表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/30

2.花祭との出会い



 高校一年の春。俺は県内の公立学校で、東大への進学率が三番目に高い高校に入学した。


 しかしそこは、俺の住む学区内からは一番遠い高校でもあり、自宅から電車で約四十分。その距離と偏差値の高さから、同じ中学から入学した生徒は、俺を含め数名しかいなかった。


 そんな環境の為、俺はクラスに馴染むべく学級委員長に立候補した。

 彼女――花祭香奈は、副委員長に。


 彼女を一目見たときから、俺は彼女に心惹かれていた。


 俺だけじゃなく、クラスの男子生徒は多分全員そんな感じで、彼女が副委員長になると、「どうして俺は、学級委員長にならなかったんだ~~!」といった類の、悔恨の声を上げる奴が大勢いた。


「一学期の間、宜しくお願いしますね。えっと……樋口君?」

「あ、あぁ。こちらこそよろしく、その……花祭?」


 モデルと言うよりはアイドル。

 快活と言うよりは可憐。


 セミロングに伸ばした艶やかな髪も、細面に咲く、整った容貌の中の吊り上がった大きな瞳も、たまらなく魅力的だった。


 ご察しの通り、その時の彼女は完璧なお嬢さんだった。「がはははは!」と高笑いもせず、清楚で奥ゆかしい……。


 そんな彼女と俺が、初めて会話らしい会話をしたのは、その日の放課後。


 担任から委員長の仕事に関する簡単な説明を受け、二人で職員室を後にし、誰もいない教室で帰り仕度をしていた時のことだ。


「あの……樋口君、わ、わたし! 一目見た時から、その……あ、あなたのことが!」


 茜色に染まる教室。佇む美少女。

 恥じらいに染まる、その頬の――。


 夢にしては、余りにも現実感があり過ぎた。しかし現実にしては、余りにも都合が良すぎた。つまりは、疑って掛かるべきだったんだ。


 だが当時の俺に、そんな冷静な思考は働かなかった。

 

 彼女の言葉や二人を包む雰囲気に、思考は完全に痺れ、まともに頭を働かせることが出来なくなった為だ。


「そ、それって……え? えぇ!? お、俺?」

「恥ずかしいので、そ、それ以上は……」


 今思い返しても、正直情けないと思う。でも健全な男子生徒なら、俺と同じシチュエーションになれば誰だってそうなる筈だ。


 だって相手は、クラス一の美少女なんだぜ?


 だから――。


「う……う、嬉しいよ。いきなりのことで驚いてるけど……その、同じクラスになった時から、俺も花祭のこと、いいなって」


 と、食虫植物のフェロモンに誘われる羽虫のようにふらふらと、花祭の術中に落ちた。


「樋口君。だから、えっと……私のお願い、聞いてくれますか?」


 彼女はそう言って俺に歩み寄り、小動物のようにつぶらで潤んだ瞳を俺に向ける。


 瞬間、俺の中に『彼女は俺が守ってやらなくちゃ!』という、今考えると訳の分からない使命感が燃え上がった。


 そもそも、そんな風に美少女に言われて、首を縦に振らない人間がどれだけいるよ? 少なくとも俺には、彼女の『お願い』を断るなんて無理だった。


 だから俺は、前後の見境もなく興奮し、


「は、花祭が困ってるって言うんなら、お、おお、俺でよければ、ちきゃらに!」


 噛みっ噛みに宣言した。


「樋口君……嬉しい……なら、私のこと……愛してるって言って!」


 だが、彼女の突拍子もない言葉を前にすると、頭の中が真っ白になった。

 は? あいしてる? なにそれ、美味しいの?


