6.鈴木さんのマガンコウサッポウ
昼食を終えると、約束の時間に間に合うよう校庭に向かいました。
話し通りクラスの皆で参加する運びに成功したみたいで、教室は一時的にもぬけの殻に。全校集会に赴く時のように、集団で移動しているのが可笑しかったです。
「さ~~て、集まったわね皆! 時間がないから、チャッチャと行くわよ!」
人気の少ない校庭の隅。半円状に集まった皆の前で、声を張り上げる花祭さん。趣旨を説明する間、清水さんが二時間目の放課の撮影に参加してなかった人たちにデジカメを回し、その画像を確認した人が楽しそうな声を上げていました。
なぜか横川さんは一人で、棒高跳びなどで使用するマットの準備をしていました。「うひひひ」と企みを秘めた感じで……す、凄く楽しそうに嗤っています。
「女子はそんな大げさじゃなくていいけど、男子はこうな! こう! 手足をコの字みたいに伸ばして――」
花祭さんの説明が終わると、樋口君が飛ぶ時の説明を簡単に手早くしました。デモンストレーションとして、実際にその場で海老反りになって飛んでいます。
「樋口……妙に上手いな。花祭さんから毎日ぶっ飛ばされてるだけのことはある」
「あぁ、流石だよな。未来に生きてるよな」
「って、いつ俺が花祭にぶっ飛ばされたよ!?」
そんなこんなで準備が進み、中心でポーズを取る人と、周りで飛ぶ人の配置決めが行われます。飛んだ人が後ろの人にぶつかったり、着地によろめいて事故を招かないよう、「締めるところは締めていこう」と真剣です。
それが終わると皆で呼吸を合わせ、飛ぶ練習に移ります。私は全員がフレームに収まる構図をローアングルから探し、ココだ! という位置を見つけます。
私なんかじゃなく、カメラが得意な……たとえば吉浦君に任せてもいいと思うのですが、経験者ということで私が今回もカメラ役に。
ちなみに飛ぶ練習は、すんなりと行きました。二時間目の放課に樋口君が話してもいましたが、やることは揃って飛ぶだけです。大縄跳びとは少し違います。飛ぶタイミングにさえ気を付ければ、これだけの人数がいても問題ないみたいです。
「いよっしゃぁぁああ! いい感じになってきたわね。それじゃ、実際に撮っていくわよ。一番手は……樋口、アナタよ!」
準備が整うと、先ずは見本の一枚として皆の中心に樋口君が立つことになりました。中心の被写体と被らないよう、ぐるりと樋口君を囲んだクラスメイト。
「んじゃ、やるか……って、今さらだけど、皆に注目される中でポーズ取るの恥ずかしいな」
クラスメイト全員と、清水さんと横川さん――総勢四十人近い人間に見守られる中、頬をかく樋口君。そんな樋口君に、花祭さんたちが楽しそうに声を掛けます。
「オラ樋口! ちゃっちゃっと恥ずかしいポーズを取りなさいよ。どうしてもって言うなら、ヴィーナス誕生のポーズでもいいわよ。ボッティチェリも真っ青ね」
「顔出しで半裸、いや全裸かぁ……さすが樋口ね」
「あはは~樋口君、頑張って」
ヴィ、ヴィーナス誕生のポーズ!? 花祭さんの言葉に、思わずイケナイ想像が駆け巡りました。貝殻パカーで、長い髪の女性が手と髪で大切なところ隠している有名な絵です。そ、それを大勢の前でやったら……多分、犯罪です。
「だ、誰がそんなポーズやるかよ!?」
でもどうやら大丈夫でした。樋口君が元気に突っ込んでいます。警察が緊張する事態にはなりません。セーフです。
「樋口ぃ、覚悟決めろよ!」
「樋口くん、見本見せてよ!? できれば面白いの!」
続いてその場に、クラスメイトの声が投げかれられます。
「面白いのとかハードル上げるなって……あ~~、うし!! んじゃ行くか!」
樋口君が振り向いて困ったような声を上げた後、覚悟を決めて私の方に向き直りました。そして――
「なっ!? こ、このポーズは!?」
