけど、単体での出場は本人の判断ですよ。世界を狙うなら国内では単体で優勝できるくらいで無いと駄目だって」
車は競技場に到着する。
「思ったよりも人が入っているわねえ」
と感心するなゆた。
「あそこに見知った顔が・・・」
と春真。
「麻理奈さんと希理華ねえだね。一緒にいるのは?」
と皆人が首を傾げる。
「僕の母だよ」
「ご無沙汰してます。なゆたさん」
と頭を下げる希理華。
「希理華ちゃん、三連覇おめでとう」
「出張ってこれだったの?」
と太一。
「陸上部の顧問に急用が出来てね」
学校対抗なのに、出場しているのは野田刹那一人と言う陣容である。
「刹那ちゃんの調子はどうですか?」
と矩総が聞くと、
「この観客が答えよ」
と麻理奈がスポーツ新聞を差しだしてくる。
一面は久世希理華高校三連覇の記事。
「そっちじゃなくて裏の方よ」
ひっくり返すと、「野田なゆたの姪、鮮烈デビュー」の文字。槍投げは最初の一投で勝利を決めて、残りはすべてパス。二百メートルは予選から高校新記録を叩きだしている。
「なゆたさんに似て、手が抜けないのね」
「私は決勝で予選の記録を下回った事は有りませんでしたよ」
これもなゆたへの取材記事として書かれている。
「だとしたら、今日の決勝では凄い記録が出るかもしれませんね」
それがこの大観衆に繋がっている様だ。
「もうすぐ始まるわ」
決勝進出者が入場して来た。野田刹那の名が呼ばれると大歓声が上がるが、本人はまったく気にしている様子がない。
「大物ねえ」
と苦笑する伯母だが、
「貴女も似たようなものだったわよ」
と親友に突っ込まれた。
「なゆたさんと麻理那さんは以前からお知合いなんですか?」
と太一。
「小学校時代のライバルよ」
となゆた。
「一度、たまたま勝っただけよ」
と流す麻里奈。
「少し見ないうちにまた背が伸びたわね」
と希理華。
「お前とどっちが大きいんだっけ」
と矩総。
「刹那の方が一センチ高いよ」
と悔しそうに言う春真。
「沙弥加ちゃんとは対照的ね」
「なんで沙弥加さんの名前が?」
と首を傾げる太一。
「ああ。従姉妹なのよ。さーやのお母さんと刹那のお母さんが姉妹になるの」
「とするとお父さんの方がなゆたさんの?」
「弟よ」
「阿僧祇さんはバレーで東京五輪に出たんだよ。総美姉さんや沙弥加さんがバレーを始めるきっかけが阿僧祇さんの試合を見たことだったんだ」
と春真。
「じゃあそのお父さんに似て大きく?」
「阿僧祇は私よりも小さいわよ」
「辛うじて私よりも大きいけど」
と麻里奈。
「彼女が大きくなったのは、御堂家の研究開発した成長補助食品の賜物さ」
と胸を張る春真。
「どういうことだ?」
と一斉に声が上がるが、ちょうどそのタイミングで号砲が鳴る。後ろで縛った刹那のポニーテールが真後ろにたなびく。コーナーを回って直線に入る頃には刹那の独走態勢だった。記録の最後にNRの文字が点灯する。
「高校記録どころか日本記録を出しちゃったよ」
と目を丸くする春真。
「さて、さっきの話の続きを聞こうか」
と矩総。
「もともと俺の為に母が研究開発を指示したもので、数年前に市販されているよ。成分はコストパフォーマンスを考慮されているけどね」
と春真。
「兄さんにも覚えが有る筈だよ。小さい頃、牛乳に混ぜて飲んでいただろ」
「え。あれか」
と思い至る矩総。
「じゃあなんで矩総兄さんには効果が無かったの?」
と華理那。
「あくまでも補助食品であって、成長を促す薬品じゃないんだよ」
と春真。
「摂取したうえで運動することが必要なんだ。兄さんは小さい頃本ばっかり読んでいたじゃないか」
と言われればぐうの音も出ない。
「兄さんの場合には効果が全部脳の成長に向けられたんじゃないかな」
「希総はどうなんだ?」
「御堂家の研究開発に神林の御曹司を巻き込めない。と言うのが理由の半分で、もう一つには使わない場合の比較サンプルにされたんだ」
「対照実験ってことね」
と理系を専門とする翼が理解を示す。
「そうです。俺と希総は試供品の摂取以外はほぼ同じ条件下だったから、貴重なデータになりました」
「だとすれば、刹那ちゃんに提供されてさーやにされなかったのも対照実験なの?」
