Secret 5 days.
キャアアッという叫び声とバシンッという音が響いたのはほぼ同時だった。朋宏は叫び声を聞いて雄亮か憲斗の悪い癖が出たんだと瞬時に理解し慌てて玄関へ向かった。いくら仲良くするつもりがないと言ってもこれから共に暮らすとあれば、出来れば男女間の揉め事だけは避けたかった。が、既にあの二人を先に行かせた時点で避けようがなかったのかもしれない。さすがの二人も理事長の居る前で何かするとは思えず少しばかり安心していた朋宏は、やはり自分も一緒に行くべきだったと後悔した。
「大丈夫? 何があっ……」
何があったの、そう言おうとした朋宏の言葉は最後まで続かなかった。湯を沸かせるのではないかというくらいに赤くなった顔に涙目の少女を見て、朋宏は言葉を失った。そして、抱き締めたくなる衝動を必死に堪え、自分に言い聞かせた。
ー違うんだ、と
深く息を吐いた朋宏は、再び少女を見て問い掛けた。
「大丈夫? もしかして何かされた?」
優しい声色で問い掛けられ、少女は小さく答えた。
「あの、その……ほっぺに、その、キスを……」
頬で良かった、と心底思い、憲斗を睨んだ。
「け~ん~と~っ」
「えーっと……ごめんね」
「俺じゃなく彼女に謝れ! 誠心誠意、心を込めて、土下座して謝れ!!」
「謝った、謝ったよー。ちゃんと謝ったってば!」
珍しく怒鳴った朋宏に憲斗は怯えながら言った。もちろん、自分のした事の報復はきちんとその左頬で受けており、立派な紅葉が出来ていた。そして理事長からの叱責もきちんと受けた。
そんな騒動の後、少女の荷物は雄亮が部屋に運び、朋宏は拓哉を自室から引きずり出し、改めてお互いに挨拶をした。
「あの、突然押しかけるような形になってごめんなさい。小早川みちると言います」
「いや、こっちこそいきなり嫌な思いをさせてごめんね?」
「いえ、あの、驚きましたけど……」
「僕も驚いたよ」
「憲斗は黙れ」
朋宏に睨まれしゅん、と小さくなった憲斗を見てみちるは小さく笑った。理事長の短くまとめられた話によると、家出という事だが、そんな気配は一切感じないくらい、明るく感情豊かそうな子だった。
「それじゃあ、改めて。俺は須王朋宏。で、さっき君に失礼をしたこいつが……」
「工藤憲斗だよ。気軽に憲ちゃんって呼んでね」
「俺は雄亮、櫻雄亮って言うんだ。よろしくね。で、俺の横に居るぶすっとした顔してるのが穂坂拓哉だよ」
「…………」
「あの……、よろしくお願いします」
拓哉の態度に嫌な顔一つせず深々と頭を下げたみちる。凄くいい子なんだ。自己紹介を終えた朋宏はそんなみちるを見てそう思った。
しかし、いくら性格が良くとも、朋宏の気持ちが変わる事はなかった。それはみちるに会って更に増した。朋宏は理事長にも言った事を今度はみちる本人にも伝えた。
「いきなりこんな話で申し訳ないけど、俺は一緒に暮らす事は一応反対だから、最低限の会話、接触以外はしないでね」
「え……」
「あと、これはこっちの都合で悪いけど、ここに俺達と一緒に暮らす事は絶対誰にも言わないで欲しいんだ。あぁ、家族以外の誰にも、という事で」
「あ、それは、はい、叔母からも言い聞かせられたので大丈夫ですけど」
「そう、なら大丈夫か。取り敢えずお昼にしようか。小早川さんは嫌いな食べ物は? と言ってももう作ってあるんだけど」
「あ、ないです、大丈夫です」
そう、と呟くと朋宏はキッチンへ姿を消した。みちるは叔母である理事長に案内され、部屋へ向かった。後に残った憲斗、雄亮、拓哉は誰一人として口を開く事もなく、ただただ、お互いを見合わせていた。