「そ、そんな馬鹿な!? ありえん!?」
まだ樋口君はポーズを取っていないというのに、物々しいリアクションを数名の男子生徒が取りました。何だかバトル漫画のやられ役みたいな台詞です。
「お前ら……そういうリアクション本当にいいから! あ~~いくぞ!?」
そうやって一度中断させられた後、樋口くんが取ったのは――
「鈴木さん、これで頼む!」
歌舞伎役者が大見得を切るようなポーズでした。首の角度も決まっています。練習したのでしょうか。途端に樋口君を囲む人たちから、ドッと笑い声が漏れます。
「ワ~オ、KABUKI! KABUKIね!」
「あはは、でも面白いかも。”何で歌舞伎?”ってなるし」
「歌舞伎のそれって、何か周りの奴らぶっ飛ばせそうな雰囲気あるよな」
皆の意見に晒された樋口君が顔を赤らめ、「うるせぇ! さっさと準備しろ!」と、大見得を切ったポーズのまま、顔だけ動かして叫びました。
「いよぉ!!」
「樋口屋! 樋口屋!」
「いよぉ! いよぉぉぉおぉお!」
皆が面白がって、そんな樋口君に歌舞伎の席のような声を浴びせます。
「まぁ、樋口の謎のポーズはこの際、置いておくとして……」
「ほ、ほっとけ!?」
飛び交う声の中、花祭さんがその場を収集するような言葉を述べると、樋口君が声を荒げました。すると周りからまた笑い声が。
「だぁぁ! うっせぇ樋口! いいからお前は前を向いてろ! さぁて皆、それじゃ、私がせ~~の! って言ったら一気に後方に跳ぶわよ。準備はいい? 怪我とかしないよう気を付けてね」
私はその言葉に促され、デジカメの液晶モニターを覗き込みます。シャッターボタンを半押しすると、樋口君の真面目な、でも恥ずかしさと笑いをこらえているような顔がフォーカスされました。
「それじゃ、皆、いくわよ! 鈴木ちゃんも用意宜しく!」
――訪れるその瞬間。
「せ~~の!!」
その声を合図に、樋口君以外の皆が一斉に例のポーズで飛びました。お腹の内から湧き立つような興奮が私を包み、デジカメが瞬間、瞬間を切り取っていきます。
傍から見ると、さぞかし不思議な光景だと思います。
大勢が校庭の隅に集まって、息を合わせて海老反りジャンプ。その中央には、何故か歌舞伎のポーズを取っている人が一人。どこからどう見ても、歌舞伎以外には見えないその態勢と表情。そうです、樋口君は表情まで傾いていたのです。
「どう? 上手く撮れた鈴木ちゃん?」
皆が着地した後、花祭さんが私にそう問いかけてきました。
その場の視線が一斉に集まるのを肌で感じ取ります。私は慌てて画面を確認した後、連射の中で一番出来が良さそうなのを直感で選択し、表示しました。
「あっ、」
思わず笑顔になって、手で作ったOKサインを皆に向けました。
「ば、バッチリです!」
画面中央では樋口君が歌舞伎の大見得のポーズを取り、そこから発せられた” 気 ”のようなもので吹き飛ぶ皆の姿が。シュールです。とってもシュールです。
駆け寄って来た花祭さんにデジカメを渡すと、瞬時に画面を確認し、「あはっ」と楽しそうな声を上げます。振り返る花祭さんの横顔を、私は眺めました。
「みんな~~! いい感じに撮れてるわよ」
人を喜ばせる為にあるような、そんな笑顔を咲かせている花祭さんの横顔を。
花祭さんが言うと、安堵と興奮の声がその場で混ざり合い、波のように高まりました。実際に花祭さんがデジカメを回して確認させると、小さな達成感を共有した皆から、ニヤニヤ顔が生まれます。
それからは皆ノリノリで、写真を次々に撮りました。ポーズを考えている人から順に、ビックリする程に手早く。
「ごめんなさい。ちょっとタイミングずれちゃいました。もう一回お願いします」
「オーライ! 鈴木ちゃん。それじゃ皆、もう一回行くわよ! せ~~の!」
