4.花祭の秘密
結局、ナンパは失敗に終わった。
そもそも女の子が女の子をナンパすると言うのは、どんなシチュエーションなんだ? 未来に、生き過ぎだろそれ。
「あ~もう! こんなんで、いつになったら友達が出来るって言うのよ!?」
「花祭、今のやり方だと友達を作ろうとしてるって言うか……特殊な性癖の人がパートナーを求めてるみたいに……」
大手の百貨店が左右に並ぶ、町の中心地。夕日が家路を染める中、俺が言葉を濁していると、
「おや? 香奈、香奈じゃないか?」
背後から、彼女の名前を呼ぶ声が突如響いた。
振り返ると、そこには長身で、髪を後ろに撫でつけ髭を蓄えた、品の良さそうな初老の男性が。
そんな風に、花祭の名前を呼ぶってことは、多分……。
「ごきげんよう、お父様。びっくりしましたわ、まさかこんな所で会うなんて」
俺から遅れること数秒。振り返った花祭は、背景に花を咲かせたような、可憐な笑顔を男に向けた。
余りの豹変ぶりに、俺は唖然となり言葉を無くす。
「はい、ごきげんよう。いや、友人との約束が一時間ズレてしまってね。せっかくだから、母さんと香奈に何かプレゼントをと思って……っと、いかん、秘密にしようとしてたのに、はっはっは」
「もうお父様ったら、うふふ」
『うふふ』ってなんだよ、『うふふ』って。ネコ被るのは止めたんじゃなかったのか?
胡散臭い物を眺めるような目つきで彼女を見ていると、俺は視界の端で、俺に向けられている視線の存在に気付く。
「ひょっとして、彼が噂の……」
「はい、学級委員の樋口くんです。近々、担任の先生の誕生日と言うこともあって、クラスで代表して二人でプレゼントを買いにきたんです」
「はぁ? なんだそれって――ぬあっ! 」
突如、刺し貫かれるような熱い痛みが、足の甲に線のように走る。
コイツ、平然と俺の足を……ぬおぉお! グリグリやめろぉぉ!
抗議の意味を込めて、花祭に視線を向けると、
”お前、分かってんだろうな?”
口よりも能弁に語る、殺意が込められた、充血した目がそこに。思わずたじろいでしまう、情けない俺。
「やっぱり、そうか! はじめまして、香奈の父で、花祭正人と申します。娘がお世話になっているようで、どうぞ今後とも仲良くしてやってください」
俺が脂汗を流しながら、「ど、どうも」と生返事を返すと、「それじゃ、あまり遅くならないようにね」と、彼女の父親はその場を去った。
「ってぇ! 思いっきり踏みやがったな!?」
「ご褒美よ。嬉しいでしょ?」
「嬉しいわけないだろ!? って花祭、お前……もうネコ被らないんじゃなかったのか?」
足を踏まれた腹立たしさを一時的に脇に押しやり、先程から気になっていたことを思わず尋ねた。
すると彼女は「だ~れが”お前”だ? あぁん?」と、俺を恫喝するように睨みつけた後、一度嘆息し、
「私……養子だから仕方ないのよ」
と、俺を驚かせる言葉をサラリと吐いた。
「え? ……養子?」
俺は突如として顕にされた事実に胸が痞え、そうオウム返しをするので精一杯だった。
「そ、私……小さい時から両親がいなくてね、養護施設で育ったの。それで小学校に上がる時、今の両親に貰われたって訳。まぁ見た通り、裕福で品のいい人よ。お陰様で、何不自由なく育ててもらったわ。だから……その恩返しとして、私は二人が期待する人物を演じる必要があるの。必要って言うか、これは殆ど義務ね。だから、両親の前では別よ」
養子? 養護施設? 義務?
なんだよ……なんだよそれ!?
花祭の言葉は、激しい奔流となって俺の中に流れ込んできた。そして俺の認識はゆさぶられ、彼女に対する印象は一度に乱れ、混乱するようになる。
まるで奇妙な混沌に、俺の存在そのものをかき乱されるかのように……。
やがて鉛を飲み込んだような沈鬱が俺を支配すると、思わず黙りこくってしまった。しかし動悸は激しく、まるで全身が一個の心臓になってしまったようで、鼓動が耳にうるさい程に聞こえる。
「私、小さい頃から頭良かったから、大人の考えてることとか期待してることとか、簡単に読みとれちゃったのよ。でも……いい加減、そんな風に自分を演じることに疲れちゃってね。だから高校では自由にやりたいと――って、しんみりさせちゃったわね。今のは忘れて頂戴」
だけど俺は、彼女の言葉を忘れることが出来なかった。
その言葉が妄念のように俺にまとわりつき、家に帰り、飯を食べて風呂に入り、ベッドに寝転がっても消えようとはせず――。
気付くと深い夜の底で、花祭のことを考えている自分がいた。
産みの親がおらず養護施設で育ち、今の両親の養子となった彼女。
その環境の中、期待する人物像を演じ、それが義務だという彼女。
その事実が、俺の中でぐろぐろと渦巻く。
だが疲労した体は、ゆっくりと眠りを誘い……。
その中で俺は、夢を見た。小さな女の子が泣いてる夢を。
見覚えのない子だったけど、俺は夢独特の直観の中、それが彼女だと分かった。
「泣かないでくれ」
手を伸ばそうとすると彼女は遠ざかり、霞み、背景に消え――俺の手は虚空を掴む。
その時になって、夢の中の俺は、女の子が迷子だと知る。
迷子の女の子……。花祭香奈。