3.鈴木さん、マガンコウサッポウに巻き込まれる
『マガンコウサッポウ』
その単語で画像検索をすると、不思議な写真が沢山出てきます。
写真の中央には、両手を左右に広げた女子高生の姿が。彼女たちは揃って、気を用いた必殺技を放っていそうな、少年漫画の登場人物っぽい格好をしています。
無意味に格好いいポーズです。本当は意味があるのかもしれませんが、私ではちょっと分かりません。
その周りには、まるでその技を正面から受けたみたいに、海老反りの格好で後ろに吹き飛んでいる(ように見える)人達の姿が。
続いてVikipediaで『マガンコウサッポウ』検索すると、こんな説明があります。
《マガンコウサッポウとは、日本発祥の撮影技法。ある人物が、漫画などで見られる”気”(不可視のエネルギー)を周囲に放っているようなポーズを取り、周辺の人物が後ろに跳躍した瞬間を撮影することで、あたかもその技で吹っ飛んだように見せかけることが出来る撮影方法》
元を正せば、『マガンコウサッポウ』とは、私でも知ってる有名な少年漫画に出てくる必殺技の名前です。そう緑色の肌の人の。本気になると重たいターバンやマントを外して、首をコキコキと鳴らす人です。
関係ないですが、首をそうやって鳴らすのは体によくないみたいです。お母さんが言ってました。またその技は、周囲の人を吹き飛ばす技ではありません。レーザービームみたいに人を貫く技だったと記憶しています。
でも、呟き系のSNSで流行らせた女子高生が周囲の人を吹き飛ばす技だと勘違いしていたため、訂正されることなく、技で吹き飛んでる系の写真を指す名称として広まったようです。色々とビックリです。
「と、言うわけなの? お分かり頂けたかしら?」
樋口君と私は、誇らしげに説明する花祭さんの言葉に黙って耳を傾けていましたが、説明が終わると思わず顔を見合わせてしまいました。
「えっと、花祭さん……それで、私たちは何を……?」
私がおずおずと、花祭さんに向けて疑問を口にすると、
「面白そうね……花祭香奈」
「あら? 秋月さん。いつの間に」
「え? あ、秋ちゃん!?」
「は? おぉぉ!? あ、秋月?」
花祭さんの言葉通り、本当にいつの間にか秋ちゃんが背後に立っていました。隣では牧ちゃんが携帯を眺めながら、「うっわ~、馬鹿だコイツら」とケラケラと楽しそうにしています。多分、マガンコウサッポウのことを調べているんでしょう。
「秋月。お前……いきなり人の背後に現れる癖を直した方がいいぞ。その、なんだ、心臓に悪い」
突然の登場に驚いた樋口君が、顔を強張らせながら、恐る恐るといった感じでそんな言葉を述べます。それに無表情で応じる秋ちゃん。
「む……樋口悠介……私に口答えとは百年早い」
「口答えではないだろ。あと、何でいつも人のことをフルネームで呼ぶんだよ?」
「分かってないなぁ、樋口は。そうやってちょっと謎なところが、秋のいいところじゃないか。この呪われてる日本人形みたいなところもクールだろ? なぁ秋?」
その会話に牧ちゃんも加わります。牧ちゃんは秋ちゃんのことを、” 呪われた日本人形みたい ”とよく評します。だけど当の秋ちゃんは、そう言われるのが気にならないみたいです。むしろ微笑を浮かべていたりします。
「……ふ……夜道で会うと、もっと凄いわよ……」
こんな風に。
「いや、トラウマになりそうだから、絶対に――」
そうやって樋口君が二人と話していると、花祭さんが「ウオッッホン!」と、力強く咳払いをしました。
注目する私たち四人。一時的とはいえ、完全に花祭さんのことを忘れていました。私たちが注意を向けたことに気づくと、花祭さんは満足そうに微笑みます。
「さ~~て、マガンコウサッポウのことはこれで分かったわね? 日本ではブームが去っていると思われがちだけど、イギリスの有名なタブロイド紙でも紹介されて、これ系の画像が今、海外でブームになっているのよ。まぁ、ガメハメ波とか、ハドウケェンとか名前が変えられてるけどね」
そこから始まった更なる説明に、正直驚きを隠せませんでした。ガメハメ波、ハドウケェン。海外で有名になっていると、誰が想像出来るでしょう。
「マジかよ……まぁ外国人が好きそうなノリだけどな。しっかし、また日本人を指して”アイツら未来に生きてる”とか言われてそうだな」