 しかし投げ込まれた言葉が、次第に意味をもって俺の中で開かれると……。


「え? あ、あい? 愛してる? 愛してるって!? そ、そそそそ――」


 自分でも呆れ返る位に狼狽した。


「私のこと……愛してくれないの?」


 潤んだ瞳には水の膜が張られ、キラキラと光っていた。

 彼女から薫る、脳髄を痺れさせる典雅で甘やかな、上品な香り。


 その瞬間、俺は完全に思考が停止した。それと同時に、俺の中で、何かがブツリと切れた音が聞こえる。


 多分そいつは、自制心や羞恥心や、過去やしがらみや……。まぁとにかく、そんな類のものだったんだと思う。


 暴走する思春期の中で、俺は叫んだ。


「そ、そんなことない! 樋口雄介は、君のことを、あ、ああ、愛してるよ!」


 うん、今考えてもどうかしてると思う。


 でもその時の俺は、俺なりに必死だった。一世一代の勇気を奮うタイミングが、今まさにここだ! と直観すら覚えていた。


 だから言い終わった途端、彼女が、


 「へっ!」


 吐き捨てるように笑い、スマートフォンを取り出して録音アプリを止め、



 「よぉぉし! んじゃお前、今から私の舎弟な!」



 と言われた時。俺は暫く現実に置いてけぼりにされた。


 後で分かったことだけど、有用な直観ってのは経験の蓄積で生まれるものらしい。つまりは……若い直観ってのは、マジで当てにならない。


「は? えっと……は、花祭?」


「おいコラ樋口! だ~れが花祭だ。『さん』をつけろや、デコ助野郎! しっかし、一目見たときから利用し易そうな奴だと思ったけど、こうも簡単にいくとはね……怖い、自分の才能が怖いわ! うふ、うふふふ、うふふふふ」


 彼女は冒険もののアニメで、影となり日向となりパーティーを支えて来たメンバーの一人が実は魔王の手先で、突如正体を現した時(長いな)のように、不敵な笑みを張り付けていた。


 俺の認識が足元からぐわんぐわんと揺れ、崩壊しかかっていると、花祭は顎を上げ、腕を組んだ威圧的な態勢で、口を開く。


「さ~て樋口、お前も人間だ、当然自尊心があるよな」

「え、あ……は?」


「今録音した内容をばら撒まかれたくなかったら、私に協力しろ! まぁ嫌なら嫌でそれは仕方ないけど。その時は……素敵なスクールライフの始まりね。イヤッホォイ!」


 そしてスマートフォンのアプリを起動させ、


『樋口雄介は、君のことを、あ、ああ、愛してるよ!』


 と赤面必死の台詞が――。


「って! ちょちょちょちょ、ななななな、何を言うとるんですか君は?」


 こんなものをばら撒かれたら、学校と言う社会で俺は死んでしまう! 

 聞こえる。クスクスと笑う同級生たちの声が……あぁ!


「え? 脅迫よ。知らないの?」


 狼狽する俺に対し、彼女は非常にあっけらかんと答えた。


「いやいやいや、そういうことじゃなくて――」

「それにアナタ……私が困ってるんなら、力になってくれるんでしょ? まさか、男が一度言ったことを引っ込める訳ないわよね? だから今日から舎弟ね。はい決まり~!」



 そんな経緯で、その時以降、俺は彼女の舎弟としてこき使われることになる。計画的な犯行で恥ずかし~い人質を取られた俺に、拒否権はなかった。



「あの……えっと、それで花祭……さん? 俺は具体的に何を協力すれば――」

「よぉ~し! とりあえず焼きそばパン買ってこいや!」


 冷酷無比な現実に打ちのめされながらも、事態を何とか整理した後に尋ねると、彼女は間髪を挟まずドヤ顔で答えた。因みに俺は今、何故か正座させられている。


「はぁ!? ってそれ、只のパシリじゃ――」

「うっさいわねぇ、冗談の一つも介しなさいよ! ったく! まぁいいわ。私は女の子の友達が欲しいのよ。それに協力して」


 俺は初め、その言葉の意味が分からなかった。決して、机に腰かけ、足を組んだ花祭の健康的な太ももに目を奪われた訳じゃない。


「友達って……どうぞご自由に。というか、そんなのわざわざ協力することじゃ」

「こいコラ樋口。いいか? お前のそのオメデタイ頭で、よ~く考えろ。自慢じゃないが、こんな性格の私が、普通に友達が出来ると思うか?」


 自信満々に花祭に言われた後、俺はちょっと考え込む。

 うん……結構キツそうですね。


「私はこれまで散々ネコを被って、お上品に生きて来た。女の子の友達だって、私立中学時代のならわんさかいる。でもな! 上品ぶった私にもあいつらにも、いい加減、飽き飽きしてんだ! だから私は、知り合いがいないこの学校で、ありのままの私を受け止めてくれる友達を探すと決めた! あっ、いっとくけど男はいらないから、勘違いするなよ! なんたって女の子よ、女の子! げへへっ! そんな訳で、明日から私に女の子の友達が出来るよう全力で援護しろ! 分かったな!?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