部活で使用する竹刀を持って来て、格好良い決めポーズを取る人。女性二人で背中合わせになり、”気”を手の平から発するようなポーズを取る人。
「エイジョリア~ン!」と叫びながら、ガッツポーズを取る人。御祈りのポーズを取る人。どこからか持ってきたマントを翻しながら不敵に笑うポーズを取る人。
そのどれにも、決まって周りには、発せられた” 気 ”のようなもので海老反りとなって吹き飛ぶ人達の姿が。皆のテンションがドンドン高まって行きます。
樋口君に対抗してなのか(?)、何故か切腹のポーズを取る人までいました。
「いや、流石に切腹じゃ” 気 ”は生まれないだろ!?」
そうやって思いつく限りのポーズを取って、どんどん撮影していきます。牧ちゃんと秋ちゃんは、二人でお相撲さんのように腰を落としたポーズで、” 千裂張り手 ”という、ゲームに登場する技のポーズを取っていました。
「……ごっつあんです……」
「ははは! やっべ、これ何か楽しいな!?」
他にも、「私は飛んでるだけで十分楽しいよ~」と清水さんは断ったみたいですが、横川さんは無理やり、花祭さんに変則的な形で参加させられてました。
「夏希は、両手で顔に水を浴びせるようなポーズを取って。もうちょっと手を上にして平行に、そう、そんな感じ」
「へ? え、こ、こう?」
「いい感じよ。あとは眼をギュッて閉じて。絶対に開けちゃダメだからね」
「って、香奈……あんた何を……?」
「はい! 皆、眩し~~! って感じのリアクションを頂戴。デコ助は絶対に目を開けるなよ。さっ! 鈴木ちゃん、今よ、撮って!」
「え、あ、は――」
「ってコレ、大洋拳じゃないのよぉぉぉ!?」
そんな感じで十数枚近く撮ったところで、大分ネタが尽きてきました。時計を確認すると、お昼休憩は残り十分を残す程度に。何十回もその場でジャンプして、少し疲れてきた人もいるようです。
「思った以上に沢山撮れたわね。どうせなら文化祭の催しは、この写真の展示会にすればよかったかも」
花祭さんが呟くように言うと、「写真部に下らないネタで喧嘩を売るのはやめろ」と樋口君がツッコミ、皆が笑います。
それに口の端を曲げ、楽しそうに応じる花祭さん。
「ふふっ、バーカ! それじゃ、そろそろ教室に戻りましょうか……あっ、待てよその前に――」
花祭さんがギラッと目を光らせると、私の方に素早く顔を向けました。
反射的にビクッと体が反応した後、嫌な予感が入道雲みたいに膨らみます。花祭さんは「ウヒヒヒ」と笑いながら、何かを企んでそうな表情で近づいてきました。
「え、えっと」
う、うぅ……何でしょうか。思わずその場から、一歩退いてしまいます。
花祭さんがこういう笑みで近づいてきた時は、大抵私の身に何かが起こります。愛想笑いを浮かべる私の目と鼻の先で足を止めると、花祭さんは言いました。
「鈴木ちゃんにもポーズを取ってもらいましょう。実は鈴木ちゃんにピッタリのポーズを考えてあるの!」
「え? わ、私ですか? ひゃっ!」
断りを入れる間もなく、花祭さんに手を引かれて輪の中心へ。解散しかかっていた人だかりの中央に、為すがまま連れてこられました。
「皆~! 鈴木ちゃんにもポーズを取ってもらうことにしたから~!」
そこで花祭さんが皆に呼びかけ、注目が一気に集まります。思わず、うっ、と臆しそうになってしまいました。
しかし花祭さんは、そんな私の状態を気にすることなく、
「いい? 鈴木ちゃんは、秘められたパワーを持った娘が”戦いは止めてぇ!”と、対立する組織の中間に立って、気を解放して皆を吹き飛ばす! という感じで行きましょう!」
「え、えぇ!?」
こうして急遽、マガンコウサッポウの写真を撮ることになってしまいました。
