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神様は明確に頭がおかしい―お前の頭はハッピーハッピーセットかよ!?―  作者: マグロアッパー
■モブキャラが行く―鈴木さんのマガンコウサッポウな一日―
30/30

8.鈴木さんの夜


 その後、私はつぶあんをお爺ちゃんの家に戻し、用意されていた餌をあげ、自宅に帰りました。抱えていたモヤモヤもなくなり、もういつも通りの私です。


「また明日ね、つぶあん」

「ヒャウン! ヒャウン!」


 手洗いうがいをして、自分の部屋に。夕食の時間まで、今日の授業の復習をします。六時頃になるとお姉ちゃんが、それから四十分後位には、お母さんが帰ってきました。


「お帰りなさい、お母さん」


 階段を下りて、買い物袋を腕にぶら下げたお母さんを出迎えます。


「あっ、ただいま。お爺ちゃんはどう? 今日も元気に仕事に向かってた?」

「うん、元気そうだったよ」


 すると隣のリビングで洗濯物を畳んでいたお姉ちゃんが顔を出しました。


「あっ、お母さんおかえり~! 今日の夕飯なに~?」


 お母さんが帰って来てからは、夕飯の支度を手伝います。

 

 とは言っても、お母さんは手際がいいので、やることは少ないです。食器を用意したり、サラダを作るのを手伝ったりします。あと、お姉ちゃんのつまみ食いを防ぐのも大事な役目です。


「ただいまー」

「あっ、お帰りなさい」


 お父さんが七時半頃に帰ってくると、揃って夕飯です。今晩のメニューは、オムライスとシーザーサラダ、オニオンスープ。尚、お父さんは殆ど晩酌をしません。


「そういえば今日、大学でモデルさんとお話ししちゃってさ。ほら『VERRY』って雑誌あるじゃん。あれに載ってるYURINAっていう人が、同じ大学に――」


 また、我が家の食卓の会話は、基本的にお姉ちゃんが賑やかに行います。


 話を聞いたお父さんが「ほぉ」と言ったり、「あら、そうなの」とお母さんが相槌を打ったりします。お姉ちゃんを除き、鈴木家は大人しい人間が多いです。


 夕飯を終えたら、部屋で漫画を読んだり、ノートパソコンを弄ったり、お姉ちゃんとリビングでテレビを観たりします。


 お姉ちゃんは私とは違い、スラリと身長が高いです。髪も長くて大人っぽく、子供っぽい私はよくからかわれます。でも……余りモテないみたいです。


「ちょっとアンタ、私を見ながら失礼なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「え? そ、そんなことないよ」


 そうこうしていると、あっという間に九時になってしまいました。お風呂を頂くことにします。特に定めた訳ではないのですが、我が家ではお姉ちゃんが一番に、それからお父さん、私、お母さんの順に入る習慣になっています。


 お風呂から出たら、一日三回のトマトジュース、夜の部です。


 今日はお昼のトマトジュースタイムを、少し(ないがしろ)にしてしまった気がします。なので気を引き締めて、出来るだけ大切な時間となるように、慈しんで頂きます。


「んっ、んっ、んっ……ふはぁ……おいひぃ……」

「ふふ、だらしない顔。あなたって本当、昔からトマトジュースが好きよね」


 お母さんに笑われながらも、これで今日のトマトジュースタイムは終了です。明日の朝までは我慢です。いつか浴びる程にトマトジュースを飲みたいものです。


 眠る前にまた机に向います。宿題がある場合は、この時間に仕上げてしまいます。今日は特に宿題も出されていないので、復習に重点を。今は未だ自分の力で何とかなってますが、二年生になったら塾に通おうか検討中です。


「ふぅ……」


 その後、牧ちゃんと秋ちゃんとLINEで軽くお喋りをして、私の一日はお終いです。夜は出来るだけ、十一時には寝るようにしています。


『それにしても今日は面白かったよな。あの撮影会』

『明日……花祭香奈が、あの写真をプリントアウトしてくるらしいわ……』


『あっ、そうなんだ。楽しみだね』

 