樋口君にとってもどうやら同じようです。驚いたような、呆れたような、うんざりしたような声をミックスさせて言います。
「まぁ、実際に……未来に生きてるしね。しょうがないわよ……」
それに対して、秋ちゃんが賛同するような事をボソリと。
「え? 未来に生きてるのか!? そうなのか?」
「え、えっと」
私は牧ちゃんに尋ねられ、どう答えようかと窮してしまいます。すると腕を前に組んだ態勢の花祭さんが、小さな鼻を可愛らしく鳴らして言います。
「ふふん、人になんて言われようといいじゃない。漫画発祥地の日本が誇る素晴らしい文化であることは間違いないんだし。楽しんだもの勝ちよ。それで、海外では写真のコンテストまで開かれているそうよ。ちょっと検索してみたけど、スケールが壮大過ぎて吹いたわ。その影響か、日本でもこういった写真のコンテストが、ゲーム会社主催で開かれるらしいの」
私は花祭さんの、こういう風に人生を前向きに捉え、その上で楽しもうとする姿勢を尊敬します。また話がそこまで進むと、樋口君と私は話の趣旨を掴み始めました。
横目で樋口君の顔を盗み見ると、いかにも嫌な予感を覚えていそうな顔をしています。苦い粉末状の薬をオブラートに包まずに飲み下したような、そんな表情です。それは既に私たちクラスメイトには、見慣れた表情でもありました。
「一応聞いておくが……花祭……それで?」
それでも疑念を払しょくしようと、樋口君が尋ねます。
「決まってるじゃない! そのコンテストに私達も出場するのよ!」
その答えに、どんどん渋くなっていく樋口君の表情。
「あ~~これまた一応聞いておくが、なんでだ?」
「え? 面白そうだからに決まってるでしょ。それ以外に何があるって言うのよ?」
樋口君の様子を全く意に介した気配を見せず、携帯電話をポケットにしまいながら、平然と言い放つ花祭さん。
「さすが……パワー厨の花祭香奈ね……シンプルイズベストで力強いわ」
「ん? これやんの? まぁ確かに面白そうだけどな」
秋ちゃんがまた不思議な言葉を使い、牧ちゃんも白い歯をこぼして嬉しそうにしています。二人ともお祭り騒ぎは好きな部類です。
「へっへっへ、秋月さんと牧村さんもそう思うわよね! これは絶対に見逃せないコンテストだわ。日本人として、女子高生としてね!?」
気が合ったように話を弾ませる三人。一方、胡乱そうな顔つきで樋口君はじっと花祭さんを見た後、大きくため息を吐きました。
「どうせ断っても……無理やりやらされるんだろうな」
「おっ、いいわねその達観っぷり。私のことが段々と分かってきたみたいね」
「そりゃ……お前とこんなことばっか繰り返してれば、嫌でもな」
親和が込められた視線が、二人の間で交わされます。二人の間にしか使用されていない言語を交わすように。そこで花祭さんがニィと笑みを深めると、
「いよぉぉし! んじゃさっそく今から練習するぞ。何せ、初めてのことだしね。あっ、鈴木ちゃんカメラ頼める? 私が” 気 ”的なサムシングを放出する係で、樋口がぶっ飛ばされる係ね」
「って、やっぱその役割分担になるのかよ!?」
そうして私と樋口君は、指示されるままに教室後ろに移動することになりました。私が通う高校は、中学とは違いゆとりある設計となっています。ロッカーも廊下に出してあるので、各教室の後方には人が集まれるちょっとしたスペースがあったりします。
そして今、私の手には、花祭さんから渡された小型のデジタルカメラが収められています。近くでは、「……ふぁいと」、「やれやれ~!」と声を上げる秋ちゃんと牧ちゃんの姿が。二人ともノリノリです。花祭さんもノリノリです。
「よ~~し、配置についわね!」
「んで? ……練習って何やんだ?」
「簡単なことよ。周囲の人をぶっ飛ばしているように見える写真だと、人数が必要になるわ。だから先ずは、アンタ一人をぶっとばしてる写真を撮るのよ」
「うわ、聞かなきゃよかった」
教室後方の中央より少しだけ入口側に近い場所に花祭さんが、その前に樋口君が立ちました。二人はこれからの遣り取りについて、言葉を交わしています。
私はデジカメの簡単な操作方法を教わった後、二人の姿をローアングルで捉えるべく、樋口君の左斜め後ろで屈んでいます。下からの方が、写真として色々と格好いいそうです。これは秋ちゃんからのアドバイスでした。