思わず困惑の声が私の口から上がります。さんざん撮っておいてなんですが、いざ撮られるとなると、正直恥ずかしいです。それに指定されたシチュエーションも、若干よく分かりません。
「……花祭香奈……」
「あら? 秋月さん、どうしたの?」
すると秋ちゃんが私の隣に進み出てきました。ひょっとして止めてくれるのかなと期待して顔を向けると、いつもの無表情のままに親指を天に突き立てています。
「あ、秋ちゃ――」
「……グッジョブよ、花祭香奈……」
「え? あぁ……ふふっ、当然よね!」
虚を突かれたような表情を見せた後、会心の笑みでグッジョブポーズを返す花祭さん。後ろで牧ちゃんの「がんばれぇ!」という掛け声も聞こえてきます。
うぅ、二人とも……。
そうして私の撮影は、どうやっても逃れられなくなりました。やいのやいのと皆にも推されてしまいました。覚悟を決めるしかなさそうです。
「それで鈴木ちゃん。ポーズはさっき言った通り、”止めてぇ!”って言ってるみたいに、両手を左右に広げてね」
「りょ、両手をですね」
私は花祭さんの指示に従うべく、確認の意味も込めて繰り返します。
「そうそう。あんまりピンと伸ばし過ぎずに、自然体な感じを希望するわ」
「自然体な、感じで……」
ですが、花祭さんの要望は多岐にわたり……。
「表情にも気をつけて。恥じらいながらも、強い意志を感じさせるような――」
「へ? 表情も、えっと、えっと」
「おっと肝心なことを忘れてたわ。何より、ヤバそうな力を秘めてることが――」
「え、えっと、えっと!?」
「花祭、ハードル上げすぎだぞ。っていうか、鈴木さんを巻き込むなよ! 写真撮影で大変だったろうし」
樋口君がそう言ってくれたものの、この流れは止まりませんでした。取りあえずポーズだけ確認を取り、クラスメイトが一堂に会した中央の場所に立ちます。
う……何だか緊張してきました。
左側に目線をやると、そこには樋口君の姿が。私の視線に気づくと、片頬を窪ませて苦笑します。早く終わらせちゃおう。そうその目は語っていました。
樋口君に頷き、前を向きます。写真は私に代わり、カメラが好きな吉浦君が撮ることに。カメラを手にしてか、生き生きとした確認の声が響きます。
「僕の方の準備いいよ! 鈴木さんはいい?」
「えっ? あっ、はい!!」
私がワタワタして答えると、私を挟んで樋口君の対角線上にいる花祭さんが、
「んじゃ、行くわよ! せ~~の!」と声を上げ――
こうして私の写真が撮り終わると、集団で行う不思議な撮影会は終わりました。
撮影が終わって一息つくと、余裕が私に帰ってきました。「お疲れ!」と、樋口君に声をかけられ、えへへ、と照れてしまいます。その際にふと、横川さんの用意したマットが視界の隅に入り、あることが気になりました。
花祭さんは二時間目の放課に模範でポーズを取っただけで、お昼休憩の時には中心に立ちませんでした。横川さんが用意したマットも、用途不明のままに……。
撮影が終了し、腕時計で時間を確認しながら「じゃあ戻りましょうか」と皆に声をかけている花祭さんに、思わずその旨を尋ねます。
「え、私? それにマット? あ~~実はやりたい構図があったんだけどね。それは最低、私と樋口とカメラマンがいれば何とか出来るのよ。脚立とマットがあればね。一応、準備はしてたんだけど……まぁでも、もうお昼休みも終わっちゃうし」
言われて気付いたのですが、マットの近くには大きな脚立が置いてありました。
花祭さんのやりたい構図。一体どんな構図なんでしょう。脚立とマット。それに樋口君が必要というと……。私がぼ~っと考えていると、樋口君が声を上げます。
「はぁ? 俺はそんなこと聞いてないぞ!?」
結果、その場の注目が樋口君と花祭さんに集まることに。
「あぁ、話してないから当然よね。逆に知ってたら戦慄するわよ」
「ちなみにそれってどんな……」