 仲良しの二人と遣り取りをしていると、メール着信の合図が。

 あれ? なんだろう……と思って、メールの差出人を確認すると――


「あ…………えっ!?」 


 私は奇妙に慌ててしまい、話の途中でしたが、


『ごめんね、ちょっと今日は眠くて』


 と二人に断って、LINEの遣り取りから抜けました。


『おっ了解! 今日はお疲れ様!』

『……よい夢を……』


 罪悪感が、胸をちょっとだけチクチクと刺します。


 あっ、でも今はそれよりも! と、ドキドキしながらメールを確認します。

 差出人の名前は、何度確かめても「樋口雄介」君です。


『恋と咳は、隠すことが出来ない……』


 お爺ちゃんの言葉が甦ると、急に手が震えてきました。


 実は家族と幼馴染を除いて、携帯電話のアドレスには、樋口君しか男の人は登録されていなかったりします。樋口君と連絡先を交換したのも最近で――


「う……うぅ……緊張してきちゃった」


 こうして樋口君から連絡が来るのも初めてです。世界の鼓動そのもののような心臓の音を聞きながら、メールをえい! と開封します。



『樋口です。夜分遅くにゴメン! 昼間に撮った写真なんだけど――』



 そこには謝罪の言葉が冒頭に述べられると共に、メールを送った経緯が綴ってありました。実質、それが異性から個人的に貰った初めてのメールです。


 あれからハンドボールの部活内対抗試合に参加した後、樋口君たちはいつものメンバーで花祭さんの家に向かい、昼間に撮影した写真を整理していたようです。


 樋口君はその際、私が映っている写真の画像を受け取り、私の携帯に送るよう言われたみたいでした。しかし先程まで失念しており、花祭さんにLINEで確認されて思いだし、こうして送った――と。


 そんな旨が、樋口君らしい、生真面目な文体で書いてありました。


 確認するとメールの内容通り、高画質の写真が添付されていました。私が涙目っぽくなりながら腕を左右に伸ばし、周りで皆が海老反りとなっているあの写真が。


「……そっか……」


 私はそこで、自分を持て余してしまいました。


 ドキドキは収まり、何を期待していたという訳でもないのですが、こういう感じのメールだとは思わず。気落ちしている自分が確かにそこにいました。


 理由はあえて言うまでもないと思います。だけど……。


「ふふっ、変な写真」


 写真をじっと眺めていると、その可笑しさに、思わず微笑んでしまいました。


 見れば見るほど、本当に変な写真です。マガンコウサッポウ。だって中心には変なポーズの私がいて、周りの人は吹き飛んでいて。おかしい所だらけ。


 その写真から放射される何かが、私の鼻から柔らかく息を抜けさせます。


 私のすぐ傍で飛んでいる樋口君の姿を認めると、自然と目尻が下がり、口角が上がりました。画像を拡大すると、樋口君が子供みたいな表情で笑っています。


「(あ。そうだ……)」


 思いついて拡大領域を調整すると、私と樋口君が同じ画面内に収まりました。そんなことが嬉しくて、私はしばらくの間、その写真に見入っていました。


 そうしていると、” 返信しなくていいの? ”という考えが私の肩を叩きます。閃きに眉を上げ、いそいそと返信画面に切り替えます。


「ん~~」


 しかしそこで、なんと返せばいいか、迷ってしまいました。


「ありがとうございました……だけじゃ、素っ気ないし、他人行儀だよね。えっと、ありがとう! でも元気過ぎるかな。あれ? こういう時は、もっとこう、今日は楽しかったね、とか言うべきなのかな? う~~~~」


