ベストカップル
ウインターカップ県予選決勝リーグ第二戦。海東高校対小田原実業戦。滝川万里華は兄の頼みでこの試合を偵察に来ていた。それを見かけて声を掛けてきたのは、
「沙弥加さん。こっちに来て良いんですか?」
向こう側のコートでは南高校が第二戦を戦っているのだが、
「良いのよ。あの人は応援のし甲斐が無いから」
「あの人ですか」
その言い回しに含み笑いを浮かべる万里華。
「やっぱり貴方は苦手だわ」
と沙弥加。
かつて小学生時代には校内の三大美少女と並び称された二人である。一番は衆目の一致するところ久世希理華なので、二人はともに自分は三番手だと思っていた。万人受けする希理華の整った容貌に比べ、沙弥加と万里華では好みがはっきりと分かれる。
お互いに存在は知っていたが、親しく言葉を交わしたのは神林邸で行われた瀬尾みさきの十三回忌であった。
「ここに居るのは貴女を除けば全員弟妹よ」
と言う総美。
「本当に妹だったのね」
と言った沙弥加の視線の先には滝川万里華がいた。
学校で総志と親しく話しているのを見かけて問いただすと、
「内緒だけど。妹だよ」
と教えてくれた。
母から聞いていた瀬尾総一郎と言う人の話を信じるなら、十分にあり得る話ではあるのだが。
「瀬尾の小父様は秘書を孕ませたの?」
「順番が逆よ。お父さんが議員になったのは万里華が生まれた後だもの」
実はこれも正しくない。滝川千里は元々秘書として総一郎のもとに送り込まれた。千里が万里華を生んだ時には元の職場に戻っていて、議員になった後に再び招聘されたのだった。
「それにしても、普通は母親違いの兄弟って仲が悪い物じゃあ?」
「だって、仲たがいする理由がないもの」
最も兄弟の関係をギクシャクさせるのは財産をめぐっての争いだろうが、総一郎にはさほどの財産は無く、子供たちは母親から十分な財産を受けとれる事が約束されていて、それは争いにならない。もっと単純に母親たちが仲良しなのだから、子供たちもそれに倣って自然と親密になる。
「特に下の妹三人は私が面倒を見たしね」
三姉妹にとっては大姉こと西条総美は第二の母親なのである。
「万里華だけはちょっと特殊だけど」
この中で唯一枠外で生まれ育った万里華だが、母親が御堂の血を引く関係で、御堂系の子供たちとはもともと近しかった。それとは別にすべての妹弟たちの出産に立ち会った矩総が兄弟たちの繋ぎ役を果たした点も大きい。
中学に上がってからは女子バレー部の主将として、同じく男子バレー部のマネージャーになった万里華との接触は増えた。万里華は単なる雑用係ではなく、情報担当の作戦参謀としてチームに貢献していた。
「その情報収集は西条君に頼まれたの?」
「ええ、まあ」
と歯切れが悪い。
「海東とは既に試合が終わったので対象は小田原実業ですけど。夏のインターハイと練習試合、そして前の試合を経て解析はほぼ終わっています。今日は最後の確認だったんですけど」
と言ってノートを閉じてしまった。
「相手の海東が三年生を出さない、来年向けの布陣になっているので。この試合で隠された情報や戦術が飛び出してくる可能性は無くなりました」
「三年生抜きって、それで試合ができるの?」
「ええベンチ入りメンバーは十五人まで。海東は三年が六人しか登録されていませんから」
「それじゃあ海東は初めからこの大会は捨てていたのかしら」
「それは何とも」
と首を傾げる万里華。
「海東は毎年推薦で二十名前後を取るそうですが、最後まで生き残るのは半分以下。と言っても推薦なので他の部に移る訳にも行かずに幽霊化するそうですから、才能の浪費ですね」
と手厳しい。
「総志君が勧誘を断ったのもその辺かしら」
「あら、沙弥加さんと同じ学校に行きたかったからじゃないんですか」
「それにしては南高はレベルが高過ぎよ」
「女のためにレベルを落とさない辺りも総志兄さんの生真面目さが出てますね」
「だから違うって」
と照れ気味の沙弥加。
「それにしても因縁の対決ですね」
今年海東の新監督となった蓑谷森正氏はやはりOBで前監督の河並徹也氏よりも二年後輩である。現役時代からエースでキャプテンだった先輩の河並に対して、後輩の蓑谷は現役時代には全くの無名。それどころか選手としては大成せず、指導者として実績を積み上げての招聘だったと言う。
対する小田原実業を率いるのは昨年まで海東を率いていた河並氏。今度はライバルの小田原実業を率いて母校に戦いを挑むと言う構図になる。
「弱小チームを三度全国まで導いた、大物食いの名将として名を売った蓑谷氏が、今回初めて名門強豪校を率いると言うことで注目されているそうですけど」
