結集と決戦 サイドK
話は四月に戻る。
神林希総が高校に入学した。父の総一郎は、二年前は政界引退の準備が忙しくて動けず、昨年は真冬と分担して中学の入学式に出た。今年は初めて母校の入学式に一父兄として参加することになる。
「懐かしいなあ」
希総が着ているのは、総一郎が高校一年の頃に来ていた学生服なのだ。すぐに成長期に入って半年で着られなくなって新調したから、ほとんど新品同様である。総志や春真は当時の父親よりも大きいので着られず、矩総も首回りが合わなかったので、希総に回ってきた。
「何も神林の御曹司がお古を着なくても」
と周りは言ったが、
「みさきさんが苦労して用意した服ですから」
と希代乃が突っぱねた。
「まあすぐに大きくなって着られなくなるだろうけど」
と身も蓋もないことを言う総一郎だった。
「お前は高校でもバレーを続けるんだろ?」
と父に聞かれ、
「その積りだけど」
と少し不安な様子を見せた希総。
「母さんは、僕の年には色々なことをやっていたって聞いているよ」
母の希代乃は高校時代にはお小遣いの範囲で株式投資を行って巨額の利益を叩き出していた。
「それを言われると俺としては辛いなあ」
と頭を掻く総一郎。希代乃は婿養子を拒絶して自ら神林家を率いると宣言して、その実力を示すために苦心していた。すべては総一郎と結ばれるためだった。
「だからお前には希代乃と同じことをやる必要は全くない。バレーに打ち込んで結果を出す方が大事だよ。お前との三年間を目標にしてきたあの三人に報いるためにもな」
と諭す総一郎。
「まるで父親みたいね」
と隣で笑う希代乃。
「たまにはこういう役目もやらせてくれ」
と苦笑する総一郎だった。
主席入学で新入生代表となった希総を迎える生徒会長は実兄である瀬尾矩総である。それを父兄席から見つめる総一郎。隣でそれを見ていた希代乃は感慨をあらわにしていた。
入学式の後、
「校長先生にご挨拶してくるわ」
と希代乃。
「よろしく言っておいて」
と言って見送った後、
「君は行かなくても良かったの?」
と反対隣の滝川千里に聞く。
「義理の姉にわざわざここで会う必要はありませんよ」
「それはそうか」
校長の滝川翼は千里にとっては兄嫁なのだ。
「昨年、真冬さんにも言ったけど、公立高校で良かったの?」
「ここにはかつてあの瀬尾総一郎を教えた恩師がいるんですから」
と真顔で答える希代乃。
「でも私がいつまで居られるか」
「少なくともうちの息子がいる間に移動はありませんよ」
と微笑む希代乃。
「ああ。私が何かするって意味じゃないですよ。神林の息子がいる学校に赴任したがる教師はめったにいないだろうってことですよ」
「私は貧乏くじを引いたのかしらね」
と苦笑する翼だった。
「君ら、良く受かったな」
希総を取り巻くのは中学時代の部活の仲間、松木美津流、大鳥桐也、望月一兎の三人組。花札になぞらえてまとめて”松桐坊主”と呼ばれる連中だ。
昨年の今頃に、志望校を教師に告げたら絶対に無理だと言われたが、希総と同じ学校に行くために必死に頑張って結果を上げた。
「それにしても」
入学式の終えた四人はバレー部の練習を見ようと思って体育館にやってきたのだが、居たのは女子バレー部員だけ。
「今の生徒会執行部の方針で、実績のある部に時間を回しているらしいね」
女子バレー部は二年連続で全校大会に出場している強豪だが、男子バレー部は二回戦止まりの弱小チームだ。
「三人は男子部員がどこで練習しているのか調べてくれ。僕は生徒会に掛け合ってみる」
希総は生徒会室で兄矩総と面談した。
「残念ながら体育館の使用割り当ては上限があって、変更は出来ない」
とにべもない。
「それは分かりますけど。だったら弱い部活はいつまでも弱いままになってしまいます」
「それをお前が言うかい。神林の御曹司」
と言われると返す言葉がない。
「随分厳しいんですね」