 お姉ちゃんに相談しようか迷いましたが、からかわれそうなので止めておきます。クッションを抱きしめてバフンとベッドに仰向けになり、天上を眺めます。


「電話……してみようかな……。え!? わ、私、何言ってるんだろ?」


 自分の大胆な発言に驚きながら、手に持った携帯で時刻を確認します。十一時少し前。いくら携帯電話に掛けるとはいえ、家の方に迷惑が掛かるかもしれません。


「どうしよう……どうしよ、どうしよ」


 クッションを抱きしめたまま、右に左にとベッドの上で転がりました。迷いながらも、何だかそれが、私が取るべき唯一の道のように感じている自分もいます。


「うぅ、どうしよ、どうしよ。どうしよ、どうしよ」

「何が?」


「樋口君に電話しようか、迷ってるの。う~~……って! えっ!?」


 自問自答に疑問が挟まれたことを訝しみ、ガバッとベッドから体を起こします。すると部屋の入口で、お姉ちゃんがニヤニヤと笑いながら立っていました。


「なっ、お、お姉ちゃん、どうして?」


 目を丸くしながら尋ねると、お姉ちゃんはこともなく答えます。


「ん? 部屋の前を通りかかったら、あんたがブツブツ独り言いってたから、面白くてつい観察を。それで迷ってたみたいだから声をね」


「か、観察なんてしないでよぉ!?」

「あはは、ごめんごめん」


 そう悪びれずに言いながら、長い髪を揺らしてお姉ちゃんが近づいてきます。


「それで? 誰に電話かけようとして迷ってたの? お姉ちゃんに話してごらん」


 ニコッと、思わず不信感を抱いてしまう程のさっぱりとした顔です。こういう顔をお姉ちゃんがする時は、大体何かを企んでいると相場が決まっています。


 だから警戒もしたのですが、つい心細くて口を開いてしまいました。


「え……あ、ひ、樋口君っていう、同じクラスの元学級委員の人で。その、今日、お昼に皆で撮った写真をわざわざ送ってくれたから、えっと……」


 私がもごもご説明すると、お姉ちゃんは「ふ~~ん、どんな写真?」と、写真を見せるよう要求してきました。私は渋々といった感じで携帯電話を操作し、画面に映った画像が見えるよう掲げます。


「へ~~、って!? な、なにこの写真! ちょっとよく見せてよ!?」


 そこでお姉ちゃんは、想像通りの反応を見せました。奪い去るように私の手から携帯電話を取り、画面を凝視します。その後に私を見て、呆然と一言。


「あんた……いつの間に” 気 ”が使えるようになったの?」


 肉親から超能力者が生まれてしまったことを畏れるような、そんな目でした。


「え? ち、ちがっ! それはそういう風に見えるだけで、えっと、マガンコウサッポウって言って、そういう写真を撮るのが一時期、流行ってたみたいで――」


 私が焦って事情を話すと、「へ? そうなの?」と眉を上げて驚きを示します。それから言葉を費やして説明すると、ようやく納得したらしく、


「そんな遊びがねぇ。って言うか、進学校の癖に結構面白いことしてるわよね。で、あ~~~~樋口君だったっけ? ……はい! ダイヤルしておいたから」


 続いてお姉ちゃんは、よく分からないことを、満面の笑みで言いました。


「へ?」


 お姉ちゃんの口から発せられた言葉の羅列を、私は意味として認識出来ませんでした。携帯電話を受けとりながら、間の抜けた声を上げてしまいます。


 お姉ちゃんが携帯電話を操作していたのは目に入ってました。でも、画像を拡大や縮小していると思ったのです。そしたら、お姉ちゃんが清々しい笑みで渡してきた携帯電話の画面はコール中で、呼び出し先が「樋口雄介」となって――