「夏は小田原が勝ったのよね」
「ええ。でも南高校がと言うか、総志兄さんが敗退した時点で県代表の二枠はほぼ確定。と言うことで海東は明らかに戦力を隠していましたね」
海東は県内を二位で通過して、全国ではベスト4。小田原はベスト16に留まった。
「常勝軍団の海東としては優勝を逃したことは問題になったんじゃあ?」
「蓑谷氏は三年契約で、任期中はOB会がどんなに騒いでも馘首しないと言う確約を取り付けたそうですから」
「三年たったら西条総志は居なくなるからね」
「それもありますけど、三年目には選手が全部入れ替わってすべて新監督の色に変わる訳で」
「でもそこまで結果が出なかったら、その先は無いでしょ」
「だから本当の勝負は来年なんでしょうね」
「だったら、海東の方もデータ取っておいた方が」
と沙弥加が言うが、
「総志兄さんは、希くんと違ってあまりデータを重視した戦い方をしないんですよね」
「バスケとバレーの違いもあるだろうけど。スポーツに関しては西条君は感覚派だものね」
理系の総志がデータを重視せず、むしろ文系の希総の方がデータ重視と言うのが面白い。
因縁の試合は一進一退。それを見て万里華はメモを取り始めた。
「意外に頑張るわね」
「一二年だけとは言っても才能は折り紙付き。足りないのは実戦経験だけですからね」
「これなら来年のために海東のデータも取っておいた方が」
と沙弥加。
「そこまでは手が回りませんよ。バスケは展開が早いから」
と言いながら手をものすごい勢いで動かす万里華。
「これで海東が勝ったらそのデータも無駄になるわね」
「取ったデータをどう使うかは兄さん次第ですし」
試合は若干だが海東が押している。
「今までの、チーム戦術に選手をはめ込むと言うスタイルを捨てて、選手個人の自由度が増している感じですね」
と万里華。
「そうね。夏はこれまでのやり方に徹して負けたから、変革も受け入れやすかったのかしら」
「それも折込済みだったのでしょうね」
蓑谷のこれまでのやり方は、一年目は意識改革。ぶっちゃけて言えば負け犬根性を抜く事。
「常勝の海東にはそれは必要ない?」
「逆に、これまでのやり方に固執する保守性の打破が必要だったんでしょう」
海東は優秀な選手を集めてチームカラーに染めていく。中にはその色に染まずにドロップアウトした選手もいただろう。
「才能の無駄遣い。海東と言う伝統校を維持するためには必要なのでしょうけど、それは個々の利益とは相反する」
「それは瀬尾の小父様の政治信条に通じるのかしら?」
万里華は母を通じて総一郎の政治信条に影響されているのだろう。
「父様はもう政界を引退されていますから」
これまでの弱小校では中核となる選手は一人いれば良い方だが、海東となれば全員がエース格の選手ばかりだ。その個性が上手く噛み合えば西条総志と言う怪物を倒せるかもしれない。
ウィンターカップ本大会直前、
「兄さんに取材したいってさ」
と矩総。隣には沙弥加も呼ばれている。
「なんで日野君も?」
「バレー部と合同なんだよ」
同じ時期、女子バレー部も春高バレーへの出場を決めていた。同じ出版社が出しているバスケ雑誌とバレー雑誌のコラボ企画らしい。
「高校バスケの至宝西条総志と、その彼女にして高校バレーの最強セッター日野沙弥加の特集だってさ」
「私は良いけど、私を取り上げるなら姉のふうにも着目すべきじゃないかしらね」
「総美姉さんを避けたのは、政治的配慮だと思うよ」
総美は実父の瀬尾総一郎にそっくりだ。どうしたってその家庭環境に突っ込まざるを得なくなる。
「私はふうの代役って訳?」
とちょっとむくれる沙弥加だが、
「総美姉さんくらいの身長のエースは全国にごろごろいるけど、沙弥加さんの身長でセッターを務めているのは他に例がない」
「希少価値だな」
総志がフォローにならないフォローを入れる。
「二人並ぶと身長差が際立って絵になるしね」
沙弥加は百五十五しかないのに対して総志は百九十近い。
「これ以上伸びないで」
「そんなこと言われてもなあ」
そして取材の当日。
まずはバレーのネットの前で、
「日野さんがトスを挙げて、西条君がそれを打つと言う絵を」
と注文されて、一発で決めて見せた。
「打点高過ぎ」
とぼやく沙弥加。総志が本気で跳ぶと頭がネットの上に出てしまう。そこからほとんど真下に打ち下ろすことになる。
一方の総志の方も、
「ボールが小さ過ぎて危うく掴んじゃうところだった」