別件で来ていて、陰でこっそりと聞いていた滝川万里華である。
「万里華は総志兄さんからも誘われているんだろ」
彼女は兄の総志の求めに応じるか、あるいは引き続き弟の希総を助けるか、板挟みになって矩総の意見を求めてきたのだ。
「僕よりも春真の意見を聞くべきじゃないかな」
と突き放す矩総。
「もしかして、希代乃さんの差し金ですか?」
希総は含み笑いを浮かべて回答を濁した。
男子バレー部に割り当てられたのは金曜日の二時間だけ。今年度初めての練習日に入部希望者が顔をそろえた。
「やあ、久しぶり」
希総に声を掛けてきたのは、昨年の全中県大会の決勝で戦った相手、
「桜塚君だったっけ」
「あんたのトスを打ちたくてここに来たんだが。こんな弱小チームとは思わなかった」
とぼやく桜塚を、
「先輩に聞こえるよ」
となだめるが、
「聞こえるように言っているんだ」
「残念だけど、実績を残さなければ練習割り当ては増えない」
「だったら、その実績を残すためにも意識改革が必要だと思うぜ」
桜塚は先輩たちを挑発して、一年対二三年の試合に持ち込んだ。彼がやらなければ希総が自ら仕掛けただろうが、後の事を考えてやらせることにしたのだ。
試合当日、
「審判が必要でしょ」
と現れたのは女子部の主将と副主将。つまり日野沙弥加と西条総美だ。希総から試合の話を聞きつけた総美が買って出たのだ。この辺の手回しは母親譲りの才覚だろうか。
一年生は全部で七人。希総とそのかつてのチームメート三人とかつての宿敵桜塚政継。までは力量が分かっている。残りの二人だが、
「二年の時、公式戦で戦いました。と言っても俺はベンチに居てコートには立っていませんが」
「俺は中学まではバスケをやっていて、バスケ部の入部試験に落ちました」
経験者は元セッターと言うことなので、希総の対角に配置し、元バスケ部は長身を生かすためミドルブロッカーに起用した。
対する上級生チームはすべて三年生で臨んできたが、第一セットはあっさりと一年組が取った。
「手ごたえ無いなあ」
と笑う三人組。
「だがこのまま終わるとは思えない」
と引き締めにかかる希総。
だがそれは別の意味で現れた。上級生は意見対立を起こして揉め始めた。議題は勝つために二年生を入れるかどうか。
当然だが話は纏まらず不満を抱いた二年生が二人こちらにやってきて、
「こっちに入れてくれ」
と言う。
「良いんですか?」
と希総。
「こっちが勝ったからと言って、お二人が試合に出られるとは限らないんですよ」
三年生が勝てば今まで通り先輩を優先して試合に臨む。となれば、今年は出られなくても来年は確実に出られる。だが一年生が勝てば、実力主義の選抜となるので、実力が足りなければ最後まで試合に出られない可能性もある。
「それでも、今よりはマシだ」
と言うので、
「じゃあ出て頂きます」
と素人のミドルブロッカーを先輩の一人と入れ替えた。
試合はストレートで一年生の勝利に終わるが、これで収まらない上級生たちが一斉に退部届を出してきた。
「残ったメンバーでやれば良い」
と主張したのは桜塚。練習時間が限られているのだから少数精鋭の方が良いと言うのがその理由だが、
「上級生の力は後々必要になる」
と言って一人一人の説得に回る希総。これはリストラと言う名称で社員の削減を行ったことのない神林家の方針に沿った決断である。
「他も部活に移ると言うのでなければ、練習に出なくてもいいから籍は残しておいてください。僕らが大会で実績を上げれば、ささやかながらも内申点にプラスになりますよ」
とうそぶいた。
インターハイ予選までに、二年生は若干名が他の部に移籍したものの大多数が残留に同意した。そして三年は半数が復帰を了承し、残りは受験に専念したいと言う理由で固辞した。
「さて練習方法だけど」
リソースが限られているので、ひたすら試合形式の実戦練習を行うと言う。
