3.花祭の変
『明日から私に女の子の友達が出来るように全力で援護しろ! 分かったな!?』
そう花祭に言われ、早一か月が過ぎた。彼女に無事、友達が出来たかと言えば……。
「樋口君、あの……先生がプリントを樋口君に渡しておいてって」
「あ、鈴木さん。わざわざ、ありが――」
「お! お嬢ちゃん、可愛いね。ねぇ、今夜どう? 今夜一杯どう?」
放課の最中、俺がクラスメイトの鈴木さん(小さくて可愛い)からプリントを受け取っていると、花祭が問答無用で乱入してきた。
「え!? あ、あの……えっと、その――」
「へっへっへ! その初々しさもたまんねぇな。おい」
いつの間にか彼女を抱きよせ、舌なめずりを御披露なさっておいでだ。
「やめなさい」
俺はプリントの束で、花祭の小さくて形の整った頭を叩く。
「イタっ! おまっ、何して――」
「ひゃっ!」
花祭の注意が俺に向いた一瞬の隙をついて、鈴木さんは彼女の腕から逃れ、教室の隅で固まっている女子グループへと逃げて行った。人質が解放された時のように、「よかった、本当によかった」等と、涙ながらに皆から迎えられる。
すると麗しの剛○商店の娘が、俺に怒号を発した。
「てんめぇぇえ! お前のせいで兎ちゃんが逃げちゃっただろぉが!」
「セクハラはやめなさい」
俺は猛然と食って掛かる花祭を前に、冷静に言い放つ。
「はぁ? セクハラぁ? お前の頭はハッピーハッピーセットかよ!? 合意の上に決まってんだろ!? 部屋の扉が施錠されてなきゃ、全部合意の上の出来事なんだよ! それ位弁えとけよ!」
「弁えられるか! って……はぁぁ」
ため息を吐くと、頭を抱えた。ご察しの通り、残念ながら彼女には未だ一人として、女の子の友達は出来ていない。
俺は花祭がクラスの女の子と仲良くなれるよう、俺なりに努力をした。
女の子の間で流行ってるものを調べたり、放課後にカラオケに誘ったり、休日に集団デートを企画したり。
だがその度に彼女は、
「お嬢ちゃん達。そんなマスコットよりも、私の方がお嬢ちゃん達を気持ち良くさせてあげられるんだよ、ぐえっへっへ!」
と、不審な発言をして怖がられたり。
「ザラキッ! ザラキッ! ザラキッ! 俺の五臓六腑をぉ! ザラキッ! ザラキッ! ザラキッ! お前の鯖の水煮がぁ!」
『鯖の水煮は、飲み物じゃねぇ!』とかいう、訳の分からないデスメタルを歌い、ドンビキさせたり。
「はい、男子解~散! とっとと帰れ。安心しろ、お嬢ちゃん達は、私が全部美味しくいただくからな」
集団デートを無茶苦茶にしたりした。
他にも放課後に無理やり付き合わされて、
「図書室の眼鏡っ娘を狙う!」
とか言って、図書室に出入り禁止になるようなことをやらかしたり。
「部活動中の女の子を狙う!」
とか言って、何故かお約束な展開で、更衣室に俺だけ突入させられて、えらい目にあったりと……。
やべ、思い出したらなんか泣きたくなってきた。
その為、今や彼女はクラスと言わず、学校の殆どの女性徒からは危険視され、男子生徒からも色んな意味で恐れられていた。
ま~とにかくだ。
花祭には未だ! 一人として! 女の子の友達が出来ていない!
これが情け容赦ない、一つの現実の姿だ。
「ぬあぁあああぁあ~~っ! なんで、女の子の友達が出来ないのよぉぉぉ!?」
花祭は湧きあがる憤慨を上手く処理することが出来ないのか、教室の後ろでブリッジをしながら叫んだ。
細く白い、しなやかな太ももが露わになり、目のやり場に非常に困る。
そしてその奇行を、クラスメイトが遠目に眺めている。というか、花祭がもっと普通に女の子と接すればいいだけの話なんだが……。
それを言うと花祭は、
「私は、ありのままの私で勝負する!」
等と言ってキレるので黙っておくことにした。
またそんなことを考えている間にも、
「ちっくしょぉぉ! 樋口、私このまま、わさわさと両手両足を動かして、走り出したい気分なんだけど……いいかしら? いいわよね? あぁん? いいかって聞いてんだよ!?」
花祭は奇行に余念がない。
「と、とにかく落ち着けって!? その姿勢で動き出したら、完全に不審者だぞ!(今も十分そうだが)」
俺がそう言うと、「チッ」と花祭は反った姿勢のままで舌打ちをし、反動をつけて体を起した。そこで俺を整った、しかし不機嫌そうなツラで見ると。
「こうなったら……おい樋口、明日の休日は町に出るぞ!」
「は? 町に出るって、一体何を?」
正直な話、俺は彼女に付き合うのに、いい加減ウンザリし始めていた。
クラスのみんなも、俺が彼女に振り回されてるのは知っている。例え今、あの録音したモノを流されても、花祭の被害者として労わってくれるような気がしないでもない。
だがそんな俺の思いをよそに、花祭は凶悪な笑みを浮かべながら、クツクツと笑う。
「樋口ぃ、お前の頭は相変わらずハッピーハッピーセットだな。町に出てやることと言ったら、一つしかないだろ!?」
「え? それって……」
「ナンパだ!」
あ~もう全然分からん。この人の思考回路、もう全然分からん。