総志はバスケットボールすら片手で空中キャッチできてしまうのだから。
「逆もやってみようか」
今度は総志がトスを上げて沙弥加が打つ。総志の場合はトスを上げると言うよりただジャンプして触るだけ。背の低い沙弥加だが、そのスパイクの迫力は総志のそれに引けを取らない。
「凄いけど、写真に写るかなあ」
「連続で撮っていますから」
と言ってデジカメの画面を見せてくれる。手打ちの総志のスパイクと比較すると、沙弥加の方は全身を大きく逸らせて全身のばねをフルに使っているのが分かる。
「手と足が背面でくっつきそうだな」
と総志が言うと、
「くっつくわよ」
と言って片足立ちで足を後方にあげて肩越しにその足を掴む。
「バレエダンサー並みだな」
「バレエ違いね」
続いてバスケのリングの前に移って、
「まずはジャンプの最高到達点を」
沙弥加は手に粉を付けてボードを叩く。
「318センチ」
「男子でもここまで飛べる選手はいませんね」
「一般公式で305センチだから、普通にダンクも行けるな」
「後でやってもらいましょう。では西条君」
「全力でやったことは無いんだけど」
本気で跳んだ総志はボードの上に手が届いた。左手で激突を避けて降りてきた。
「危なかった」
と額の汗をぬぐう。
「4メートル超、ですね」
取材陣も絶句している。
「試合中にこんなに全力で跳ぶことは無いけどね。と言うか高さよりも何回跳べるかの方が重要で」
「では日野さんのパスからダンクを」
沙弥加が両手でボールをトスして、それを空中で掴んだ総志がそのままゴールに叩き込む。あまりに息の合ったプレイに、
「普段もやっているんですか?」
と聞かれるが、
「初めてですよ」
とハモる。
「ボールは重いけど、やっていることはバレーのトスと同じですし。持って投げて良い分だけ簡単です」
と沙弥加。
「これも逆でやってみようか」
総志のパスを受けての沙弥加のアリウープ。
「ゆったりと山なりでお願い」
と言うリクエストを受けて、一発で決めて見せる沙弥加。
「その身長でこれが出来るのは男子でもいないぜ」
と素直に褒める総志。
「普通にダンクも出来るのでは?」
と言われたが、
「ボールを持ったままだと高さが足りないと思います。ジャンプするときは手の振りも利用していますから」
と沙弥加。
ドリブルしながら走ることは普段しない。
「その代わりに」
とやって見せたのは、フリースローラインからバレーボールを放り上げてサーブを撃ってリングへ入れる技。
「これは練習中に遊びで何度かやっています」
「最後に西条選手にはスリーポイントシュートを」
真正面と左右の四十五度、そして真横からの五か所で決めて見せると、
「私もやってみて良い?」
流石に一発では決まらなかったが、二回目にはきっちり修正して決めて見せた。
「バレーボールを使うならもっと遠くからでも決められるわよ」
と言ってトスでセンターラインからリングへ放り込んで見せた。
「西条君、挑戦してみますか?」
「無理だ。俺たちは如何に遠くから入れるか、じゃなくて如何にして決められるところまでボールを持っていくかと考えるから」
その代わり総志はどんなに動きながらでもシュートを決められる。総志はドリブルから様々な体勢で曲芸的なシュートを何発も撃って見せた。
「二人とも、高校生のレベルじゃないですね」
取材陣は苦笑するしかなかった。
ウィンターカップ二回戦、南高校は最大の山場を迎えていた。初戦を総志抜きで勝ち抜いた後、次の相手は夏の覇者秋山高校。
前日、一回戦終了直後に声を掛けてきた男がいた。
「誰?」
男はジャージの前を開いてユニフォームを示す。
「秋山高校さんか」
「昨年の夏はうちが勝った。冬は負けて、今年の夏に決着をとおもっていたら、地方大会でこけやがって。今度こそ決着を付けよう」
身長は総志と互角くらい。だが顔立ちはイケメンの総志と違って厳つい。
「御免。顔に見覚えが無いんだけど」
と首をかしげる総志に、
「悪かったな。昨年はまだベンチウォーマーだったよ」
しかし今の背番号は4。つまりキャプテンナンバーだ。
「最後まで出てこないとは余裕だな」
「いや。試合前にバッシュが壊れてしまって。インターバルまでに新しいのを届けてもらったんだけど、出る必要が無かったので」
前半に大差がついてしまったので、まだ慣らしの済んでいない新しい靴で試合に出ることを回避したのだ。それを余裕と言われればそれまでだが。
「貴様。雑誌のインタビューでは敵は居ないと豪語したようだが」
敵は己の中にあり。みたいなセリフを吐いた記憶はあるが。