「え……? お……お姉ちゃん!? こ、これって……」


 私は震える指先で携帯電話の画面を指し、事態の把握に努めます。


「うん、その樋口君に電話かけちゃった」


 それに対し我が姉は、適当な行動を取って人間の世界を混乱させるギリシャ神話の神様のように、「やっちゃった♪」と、無邪気に笑っています。


「や、やっちゃったって……え? えぇぇえ!?」

「まっ、かけちゃったもんは仕方ないから、大人しく観念して――」


「お、お姉ちゃんのばかぁ!!」

「あっはっは!」


 そんな遣り取りをしていると、携帯電話から男の子の声が聞こえてきました。


「あれ? 鈴木さん? 珍しいな。電話なんて――」


 私は予期していない事態にとても弱いです。思考回路がぐちゃぐちゃになって、物事を順序づけて考えることが出来なくなり……。


「あ、ああああ、あぁ!」

「うむ、頑張りたまえ我が妹。じゃ~ね~~」


 狼狽する私を尻目に、お姉ちゃんはそそくさと部屋を退出します。


「ちょ、ちょとお姉ちゃん!? わっ、わわっ!!」


 お姉ちゃんに慌てて呼び掛けるも、携帯電話を手から落としそうになりました。手の上で躍らせながらも何とか掴むことに成功し、震えた手で耳に近づけます。


「あれ? もしも~~し? 何だろ、間違いでかけちゃった感じかな? でも声が聞こえたような気が……」


 その先では、樋口君が電話を切ろうとする気配を滲ませていました。私は意を決し、自分自身に必死になりながら、「あ、あの!」と声を上げます。


「お? あ、鈴木さん?」


 それに気づき、不意を打たれたような樋口君の声が返って来ます。


「あ、ご、ごめっ! その、ま、間違って、かけちゃって、それで――」

「あ~~やっぱそうだったんだ。でも丁度いいや。写真って見てくれた?」


 電話口から聞こえてくる樋口君の声は、学校で聞くそれと少し違った感じがしました。どこがどうと説明するのは難しいのですが、少し大人びている気がします。


 それがまた、私を緊張させて……。


「え? あ、うん! 見たよ! その、あ、ありがとう!」

「いや、送るのが遅れて申し訳なかった。でも結構、上手く撮れてたよな」


 だというのに、樋口君は学校で話すのと変わらない調子で話しかけて来ます。


「わ、私もビックリして。画質も凄い良くて。お姉ちゃんに見せたら……というか見られちゃったんだけど、写真の格好もそうだけど、画質に驚いてて」


「え? 鈴木さんってお姉ちゃんいたんだ?」


「あ、う、うん。大学生のお姉ちゃんがいるよ」

「大学生か~全然想像つかないな。そう言えばさ――って、時間大丈夫?」


「えっ!? だ、大丈夫だよ! な、なに?」


 私はそれから、樋口君と少しだけお喋りをしました。


 正直言うと、何を話したのか、緊張していて全然覚えてないです。多分、文章にすると本当に些細な、何でもない、日常的なことなんだと思います。


 だけど私には、樋口君と携帯電話でそうして話すのは新鮮で、とっても意味を伴った時間のように感じました。不思議です。学校から離れた時間の中での、個人的な会話。たったそれだけで、急にもっと親しくなれた気がするのです。


 恥ずかしいような、嬉しいような、そんな心地を胸の奥で感じながら。


「あ、ごめん。つい話し込んじゃったな。それじゃ、おやすみ。また学校で!」


 時間にすると、五分にも満たないかもしれないその会話。


 それが途切れようとする時、名残に揺れた私は「え?」と気落ちしたような声を上げ、次いで込み上げてくる衝動のまま、樋口君の名前を呼んでいました。 


「あ、そ、その……樋口君!」


 結果としてそれは、樋口君を呼び止めるような形になりました。


「ん? どうかした?」


 樋口君の少し驚いているような声を聞きながら、何故、そんな声を上げてしまったのかを考えます。行為そのものは衝動的でしたが、私は樋口君に聞きたいと思っていることがありました。


 今日のお昼から……ううん、本当はもっと前から。



 ――樋口君と花祭さんって、付き合ってるの?