「AチームとBチームに分ける。Aはスタメンで、Bは控えになるが、Aは普通にローテーションするけど、Bは前衛後衛を固定。他にサーブに関しては専門の選手を作りたい」
ミドルブロッカーは後衛に回るとサーブだけ打ってリベロと交代なので前衛専属。逆に後衛固定はリベロ候補の育成のため。ウイングスパイカーは前衛と後衛を行ったり来たりしてもらうことになる。そしてセッターは前衛と後衛の真ん中に二人置いて、どちらがメインで上げるかはその都度中で話し合ってもらう。
「レギュラーは固定か?」
と上級生。
「ミスしたら減点していって、マイナス十になったら入れ替える。誰を入れるかはBチームの中で決めてほしい。但し積極的なミスは減点対象にしない。特にサーブについては、攻めの姿勢を持ち続けること。そのためにサービスエースを取ったら、プラス一点。これは減点を減らせる唯一の手段だと考えてほしい」
さてこのシステムで約一カ月回したが、一度もレギュラーから落ちなかったのは希総のみ。希総もミスをしない訳ではないのだが、それ以上にサーブでの回復が大きかったのだ。
四月末から五月の頭の連休には校内で合宿を行った。これは学内でも強豪である女子部や男子バスケ部との合同、と言うかお手伝いと言う名目で割り込んだもので、練習時間は合間合間を縫ってのものだった。中でも夕食については希総が一人で担当することになった。
「じゃあ後はセルフでやってください」
と言ってみんなが食事しているときに一人黙々とサーブ練習をする希総。自分の腹は作りながら満たしたらしい。
合宿中は時間があるので、
「いつもと違うことをやろう」
と言い出し、希総がBチームのセッターに回り、Aチームを控えのセッター候補に順番にやらせた。
「もしAチームが負けたら、このまま総とっかえにするから」
と発破をかける。その一方で本気のサーブを打ち込んでくる。
「まだ全力じゃないからね」
全力で打つと、手がしびれてその後のセットアップに支障が出るらしい。
そんなこんなで予選本番。新生南高男子バレー部は破竹の勢いで勝ち上がった、と言いたいが話はそう単純ではない。
「第一セットを僅差で撮ったらメンバーを三人入れ替える。大差だったら一人だけ入れ替える。落としたら総入れ替えするよ」
と宣言した。
「ベンチ入りしたメンバーはなるべく全員使いたいから。と言っても一試合で全員出すのは不可能だから、ある程度勝ち進まないと駄目だけど」
実戦経験を積むためにもフルセット戦いたいと言う意図もあるらしい。
そんな条件下でもどうにか決勝戦までこぎつけた。県の代表枠は二校なのでこれでインターハイへの出場は決定である。
「随分と浮かない顔だな」
「兄さんが応援に来るとなれば、無様な試合は見せられませんから」
と真顔で返してくる。
「創設以来初めての決勝進出で、来年度への実績作りは充分だと思うけど」
と前置きして、
「お前はチームの百パーセントを引き出せる優秀なセッターだけど。それでも勝てないとしたら、実力以上百二十パーセントを引き出すしかないな」
と助言を与える。
「どうやって?」
と食い下がってくるが、
「それは僕には教えられないよ。覚醒のスイッチは人によって違うから」
矩総は希理華と連れ立って観戦に行った。二人にとってはこれが初デートになる訳だ。
「希総君の調子はどうなの?」
と聞いてくる希理華。
「珍しく勝ちにこだわっていたな」
「良いところを見せたい相手がいるんでしょうねえ」
「まさか、君じゃないだろうな?」
と表情を曇らせる矩総に、
「私じゃなくて、多分さーやよ」
「それは相手が悪い」
「ラブよりもリスペクトよ。春真君も同様だったけど、希総君は特に同じポジションだったから」
「なるほど。沙弥加さんはこの大会が最後だからな」
南高はこの大会に入って初めて第一セットを落とした。希総が限界を突破させようと無理なトス回しを繰り返した結果である。