「それは良い。それよりも気に入らないのはあんな可愛い彼女がいることだ」
と本気で悔しがっている。
「何やっているの」
ちょうどその時本人が声を掛けてきた。彼女がここに居るのは、家に有った予備のバッシュを届けてくれたからだ。
「小っちゃくて可愛い」
とぼそりと言う秋山のキャプテンに、
「小っちゃくて悪かったわね」
後半部はガン無視で、前半部にかみついた沙弥加。
「失礼しました。実はファンなんです」
と手を出してきた男に、
「私は見ず知らずの男の手を握るような軽い女じゃないの」
と素っ気ない。
「秋山高校バスケ部主将溝口新太です」
「なんだ次の対戦相手じゃないの。敵と握手するのは試合が終わった後よ」
「試合後なら手を握ってもらえるんですか?」
「貴方が勝ったらね」
「おいおい。勝手に話を進めるなよ」
と総志が割って入ると、
「あら、負ける気なんかないでしょ」
「そりゃあ、負ける積りで試合するやつは居ないだろうけど」
総志は試合に勝つことよりも自分が楽しくプレイすることを好む。沙弥加としてはそれが腹立たしいらしい。
「だったら勝ちなさい。私のために」
溝口は完全に当て馬状態だった。
そして決戦の日。ボールを貰った総志はドリブルから抜きに掛かると見せかけてリズムを変えて強くボールを跳ね上げる。高く上がったボールにマークの選手が一瞬視線を奪われた瞬間にそれを上空でキャッチしてそのままシュートを放つ。先制のスリーポイントだ。
その日の総志は攻撃においては後方に位置する司令塔。そして防御では最後尾に位置するゴール下の守護神。これが試行錯誤を繰り返してきた南高の理想の布陣だ。最前線ではチーム一小柄な異色の高機動型センターの佐久間雷斗。それとコンビを組むのは総志に次ぐ長身の田淵礼人。中学時代はずっとセンターだったが、パスセンスも持ち合わせたユーティリティープレイヤーで、ディフェンスではポイントガードのマークを担当する。佐久間は少し後方に位置してそのサポート役である。
そして中盤にチーム一のシューターである角村透。総志にマークが集中した時にフリーになって強力な得点源となる。もう一人がこれと言って特徴のない器用貧乏なフォワード風見修。全体のバランスを見た位置取りの上手い選手である。
南高校はこの隊列のまま前後に移動する。つまり前の二人は攻撃ではゴール下に布陣する。中盤の二人は常に前後の間をつなぐ役割で、総志は後方から指揮を執る。バスケと言うよりはサッカーのそれだ。敵は攻防でマーカーをチェンジすることになり、対応が常に後手を踏む。
この布陣に成ってから総志の得点はやや減少したが、全体の得点力は向上した。それ以上に大きいのは失点が半分になった事だろう。
「敵さんが気の毒になるわね」
と試合を見ていた母の志保美。
「この試合は是非とも勝ってもらわないと」
と入れ込んでいる沙弥加。
「瀬尾君の息子たちは、父親の負けず嫌いを受け継いでいないみたいね」
と沙弥加の母波流歌。
「確かにハングリー精神は足りないわねえ。それも家庭環境を考えれば無理からぬことだけど」
母一人子一人の質素な生活から生まれた総一郎のハングリー精神は遺伝では培われない。
「そんな中でも唯一負けず嫌いなのは矩総だと思うわよ」
と総美。
「矩華さんの息子なら当然と言うべきかしら」
と笑う波流歌。
「ただ矩総君の場合、その負けず嫌いを発揮できる、対等に戦える相手がいないのよね」
試合の方は常に主導権を握り続けた南高の圧勝だった。
「事実上の決勝戦がこの展開では、もはやこの大会の帰趨は決まったわね」
総志のバスケ部はウィンターカップ二連覇。沙弥加のバレー部はベスト4で敗退した。インターハイではベスト8だからちょっとだけランクアップと言ったところだろう。
二人ともユース代表に呼ばれたのだが、学業優先を理由に辞退した。
「本音のところはどうなのよ?」
「俺はそもそもプロになる気が無いから」
「特別指定選手として声を掛けられているんでしょ?」
「学生の間だけやると言う選択肢もあるんだけど、それでは申し訳ない気がして」
責任感の強い総志はあくまでも家業優先らしい。
「志保美さんもまだ若いし、跡を継ぐのはまだ先でもいいんじゃないの?」
「母さんは経営には向いていないんだよ。事務処理は俺か姉さんがやって、母さんには専門業務に専念してほしい」
今はまだ祖母の美星が居てフォローしてくれているが、そろそろ楽隠居してほしい。
「だったら私が・・・」
と言いかけて口をつぐんだ沙弥加だった。