「あの、その……えっと、樋口君に、き、聞きたいことがあって……」

「え? そうなの……?」


 私の先程までとは違う、躊躇いを多く含んだ真剣な気配に気づいたのか、樋口君は少し緊張しているような声になりました。後戻りは出来ないと、私は渇き始めた口を湿らせます。


「その、あ、あの! 樋口君は! は、はな……」

「あ、あぁ……」


 どうしてこんな苦しい思いをしているのか、自分でも分からなくなりながら、声を絞り出します。だけど、そうせざるを得ない自分が確かにいるのです。


 その人の些細な言葉や仕草で、心を簡単に弾ませも萎ませもする、ある感情に支配された……私が。


「その、は、はな、はな……」


 そうして、喉の直ぐそこまで、聞きたいことが出かかっていました。

 頑張れ、あと少し! あと、少し……。







「話は変わるんだけど! わ、私の名前って、どう思うかな!?」







 でも次の瞬間に出たのは、本当にどうでもいいことでした。最後のひと踏ん張りが出来ずに、情けなくも、自分で自分の言葉に「え?」と驚いてしまいます。


「す……、鈴木さんの名前?」


 樋口君が電話の向こうで、ぽか~んとしている様子が伝わってきます。私は混乱に任せるまま、次々とどうでもいいことを口走ります。


「そ、その、花祭さんもそうだし、樋口君にも” 鈴木さん ”っていつも呼ばれてるから、えっと、それで、何だろ? あの、わ、私の名前って、地味かなって、あ、そ、それで……」


 そうやって、マンガなら目が回っているようなグルグル目状態で、あたふたしながら、よく分からないことを聞いていました。


 あ~~~~~~!? わ、私は何を言っているんだろう!?


 急に冷静な自分が帰って来ると、言葉も尻すぼみ、濡れ雑巾でも被せられたような、ずんと重い感慨に沈み込みます。暗闇の中でスポットライトに照らされ、跪いて頭を垂れる状態です。


 いつも、いつもそうなんです。どんな時でも平常心を保っていたいのに。清水さんみたいに、のほほんとしていられない。緊張してしまって失敗を……。


「あ、だから、えっと……その…………」


 気まずさが凝固して嫌な熱を持ち始め、無言となってしまった私に、


「あ、あのさ」


 そんな私に、樋口君の遠慮がちな声が届きました。私は「へ……」と言葉を零し、目をパチクリしながら、その声に耳を傾けます。


 すると――


「お、俺……鈴木さんの名前、いいと思うよ。鈴木雛子(ひなこ)って優しい感じがするし……ま、牧村とか秋月から” お雛 ”って呼ばれてるよな。あれなんか、鈴木さんらしくて可愛いなって思ってて……って、俺、何言ってんだ、ははは」


「え……?」


 一呼吸の間。言葉を噛みしめるような間を挟んだ後、私が驚きの声を上げると、樋口君は焦りを覚えたようで、


「あ、わ、悪い! 変なこと言って」


 と、早口でそう謝罪してきました。

 それと同時に、私に先程の言葉の意味が沁み渡ります。


『鈴木さんらしくて可愛いなって思う』

 

 瞬間、プピーと顔から湯気が出るような錯覚に陥りました。顔が真っ赤になったように熱くて、何だかまた、思考も朦朧としたようになってしまいます。


「そ、そそ、そんなことないよ! あ、わ、私こそ、変なこと聞いちゃって」

「い、いやいや! 俺の方こそ変なことを口走っちゃって、あはは、あ~~」


「あ、うん。え、えっと……」

「あ~~、その、なんだ……」


 突然、その場に蓋をしたような静寂が覆いかぶさります。風の凪いだ時間。激しい心臓の鼓動に、体がバラバラになってしまいそうになりながらも、私は……。


 ――伝えられなかった言葉は、一体……どこにいくんだろう?