尋ねた後、しまったという表情になった樋口君。花祭さんは、「ふふ~ん気になるの?」と半眼を向けながら、悪そうに笑いました。
「聞きたい?」
「いや、やっぱい――」
樋口君の言葉を遮ると、花祭さんが嬉しそうに言い放ちます。
「それはね、人を空高くぶっ飛ばしてるように見える写真よ!!」
その声に応じるように、「おぉ!?」と、皆から軽い衝撃を受けたような声が漏れます。続いて「マジか!?」、「え、何それ!?」と期待するような声も。
人を空高くぶっ飛ばしている写真。何となく少年漫画に出てきそうな構図を思い浮かべます。確かにインパクトがありそうですが、どうやって撮るのでしょう。
「香奈ぁ、せっかく私が用意したんだし、まだ時間も微妙に大丈夫そうよ。どうせなら……やっちゃわない?」
横川さんが怪しく花祭さんに微笑みかけると、樋口君がうんざりしたような顔になりました。額に汗し、悪夢にそびやかされている人のような表情で尋ねます。
「おい花祭……そして、横川。確認しておくが、その空高くぶっ飛ぶ役ってのはひょっとして……」
苦り切った表情の樋口君を前に、花祭さんと横川さんが顔を合わせます。そして本当に、これでもかという位に清々しくも邪悪な微笑みを交換しました。
「それは……ねぇ、決まってるわよね。香奈?」
「えぇ、決まってるわ。それは――」
二人が揃って白い歯を零しながら、樋口君の方に向き直ります。
両手を突き出し、何か獰猛なモノをなだめようとするポーズを取る樋口君。
「いい! いい! やめろ、言うな! それ以上は……」
その甲斐も虚しく、花祭さんと横川さんが声を合わせ、高らかに言いました。
「「樋口、あんたに決まってるでしょうが!?」」
二人の後ろでは、清水さんが「あはは~」と笑っていました。
それから時間がないにも関わらず、女生徒からは「何か面白そう」と、男子生徒からは「大人しく飛べ」と意見が一致(?)し、写真を撮る準備が進められました。
裸足になった樋口君の頭が、六人の男子生徒の手により、地上三メートルを超えてせり上がります。樋口君のそれぞれの足は今、三人の男性の手の平からなる土台に乗せられています。足の裏の位置は、下で支える男子生徒の肩辺りに。
どこかで見たその光景、そうチアリーディングです。
脚立だと高さが微妙に足りないかもしれず、せっかく男手があるならと、樋口君を空高く飛ばす手法にはチアリーディング方式が採用されました。
「ちょっ、マジで高いぞ!? やべぇ、これヤベェって!?」
「安心しろ樋口。下の俺たちもヤバイ。お前の体重、五十キロ後半だろ? 十キロのダンベルを片手でずっと掲げてる感じだ。手がプルプルしてる。笑っちまうぜ」
「いや、こっちは笑えねぇからな!?」
樋口君は男子生徒と連携を図り、空高く放り出される練習をしていました。その指導は、チアリーディング経験があるという、横川さんと清水さんがしています。
「下の男子はヤバイと思ったらすぐに声を出して! 樋口は態勢が崩れそうになったら、後ろのマットに倒れるように飛び降りること。危機回避が一番だからね! あと、飛び上る時にタイミングをミスると、上手く飛び上れなくてズルっと滑って危ないことになるからね。コレが一番危険よ! 他にもえ~~っと、樋口、お約束のアレを頼むわ! そういうの得意でしょ?」
「お、お約束!? あ……け、経験者の監督なしでは、絶対にマネをしないでください! 経験者がいても、出来るだけマネはしないで!!」
「樋口くん、本当に気を付けてね」
それから皆が見守る中、「ぬおぉぉぉ!?」と叫び声を上げながら、樋口君は練習で空高く跳び上がっていました。下の人たちの腕をバネのようにして、見ている人から感嘆の声が上がる程に高く。
「お、いい感じね。よしよし。さぁ、鈴木ちゃん。こっちの準備はOKかしら?」