「……ブイ」
「ん? 秋? お前、誰にブイサインしてんだ?」
「それじゃ、今から私が、” 気 ”的なサムシングを樋口に放つ格好をするからね。樋口、お前はそれを受けた感じで飛べ!」
私が配置に着いたことを確認すると、サラリと花祭さんが無茶なことを言います。私の位置から見えませんが、恐らく憮然とした顔でそれを受け止める樋口君。
「飛べって、お前……簡単に言うけどな」
その遣り取りに、登校を終えたクラスメイトが注目しているのを肌で感じます。好奇心を宿した視線というのは、何となく分かるものです。
「樋口、それ何やってんの?」
「ん? あ~~~何だっけ? 確か……」
中にはそんな風に、声を掛けてくる男子生徒も。
「マガンコウサッポウよ。それで検索してみて。そうすれば、私達がやろうとしていることが分かるから」
樋口君と男子生徒の言葉を引き取り、花祭さんがピシャリと言います。
促された彼が携帯電話を手に検索しているような格好を取ると、「はっ!?」と驚きの声を上げて画面を顔に近付けた後、「く、くだらねぇ」と吹き出しました。
他のクラスメイトが「何、何?」とその男子生徒の所に向かいます。そこで画面を見せられ、同じような反応を取ります。そんな塊が教室内に何組か。
「ねぇ秋月さん、これ、今から撮影するの?」
「ええ……似たようなものを、樋口悠介と花祭香奈がやるそうよ……」
「二人とも頑張れ~!」
塊の一組となった秋ちゃんと、牧ちゃん。牧ちゃんから他人事のように声を掛けられると、樋口君の横顔がゲッソリとしたように見えました。
「ったく、アイツら。後で絶対に巻き込んでやる」
誰にともなく言った台詞に、私は思わず笑ってしまいます。注目されてちょっと恥ずかしくなっていたのですが、それも少し和らぎました。
「ウッシャァア!! で、樋口? 準備はいいな? さっさとやるわよ!」
「だぁぁ! もう、なんでもこいだ!」
自暴自棄を交えているような調子で返答する樋口君に、「よ~~し!」と、満足そうに頷く花祭さん。瞳の奥の水面が、楽しげに揺れているのを察します。
「それで鈴木ちゃん、用意はいいかしら?」
「あっ、はい! 大丈夫です」
そこで花祭さんが「行くわよぉ!」と言うと、ガメハメ波を放つような恰好を取りました。腰の入りようから、花祭さんの真剣さが伝わってきます。ひょっとして、お家で練習してきたりしたのでしょうか。
『ちょっと違うわね。こうかしら?』等と言いながら、鏡の前でポーズを取る花祭さん。その想像は、私を何とも言えない優しい気持ちにさせます。
「鈴木ちゃんは、樋口がぶっとんだ時に一番絵になりそうな構図を探して」
「あっ、はい!」
花祭さんの言葉で現実に立ち返り、カメラを構え、画面に映る構図を検討します。樋口君が後ろに跳ぶことも考えて……うん、この構図かな?
「わ、私はOKです!」
「オ~ライ、センキュ~! 愛してるわよぉ鈴木ちゃん」
「え? あ、愛し……?」
続いて花祭さんがポーズを解き、両手を腰に当てた態勢になります。小悪魔めいた美貌で悠然と微笑み、樋口君に乱暴な言葉を。
「さぁ樋口、ぶっ飛ぶ準備は出来てるな? 弾け飛ぶ準備は万全だな!?」
「あ~~はいはい。出来て……って、弾け飛ぶか!?」
「言っとくけど、手を抜いたら何回でもやるからな。お前の雑魚キャラっぷりを、全世界に見せつけるつもりでやれ」
「その叱咤激励で、やる気になれるか!? あ~~まぁいいや、とっとと済ませちまおうぜ。よっ! と、よっ! と、こんな感じでいいんだろ?」
言うと樋口君は、本当に衝撃波を正面から受けたかのように、数字でいう7の形になって後方に跳びます。凄くそれっぽいです。
樋口君の頑張りを、小さく尖った顎に右手を添えた花祭さんが、「ふむ」と吟味するような目で眺めます。納得したのか小さく頷き、感想を述べます。
「まぁそんな感じね。本番はもっと眼球を飛び出させて。M禿げ王子に、汚ねぇ花火だぜって、言われるような最期の顔で」
「ギュッゥイィィ! ってか眼球!? 顔映らないのに顔芸やる意味あるのか?」
「あるわ!」
「ねぇよ!」
「私が面白いわ!」
「ちょっ、あ、し、知るか!? だ~~、とにかくサッサとやるぞ!」
「やだ、何この人……怖い。散々ブツブツ言ってたくせに、実はノリノリ?」