「余計なことを言ったかな」
と反省の弁を呟く矩総。
希総はメンバーを総入れ替えして三年生にすべてを託した。ここまでの試合で全員一度はコートに立っていたが、このメンバーでの実戦は初めてである。二カ月前には一年生に惨敗した面々であるが、彼らなりに影で努力していたらしい。思いがけない粘りを見せて、セットを取り返した。
「後は頼む」
「これで先輩としての面目が保たれた」
三年生はこのセットを取るのに体力を使い切っていた。
「助かりました」
一瞬だけ見せた希総の笑みがチーム全体の士気を一気に高めることになった。
体力を回復して戻ってきたスタメンたちは、第一セットでは届かなかった希総の厳しいトスに食らいついて来た。
「やりやがった」
矩総は胸の前で右こぶしを左手に叩きつけて賛辞の声を上げた。
「試合中に成長するって、言葉にすると簡単だけどなかなか見られることじゃないわね」
希理華はちょっと感動気味に言った。
最終セットはあっけないほどに大差がついて初優勝を勝ち取った。
七月の末、インターハイへ向かう三人を送り出すための壮行会が行われた。参加者は出場する三人の他には贈る側の矩総と春真、そして出場はしないけど関係者の万里華。つまり高校生組のみである。
「さーやも呼びたかったのに」
と言う総美。
「それを言ったら他に呼ばなきゃいけない人が出てくるわ」
と万里華。一同が矩総に視線を向ける。
「それはともかく」
と話をそらすように万里華を促す。
万里華が取り出したのは一枚の写真。女性の方はみんなが知っている滝川翼校長。そして一緒に居るのが、
「これって」
総志が眉を曇らせた。彼と矩総だけが翼がかつてここに居たことを知っている。
「先生の息子の太一君。現在中学一年生だ」
「じゃあ恭子たちよりも下か」
と考え込む総志。
「翼先生の旦那さんはうちの母のお兄さんなんだけど」
と万里華。
「この先は御堂家のお家事情にも関わるんだけど」
と春真が話を引き継ぐ。
「千里さんのお兄さん千万太さんは、生まれつき子供が生まれない体質で、そのために御堂の跡継ぎになれなかった人なんだ。それでいくばくかの財産を分与されて海外を放浪していたんだけど、そこでとある学者夫妻と知り合った。それが翼先生のご両親だったんだ」
孫を望んでいた両親の気持ちを汲んで、二人は他人の精子を貰って子供を儲けることにした。
「その子供がここまで自己主張が強く無かったら、最後まで秘密にされていたところなんだけど」
「で、ここからが本題なんだけど。彼を兄弟として受け入れるか否か」
と矩総。
「それは会ってみないと決められないよ」
と希総。
「僕らにしてみれば、十人が十一人になるだけだけど、彼の方は一人っ子からいきなり大人数の兄弟姉妹を持つことになるんだろ」
「じゃあ会うことには異論無いんだな」
と確認したうえで、
「実は明日、瀬尾家で会うことになっているんだ。華理那の方には僕から説明するから、恭子の方は頼む」
「分かった」
と総志が請け負う。
南高バレー部は無事に予選トーナメントを突破した。この時、希総は母が送り込んできた撮影部隊に、
「僕は出ないから隣の試合を取っておいてよ」
と持ち掛けていた。希総はセッターを二年生の柳原に任せて自分はベンチから指揮をとったのだ。ベンチに居るのは顧問とは名ばかりの素人の引率教師に過ぎないので、実際の指示は三年の主将に任せていた。去年まではベンチには彼の意をくんだマネージャーの滝川万里華が居たのだけど。
宿に戻ってから敵戦力の分析を済ませて対策を練る。翌日は一日空くので午前中に軽く練習をして、一人女子部の応援に行く。ここで弟滝川太一と対面する段取りだった。
「太一君を連れてくるんじゃ無かったの?」
現れたのは矩総と華理那、春真と真梨世の兄妹二組だけ。
「太一君は恭子と一緒にまずは総美姉さんの方へ行ったよ」
「僕が最後って訳か」
と腕組みする希総。
