5.進撃の花祭
「いよぉぉし、樋口! それで、どの娘がいけそうだって?」
「あ、あぁ、三組の清水京香っていう娘なんだけど」
あの奇妙な夢を見て以来、俺は花祭の友達作りを成功させる為、真剣になって色々と考えた。
なんでそんな気になったのか、自分でもその理由は判然としない。ただ不思議と、夢で見た儚げな女の子の姿と、目の前の凶暴な彼女の姿が重なって。それで……。
花祭は嘗て言った。今までネコを被って生きてきた、と。
そんな自分に飽き飽きした、とも。
だから、ありのままの自分を受け止めてくれる友達を探す。
そう彼女は言ったんだ。
容姿端麗で頭脳明晰。運動神経も抜群で、家は資産家。
神から祝福されたかのように、あらゆる物に恵まれながらも……養子な彼女。
義理の両親の期待する人物像を演じ続けてきた女の子。
花祭香奈。
『ぬあぁあああぁあ~~っ! なんで、女の子の友達が出来ないのよぉぉぉ!?』
正直言うと、花祭の女の子に対するアプローチはかなりマズかった。悪い方向で、常に俺の予想の斜め上を駆け抜けやがった。
だけどひょっとしたら……。
単に花祭は、本当の人格で人と接することに慣れていないだけなのかもしれない。そのことに彼女自身も戸惑って……。
花祭は今、多分、初めて本当の自分を曝け出して人と付き合おうとしている。
演技じゃない。傷つき易かったり、壊れ易かったりする、生身の自分を晒して。
「おいコラ樋口、お前、な~にボサッとしてんだ」
「ん? あ、あぁ……悪い」
昼休み中の、喧騒溢れる廊下を歩きながら考え事をしていた俺は、花祭の鋭い声で現実に戻される。
そうだ、今はこれからのことに心を研ぎ澄ましていかなければ。
いろんな考えを経て、花祭の友達を作る為に得た結論。普通の娘じゃ彼女のキャラに圧倒されてしまう。
ならアホの娘……じゃなくて、天然の娘を探せばいいんじゃないか!
何いってんだこいつ? と、呆れた顔を向けられるのも分かるが、これでも結構、真剣だ。
そして色んな情報をトータルした結果、「私、よく天然っていわれるんですぅ」とかいう偽物じゃなくて、本物と思われる女の子の情報にたどり着いた。
「たぁぁのもぉぉぉぉ!」
花祭が道場破り(霊長類ヒト科:希少生物)のような声を轟かせ、三組の扉を開ける。
すると教室内の生徒は反射的に声の主を見て、彼女の美しさにハッとしたが、次の瞬間には伝え聞く変態性が脳裏を過ったのか、竦み上がり、中には一歩退く人もいた。
「あ~肌で感じるわぁ、時代が私にジェラってるのを。まぁ、そんなことより。げぇっへっへぇ、どこなの? 噂の清水京香ちゃんは?」
彼女は舌なめずりをしながら辺りを伺う。
残念ながら、その顔つきは公共放送では、モザイク無しでお見せできない程だ。
するとクラスの視線が、一斉に一人の女性徒に集まり、
「へ? 清水京香って、私ですけど……」
ウェーブを打つ茶色がかった長い髪と、円らな瞳。グラビアアイドルのようなスタイルに、どこか抜けてそうな雰囲気の美女。
話に聞いた特徴と合致した。間違いない、清水京香さんだ。
「ほぉ、ほほぉ、ほほほほほぉ、いいねぇグッドよ!」
清水さんが花祭のお眼鏡にかなったのか、彼女は喜色を湛えた表情で、手をワサワサさせて席に近づく。
そして――。
「清水さん! 単刀直入に言うわ。私と……よからぬ仲になりなさい!」
と、声高らかに言ったかと思えば、左手の親指と人指し指でサークルを作り、右手の人指し指を、
ちょ! おまっ! 本当に何してんだよ!?
彼女の発言はクラスに波紋のように広がり、瞬時にして教室がざわめきに染まる。中には顔を赤らめている生徒も……って!
「違うから!? と・も・だ・ち! 友達だろ!?」
「一々うるせぇヤツだな。お前はアレか? 物語を読者視点で進行させる為の、突っ込みキャラかよ!」
「いや、そんな作者側の事情をブッチャケられても……」
そんな風に俺と花祭が言い争っていると、清水さんはマイペースを崩さずに答える。
「えっと、友達ですか? はい、いいですよ~」
彼女が声を発すると、その場の空気は、生ぬるい靄がかかったような不思議なものとなる。
承諾の言葉を前にした俺と花祭は、余りにもあっさりとことが運んだことに驚き、お互いの間の抜けた顔を見合う。
「きたぁぁ! この世をば、わが世とぞ思う望月の! 私の時代が来たわぁ!」
「ごめん、よ~く考えて。友達って……花祭とだよ? この変態の人だよ? 本当にいいの?」
発案しておきながら、心配になってそう尋ねると。
「え? こんな綺麗な娘と友達になれるなんて嬉しいですよ。あれ? 何か変ですか?」
「いや、別に変って訳じゃ――」
「ちょ、ちょっと待ったぁぁ!?」
すると俺たちの会話に、物凄い形相で割り込んでくる女生徒が一人。額を出し、顎のラインで切り揃えられた髪型が特徴的な、どことなくボーイッシュな女性徒。
「あなた……二組の花祭香奈よね」
突如として現れた彼女は、そう言いながら、花祭に警戒の目を向けて歩み寄る。
「あぁん? 『さん』を着けろや、デコ助野郎!? ってあなた、本当に額が出てるじゃない。よ~し決めた! ちょっと額に『肉』って書いてあげるから、『屁の突っ張りはいらんですよ』って言って御覧なさいよ、このスットコドッコイ!」
「な!? なんて失礼なヤツ! 京香、こんな奴の友達になっちゃ駄目よ! この娘、自分がちょっと頭と顔と運動神経が良くて、家が裕福だからって調子に乗ってる、とんでもないゲス女なんだから。京香まで、コイツの毒牙にかかっちゃうわよ」
「ゲ……ゲス女だと、テメェコラァ!? この腐れなすび女が!」
「なによ!? この腐れドテカボチャ女!」
そのまま彼女たちは、俺と清水さんを置いてけぼりにしてギャーギャーと口喧嘩を始めた。
すぐ隣で低レベルな罵詈雑言の声を耳にしながら、俺は思わず頭を抱える。
あ~~~~何だこれ? どうしてこうなった?
「オラァ! キン肉バス○ーしてみろよ!? 言っとくけどあれ、公衆の面前で女にかけたらセクハラもんだからな!? 分かってんのか?」
「何よ、キン肉バス○ーって!? あんた頭にウジ虫でも湧いてんじゃないの? 脳みそを塩素漂白剤につけて、三日三晩にわたって漬け置き洗いしてあげましょうか?」
「てんめぇぇぇ!?」
「なぁぁにぃぃぃよぉぉぉ!?」
ついに取っ組み合いまで始める始末。清水さんはその喧騒を気にするでもなく、何かを考える可愛らしい仕草を見せた後、
「じゃあ今日から、皆お友達だね」
向日葵のような笑顔を咲かせ、のほほんと言った。