 自分の大胆さに驚きながらも、苦笑し、そして――


「でも」

「ん?」




「でも、その……可愛いって言ってくれて、嬉しかったかも」




 人任せに出来ない本当の言葉を、そっと口に出しました。人懐っこい動物を抱き上げるように、苦しい程に胸を締め付ける感慨を、そっと抱きしめながら。


 電話の向こうで、「あ……」と樋口君が息を呑む様子を察し、私の恥ずかしさも極まります。

 

「あっ、そ、それじゃ! もう夜も遅いし、切るね!」

「え? あっ、う、うん! おやすみ!」


 慌てて言うと、樋口君の返事を待って通話を切りました。頬に手を添えると、熱く、熱く、私はそこで私を迎えます……樋口君に……恋をしている。


「はぁ……」


 いつからでしょう。いつから私は、こんな自分になってしまったんでしょう? 花祭さんが学校に戻って来てから、樋口君を目で追いかけるようになって……。


 するとそれは、いつの間にか始まっていたのでした。何の準備もなく、唐突に……襲われるように……。


 私は火照った頬を冷やそうと、窓を開けます。高気圧に押された風が部屋へとやってきて、私の頬を冷たく、優しく撫でます。


『鈴木さんらしくて可愛いなって思ってて……って、俺、何言ってんだ、ははは』


 それと共に、先程の言葉が甦って来るのです。柔らかな布地に(はさみ)を入れるような、瞬間を切り取る心地良さ、力強さ。甘く切ないような気持と一緒になって。


「可愛い……か」


 呟いて言葉を確かめると、自分の中で何か、澄み切ったものが生まれるのを感じました。それは生まれて初めて感じた、心地の良いだらしなさ。しみじみとした嬉しさ。そういったものでした。


 結局、聞きたいことは聞けませんでした。樋口君と花祭さんが付き合っているのかどうか。でも、それでもいいかと、清々しくも吹っ切れた気持ちになりました。



 不確かなものが多い人生の中で、私が感じているこの感情は、確かなのだから。



 一人夜空を見上げると、頭上では深い色の空が広がり、名前の知らない星座が、静かに夜を巡っていました。先は長く深い、きっと言葉にならないくらいに。


 それから私は窓を閉めると、カーテンをベッドの近くだけ引かずにおき、電気を消してベッドに潜り込みました。


「あっ、そうだ」


 その際にふと思いついて、携帯電話を操作しました。画面を確認すると、棘だらけの花を呑み込んだみたいに、痛いような嬉しさが私の内側で明滅します。


「ふふっ、今日も色々あったな。ふわぁ~~あ」


 さて――これで朝から紹介させて頂いた私の一日は終了です。お付き合い頂き、有難う御座いました(ぺこり)。それでは皆さま、おやすみなさい。



 電気が消え、星明りが微かに窓から降り注ぐ室内。そうやって私が枕に頭を預けた頃……ベッド近くのテーブルで、光を放つものがあります。


 ロックを忘れた携帯電話。その明かりが消えるまで、あと少し。画面には、待ち受けとして設定されたマガンコウサッポウの写真が映っていました。














 私と樋口君。二人が一緒に映っている所を拡大した写真が。













 モブキャラが行く――鈴木さんのマガンコウサッポウな一日―― fin













 おっと、最後に、撮影したマガンコウサッポウの写真について触れておきます。


 後日行われた多数決の結果、樋口君と花祭さん、もう一人の写真が上位となり、三枚をコンテストに提出することになりました。


 それから約一か月後に、花祭さんの写真が見事、審査員特別賞を受賞。


『マガンコウサッポウの進化系。轟田飛びを披露する女子高生』


 よく分からない感じで、その写真がネットの一部で話題になったのですが……。



「なっ!? これは……花祭香奈!? ど、どういうことですの?」



 それが切っ掛けで、花祭さんの中学時代の友達が、高校に押しかけてくる事件に発展することに。でもそれはまた、私が主人公ではない、別のお話で。


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