「意図した訳じゃないけどな」
しばらくすると恭子に連れられて太一が現れた。春真は自分の座っていた希総の隣を太一に譲り二人を引き合わせるのは春真の役回りだ。
「これが校長の御子息の太一君だ。こちらが神林の御曹司希総だ」
と互いを紹介する。
「よろしく」
と太一が差し出した手をニコリともせずに握ってくる希総。
「まあ気にするなよ。この男は基本的に不愛想なんだ」
とフォローに回る春真に、
「春真兄さんが笑い過ぎなんだ」
と返す希総。
歓迎されていないのではと気にした太一だが、
「希総の笑顔なんて兄弟でもめったに見ない。見たことがあるのは華理那くらいじゃないか?」
と言う矩総。
神林家では喜びや楽しみの感情を表に出さないように教育が為されているらしい。逆に怒りや哀しみは隠さない。それによって危機感を身内に示して引き締めを図る一方で敵に油断を誘う算段だと言う。但し感情を示す時には同時に対策を練ることも忘れない。希代乃が二重人格めいた行動を見せるのもこの神林流帝王学の賜物なのだが、それだけに、たまに見せる笑顔が効果的に映る。
春真はと言えば、母の真冬から怒りとか哀しみとか言う負の感情を表に見せないように教育されているらしい。そのために同級生の女子からはへらへらしていると言う評価を受けている様だが。意図せずして女除けの効果が出ているのは春真にとっては不本意だろう。
前の試合が終わって総美たちが体育館に入ってくる。それと同時に総志も観客席に合流した。
「兄さん、首筋にキスマークがあるよ」
と春真が言うと、
「そんなわけあるか。彼女の身長じゃここまで届かないよ」
と真顔で否定してくる。
「駄目よ兄さん。そお兄にそんなギャグは通用しないから」
と笑いをこらえている真梨世。
試合は危なげなく勝利をおさめ、
「さて、俺は戻るとするか」
と総志が言うと、
「一緒に行きましょう」
と希総。二人は同じ宿らしい。
「そう言えば兄さんにお礼を言っていなかったね」
と希総。
「何の話だ?」
と総志。
「人材を回してもらって」
「あいつの事なら、バスケ向きじゃないからな。それよりも万里華を取っちゃった補填になっているなら幸いだ」
「りかの仕事は時間さえあれば僕が代われるけど、彼のシンプルな高さは僕にはないものだからね」
一日置いて決勝トーナメントの一回戦の相手は室町洛南学園高等部。昨年、全中の準決勝で中等部に苦杯を舐めていたのである種のリベンジになる。
「ここからは一つも負けられない総力戦です」
県予選ではベンチでの指揮を任せていた主将の佐山亮介をスタメンで起用した。
「敵のエースは左だけど、君らはそんなこと苦にしないよね」
希総と中学時代を共に戦った三人組は、一級上の左の大砲・御堂春真に存分に鍛えられていた。
第一セットは接戦の末に取った。
「案外ちょろいな」
と浮かれる三人組を、
「まだ勝った訳じゃない」
と一喝し、
「いよいよ公式戦デビューだ」
と隠し玉を投入する。元バスケ部の長身MB梅谷良一だ。県予選の段階ではまだ使い物にならずにベンチ入りできなかったが、一カ月間で戦力として計算できる程度に仕上がっていた。Bチームの前衛でブロックのみをやらせ、サーブについてはピンチサーバーの要員を二名から四名に増やして対応する。
敵もメンバーを替えてきた。希総たちにとって因縁の相手、身長二メートルの一年生ルーキー王島茂治。
「出てきたな大巨人」
最初から出してこなかったのは、まだレシーブ能力が低いからだ。
「去年の全中では攻撃一辺倒で全くレシーブには関与していなかったよな」
と松木。
「それでもあいつの高さに歯が立たなかった。期待しているよ、梅谷君」
梅谷はチーム一の長身で百九十五センチある。バスケ上がりのジャンプ力で最高到達点は恐らく互角だろう。