と希理華。
「結果的にはそうなりましたけど、御堂家と日野家との間に接点が無かったと言うだけですね」
沙弥加の父が税務官をやっていた関係上、御堂家として協力を依頼しにくかったと言う面もあるようだ。
刹那はインタビューを受けてこっちに駆け寄ってきた。
「すぐに走高跳が始まるから準備して」
と翼。
「最大の山場ですね」
と難しい顔になる矩総。
「そうなのよ」
実は県大会でもこの種目だけは二位だった。
「あの子意外に不器用だから」
と希理華。
「後の事も考えると、なるべく少ない試技で終えたいところだな」
戻ってきた刹那は先程と違って髪を両サイドで縛るツインテールにしてきた。
「良いわねえ。私の現役時代は、髪を長くできなかったから」
「なゆたの長い髪は未だに違和感があるわ」
と麻里奈。
二人をしり目に、
「取り合えず自己ベストまではパスしろ」
と指示する矩総。
ポケットからメモリカードを取り出して、
「パソコンを貸してください」
と翼に頼む。
戻ってきた刹那に何やら映像を見せる。
「今の世界女王が、記録を出した時の映像だ。これをよく見て真似るんだ」
と矩総。
「分かった」
と言いながら食い入るように見つめる刹那。
そうしているうちに出番が回ってきた。
「県大会を見て気付いたんだけど。刹那は前の選手が成功すると自分も成功して、失敗すると自分も失敗する。どうやら前の選手のフォームをそのままコピーしているらしいんだ」
「まさか?」
「要するにまだ自分の中で理想のフォームが固まっていないんだよ」
背面跳びに挑戦したのは高校に入ってから。つまりまだ三カ月くらいなのである。
「どこが不器用?」
と苦笑する春真だが、
「お前と違って、一発ではできないけど。一度覚えたことは絶対に忘れないタイプなんだよ」
最初のトライは見事に成功し自己ベストはクリアした。
「再現率は55%ってところかな」
厳しい評価である。刹那を呼んで細かい修正点を指示する矩総。
「次は他の選手が落ちるまで跳ぶな」
他の選手のベスト記録を見てそれよりも上を指定させる。
「それと、他の選手の試技は一切見ないように」
だが他の選手も記録を伸ばしてきた。
「まだ二人残っているわね」
と翼。
「取り合えず今のイメージを確認するために一回跳んで来い」
刹那はあっさりと課題をクリアした。
幸いにも他の選手はこの高さで脱落してくれた。
「あと一回だけ。高校記録の更新を狙っていこう」
「なんだか、別次元の話だな」
刹那は結局三回跳んで全部成功した。
この快挙に一人浮かない表情の翼。
「これは責任重大ね。なゆたさんが入学してきたときと同じ、いいえそれ以上かしら」
なゆたには専属のコーチが付いていたから顧問の翼の負担はほとんどなかった。だがいまは校長と言うより重い立場で刹那と言う逸材をサポートしなければならない。
「ご心配なく。御堂大学体育学部で刹那のサポートチームを立ち上げる予定です。私がそのまとめ役で」
となゆた。
「それは有り難いけど、神林家の方は大丈夫?」
なゆたは現役時代に神林家の支援を受けていた。それが引退後に御堂大学に勤務するようになったので世間では色々と言われていた。
「神林家とは既に話が付いていますよ」
と春真。
「私への支援は元競泳選手だった神林の小父さまの個人的な事業で、神林家を挙げての物ではありませんでした。希代乃さんは世代交代を強調する意図を込めて、既に実績のある私よりもまだ無名だった弟の阿僧祇をもり立ててくれました。私への支援については水面下で真冬ちゃんと示し合わせて引継いでくれました」
と説明するなゆた。彼女が地元の公立高校へが進んだのも、神林氏がそこのOBだったからだ。
「それに小父さまが水泳協会のトップになったから他の競技に関わるのは難しくなっているんです」
「そういうことなら」
と納得する翼。
「そういう訳で、私はもう少し見ていきたいんだけど」
と皆人の方に視線を向ける。
「僕らは今日はホテルに戻って明日帰る予定なんですけど」
と矩総。
「帰り道は私の車で送るわ」
と麻理那が請け負った。
「よろしくお願いします」
と頭を下げる皆人。
太一の怒涛の二日間はこうして幕を閉じた。