「うるせぇえ! 先に進まねぇだろ! さっさとするぞ」
そこで花祭さんが楽しそうな顔で「ったく、しょうがないわねぇ」と言うと、例のポーズを取りました。ちょっとだけ静かになる教室。
皆の視線が集まる中、後は私と樋口君がタイミングを合わせるだけです。
「んじゃ鈴木さん、俺がせ~~ので飛ぶから、宜しく頼む」
「わ、分かりました」
私は両膝を床に着いた態勢で、樋口君のタイミングを待ちます。
やがて花祭さんに向き直った樋口君が、「せ~~の!?」と声を上げると――
「って、樋口、高ッ!?」
「おぉ……やるわね……」
見ている人が思わず声を上げてしまう位に高く、両腕と両足を前に突き出し、カタカナの” コ ”の形になって飛びました。とっても本気が伝わる飛び方です。
私は樋口君の努力を無駄にしないよう、その姿を写真に収めます。ピピッと機械的な音が響き、その場の光景を掴みとろうとする見えない光が走ります。
「うわ、おぉぉ!?」
飛び終えた樋口君は両足で着地するも、よろめき、その場から数歩後退しました。何とか足を止めると、「ふぅ」と一息、焦ったような声を上げます。
「いや~~マジで冷や汗かいた。で、鈴木さんどんな感じ?」
「え、あっはい!」
私は樋口君から視線をデジカメの画面に戻します。秋ちゃんと牧ちゃん、近くにいたクラスメイトも興味深そうに近寄り、後ろから画面を覗き込んでいました。
「む……これは……」
「おぉっ! これって――」
「いっ、いいと思います!」
そこには樋口君が花祭さんが放った衝撃波で、吹き飛んでいるような写真が。
上手く撮れて良かったという安堵が過ぎると、その構図のおかしさに微笑が浮かんでしまいました。殆ど何もしていませんが、静かな達成感も私を包みます。
これはどう見ても、花祭さんから放出された技を、樋口君が受けています。喰らっています。バトル漫画のワンシーンみたいです。
「ど~れどれぇ? わっ、さすが鈴木ちゃん! すっごい良く撮れてる! ご褒美にチュッってしてあげましょうか? というかチュッてするわ!」
歩み寄って来た花祭さんが写真を確認すると、整った顔を綻ばせ、平気でそんなことを言ってきます。「仕方ないわね」と言って、秋ちゃんが私を。え? え?
「や・め・ろ! 秋月も差し出すな。牧村は腹を抱えて爆笑するな。ってか、写真は……おぉ、本当だ! すげぇ上手く撮れてるじゃん。流石、鈴木さんだな」
そこに樋口君が割って入ると、たまたまよく取れた写真を褒めてくれました。自然と顔がほのかに熱を持ち、つい慌ててしまい早口になります。
「え? そ、そんなことないよ。樋口君が頑張ってくれたお蔭だよ。私はシャッターボタン押しただけだし、上手く撮れたのも、本当、たまたまで――」
「いやいや、そんなことないって。構図だってバッチリだったし」
「え、いや、ほ、本当、偶然で――」
私と樋口君がそんな遣り取りをしていると、花祭さんが吼えました。
「だぁぁ、ウッセ~ぞ樋口!? な~に鈴木ちゃんに近づいてんだテメェ!?」
「な? そんな近づいてないだろ!? そして今一番うるさいのはお前だ!」
「あぁん? 何か言ったか?」
「凄むな、睨むな、自分が一応女だってことを自覚しろ!」
そうこうしていると、ボンヤリとしたチャイムの音が教室に鳴り響きます。次の瞬間には、図ったようなタイミングで先生が教室前の扉から現れました。
反射的に先生に向けた視線を、花祭さんが樋口君と私に戻し、
「まぁ、これで大体わかったわね。こういった写真を撮って、コンテストにエントリーするわよ!」
腕を前に組みながら、力強く宣言しました。私たちに拒否権はなさそうな感じです。何となくですが、花祭さんに巻き込まれる感じが分かった気がしました。
「じゃ、二時間目の放課から色々やるからヨロシク! 二人とも空けておいてね」
花祭さんは喜色を満面に湛えながらそう言うと、綺麗な髪を揺らして自分の席に戻って行きます。後ろ姿も美人です。その途中、振り返りながら、
「ん? どうしたの? 二人とも早く席に着きなさいよ」とも。
気づけば秋ちゃんと牧ちゃん、他のクラスメイトも席の途上にいました。
私たちは自然とお互いを見やった後、樋口君は「は~~あ」と長い嘆息を吐き、私はそれに応えるようにクスクスと笑い、席に戻りました。