優しすぎて接触プレイが出来ずバスケに不向きとされた男だが、ネットで敵味方が分けられたバレーではその身体能力が遺憾なく発揮される。王島にとって自分のアタックが完璧に止められたのはおそらく初めての経験だった事だろう。
「それ、今日の試合かい」
その夜は希代乃の日だった。希代乃は届いたばかりの試合の映像を食い入るように見つめていた。その顔は仕事に臨む厳しい顔でも、総一郎にだけ見せる妖艶な女の顔でもない。息子にだけ見せる慈しみにあふれた母親のそれだ。総一郎は思わずその膝に頭を乗せて寝ころんだ。
「どうしたの?」
とも言わず、その頭を優しく撫でてくる希代乃。
モニターの前には総一郎が横になれるほど長いソファーがあるのだが、希代乃は習慣として右端に座っている。希代乃は総一郎の隣に立つときは右側を選ぶ。高い鼻がコンプレックスの為、横顔を見せたくないのだが、強いていれば左の方がマシと考えているらしい。
「一部には神林と室町の代理戦争と見る向きもあるようだけど」
とネタを振る総一郎に、
「昨年も全中で負けているから余計に周りが騒いでいるわね」
と素っ気ない希代乃。
「室町は全国から才能ある若者を集めて結果を残しているけど、三年まで残るのは半分以下。スポーツ推薦だから他の部へ移ると言う訳には行かない。才能が勿体ないわね」
「神林のやり方はそれとは違う?」
リストラと称する人員削減をせず、時短と配置転換で対応するのが神林家のやり方だ。バスケ部の入部テストに弾かれた梅谷を受け入れて使えるようにしたのはまさにその方針に沿っている。
試合が終わると同時に総一郎は体を起こして、
「優勝候補の一角、三強の室町洛南にストレート勝ちか。出来過ぎだな」
希代乃はするするとその右に寄り添うようにして、
「これで優勝候補に名乗りを上げた。と言うわけには行かないわね」
と応じる。その顔は既に仕事モードに切り替わっていた。
「三強はそれぞれチームカラーが全く異なるわ。室町洛南はエースを中心に攻めを組み立ててくるから、そこを封じる事が出来れば意外に脆い」
「まあ、普通は封じるだけでも一苦労なんだが」
と苦笑する総一郎。
「差し当たっては、速攻とコンビネーションでブロックの的を絞らせない相手にどう対処するか」
「次の相手がまさにそんな感じなのよね」
「次の二回戦はオーダーを変えます」
と希総。
「僕の対角には柳原先輩を置いて、ツーセッターで戦います」
敵の速攻にはミドルブロッカー一枚で対応し、希総は後衛ではレシーブに回る。つまり守備力の強化だ。
「それを見越して一回戦で俺を使ったのか?」
と柳原。
「まあそんなところです」
南高バレー部の快進撃はここまで。次の三回戦では三強の一角に当たって敗れベスト十六止まりとなった。
「俺たち三年はこれで引退だ。最後に良い思い出ができたよ」
国体では少年の部は県選抜チームで挑むことが決まっていた。従来はインターハイ予選の優勝校が選ばれるのだが、女子部のツートップが引退を表明したため、急遽選抜チームへ変更されたのだ。
希総は男子部の中で一人だけ県選抜に呼ばれたのだが、
「気に入らないですね」
女子部は主力の三年生が抜ければ戦力ダウンは当然だが、男子部は三年が抜けても大した影響はない。女子部には事前に国体参加の是非を打診してきたが、男子部にはそれがない。要するに男子バレー部は県代表として力不足だと判断されたのだ。
「君だけでも行ってくればいいのに」
と仲間は言ったが、
「次の春高で実力を証明してやるさ」
と招請を固辞した。
それを聞いた総志は、
「まあライバルを自らの手で強化してやることは無いよなあ」
とその本音を言い当てた。
「僕が選抜の正セッターをやらせてもらえる保証は無いんですけどね」
と自嘲気味の希総に、
「大人たちも、お前の実力は評価している。その上で県としての勝利を優先しただけさ」
と宥めるような総志だった。
インターハイのトーナメントシステムに付いて誤解していたので修正。