「えっ、あ、はい! 今の練習で確認しましたから、大丈夫だと思います」
構図が決まると、直ぐに写真撮影に移ることになりました。
樋口君が出来るだけ空高く舞い上がっているように見える工夫をすべく、花祭さんは両膝を地面につけます。カメラもそれに合わせ、地面に敷かれた花祭さんのハンカチに置き、上向きに構えます。
そうやって、花祭さんの上半身だけが映るようにします。
花祭さんは悠然と右腕を高く上げ、”また、つまらぬ物を殴ってしまった”という心境で表情を作り、目をつぶります。心境に関してはよく分かりませんが、そこが重要な点らしいです。そう言っていました。
私は身を屈めながら、花祭さんの上半身だけが映るように。且つ、拳の先に登場予定の樋口君が映るように、構図を定めていました。
「よし! それじゃ、樋口、覚悟決めろよ!」
花祭さんが両膝を地に着けたまま、後ろの樋口君に振り返って言います。
「お、おう! っていうかお前ら、本当、この場面でふざけたりするなよ」
「樋口、信用しろって。お前だけ、花祭さんや清水さん、あと……何だっけ? あのハンドボール部の何とかいう人と仲良しだからって、俺たちが恨んでる訳――」
「ちょっ、” ハンドボール部の何とかいう人 ”ってなによ!? 京香の苗字は知ってる癖に、あんたら私の――」
「ダアァッ! 早く準備しろぉ! もう予鈴が鳴り響いてるだろうがぁ!?」
その遣り取りを遮るように花祭さんが声を荒げると、樋口君が「わ、分かってるよ」と返します。半笑いのような強張った顔が、次の瞬間には引き締まった顔に。
「んじゃお前ら、せ~~の! でいくぞ!? 飛ぶからな。俺、飛ぶからな!?」
それから下の人たちに、弱々しくも緊迫した声で確認を何度も取ると――
「樋口、練習通りいけば大丈夫だ。大人しく飛べ。んじゃ、いくぞ! せ~の!」
「うおぉぉぉぉぉぉおお!?」
樋口君が天高く宙を舞いました。顔を仰け反り、棒高跳びを行う時のような格好で。練習時とは違い、両足での着地を前提としていない飛び方です。
私は出来るだけ個人的な感想を挟まないよう、ただ写真を撮ることだけに集中し、連射モードのデジカメのシャッターを押します。
その直後に上がる、背中から落ちた樋口君の悲痛に歪んだ叫び声。
「つぅぅうぅぅ!? マットあってもいってぇぇ! っていうか怖ぇえ!!」
樋口君の声を聞きながら、私は急いで撮った写真を確認しました。周りで見学していた牧ちゃんや秋ちゃんも覗き込んできます。
「おぉ!! これって!?」
「……樋口雄介が……間違いなく、花祭香奈に飛ばされてるわね」
樋口君を放り投げた下の人たちも写真に入っておらず、拳を掲げた花祭さんと、その後ろで宙を舞う樋口君の姿が。樋口君が完全に吹っ飛ばされています。
「お、お疲れ様でしたぁ!」
「「うおぉぉぉぉおぉぉぉ!」」
私の声を合図に、控えていた人たちが声を張り上げ、マットを校庭隅の体育倉庫に運び込みます。寝ている樋口君ごと。統率の取れた行動に、淀みはありません。ちなみに脚立も使わないとなると、さっさと仕舞われていました。
「ちょ、ええぇ? 俺! まだ降りてないんだけど!?」
「さぁ、樋口を置いてさっさと戻るわよ!」
その花祭さんの声に促され、マット回収班とは別に、私たちは教室を目指して走り始めました。皆、駆けながら楽しそうに笑っていました。先頭を行く花祭さんの後ろ姿を、どこか眩しそうに見つめながら。そうです、笑っていたんです。
「じゃ~な、樋口!」
「俺たちは、五時間目の授業があるんでな」
「また後でね~樋口君! あ、体育倉庫の扉はちゃんと閉めておいてね」
「え? ちょっと……お~~ま~~え~~らぁぁぁああああ!?」
え、えっと。本当に樋口君を、体育倉庫に一人取り残して。




