1.ホワイトデー前日 ◆イラストあり
三月十四日ホワイトデー。
バレンタインデーに貰ったチョコのお返しに、男性がクッキーやキャンディなどを贈る日。日本独自の謎の習慣。
そのホワイトデー前日の夜のことだ。俺はエプロンとナプキンを装着し、腕まくりした格好で、台所に仁王立ちしていた。
目の前にはお菓子作りの本、ボウルや測りなどの調理器具。それに卵や薄力粉なんかの、クッキーの材料。
そう、今まさに、バレンタインのお返し用のクッキーを作ろうとしていた。
花祭香奈との出会い、友達作り、転校、そして……。
俺は、いや俺たちは相も変わらず、花祭に振り回されてばかりいた。
あれからのことを少し話そうと思う。
ハロウィンのことは以前話したから、まずはクリスマスイブだな。
■サンタクロースは明確に頭がおかしい
――お前の頭は、メリークリスマスかよ!?――
クリスマスイブ当日。花祭家の豪邸で、薔薇色の暖かさが灯ったイブを、皆で過ごすもんだと思ってたら……。
『私は仏教徒! 私は仏教徒! 聖夜の光はきっと仏陀の後光! クリスマスの文字に空海が爆笑し、最澄は飯を噴く! 真言宗! 天台宗! 仏陀の頭はパンチじゃねぇ!』
何故か俺たちは寒空の下にいた。町の中心地で、花祭自作の『私は仏教徒』とかいう、訳の分らん曲を皆でエアー演奏してたんだ。
まぁ例の如く、これにはちょっとした理由があるんだが割愛する。いつか詳しく話すこともあると思う。ちなみに俺の担当はエアーベースだった。
『私は仏教徒! 私は仏教徒! だからクリスマスなんて、私には――か・ん・け・い・な・い! オッシャァ!』
クリスマスが終わった後は、正月だな。
花祭が住んでる町で行われた、謎のお正月イベントに出場してたんだ。
■七福神は明確に頭がおかしい
――お前の頭は、あけましておめでとうかよ!?――
『さぁ、やって参りました。お正月恒例、七福神探し大会! 実況は私――』
二名から三名で作るチーム別にエントリー。市内の特定エリアに散らばってる、七福神が書かれた紙を集めるイベントだ。七人の神様を集め、大会本部に一番最初に戻ってきたチームが優勝。
豪華優勝賞品を目指して、花祭、清水さん、横川チームと、俺、花祭のオヤジさんチームで参加した。
そこで俺たちのチームは、迫り来るモブキャラ連中と、壮絶なバトルを繰り広げたんだった。これもまぁ、いつか詳しく話せる日が来るかもしれない。
『クソッ、なんなんだアイツら!? オジさん、ここは一端退いて別の――』
『私のぉぉ!』
『え、オ、オジさん?』
『私の、娘はぁぁ!』
『あ、あのぉ……』
『世界一ぃぃぃぃぃぃいい!』
『え? あ、ちょ、えぇぇぇえ!?』
本当、あのモブキャラたち、無駄に自己主張が激しかったからな。
ん、待てよ。モブキャラ……? 俺は今、何を……?
それはさておき、次はバレンタインだ。今年のバレンタインが土曜日だったもんだから、皆で町に遊びに行きがてらチョコを貰った。
……今、何か変な映像が浮かび上がったかもしれないが、無視してくれ。
ちょっと疲れてるんだな、うん。そうに違いない。
あ~~~そうそう、チョコレートの話だったな。うん。
不要だとは思うが、チョコをくれた人たちのことを紹介しておこうと思う。
「はい、どうぞ。昨日、夏喜ちゃんと一緒に、香奈ちゃんと樋口くんに渡す用に作ったんだよ~。ハッピーバレンタイン♪」
「えぇえ!? 本当に!? うっわ、ありがとう。すっげぇ嬉しいよ」
清水京香さん。
いつも笑顔でのほほんとしてるけど、いざという時には頼りになる人だ。茶色がかった腰まで伸びた髪が、その日もふんわり風に揺れていた。
「何だかんだでお世話になってるしね、ほら、私も手作りよ。当然、義理だけど」
「横川、お前もか! 何だよ、嬉しいじゃねぇか!」
横川夏喜。
普段は強気だけど、大事な場面では空気になる。それが愛嬌っちゃ愛嬌な、憎めない女だ。真ん中分けにした黒のショートヘアーが、眩しい位に似合ってた。
そして……。
傲岸不遜を地で行くような、花祭香奈だ。
この流れだったら、あいつも手作りチョコをくれるんじゃないか……。
そう期待するのが普通だろ?
だが花祭は何故か、清水さん家のお菓子作りに参加してなかった。そして二人がチョコを渡す姿を見て、心なしか眠そうな目をしたあいつが取った行動は――。
「あ、コンビニ! ちょっとここで待っててくれる?」
駅前のコンビニの外で俺たちを待たせると、ダッシュでコンビニに入店。その後、直ぐに袋をぶら下げて出てきた。
やがて得意げな顔で俺たちの前に戻って来た花祭は、指にコンビニ袋をぶら下げながら、こう言いやがったんだ。
「はい、お湯で温める真空パックのミートボールよ」
馬鹿みたいに口を開けてポカーンとした俺と横川は、思わず顔を見合わせる。
直後、物凄い苦み走った、引き笑いがその場にこぼれ落ちた。
「ミ、ミートボール?」
「か、香奈……いくらなんでも、それは……」
清水さんだけは、いつものようにニコニコしていたが。
「あはは、ミートボール、美味しいよね~」
冗談だと思ったら、花祭がコンビニの袋から取り出したのは、マジでミートボールの真空パックだった。
「はい、樋口」
「お、おう……」
バレンタインの浮ついた空気の中、俺に渡される一袋のミートボール。
その冷たい感触。お値段まで袋に記載。なんと驚きの、税込百円。
万感の思いを胸に、俺は思わず一人、天を仰いだ。
ミートボール、おぉ、偉大なる母の手抜き
甘辛い肉団子は、お弁当の冷めた白飯を欲す
その進撃たるや、海のポセイドンのごとし
ミートボール、おぉ、麗しの肉団子
沸騰したお湯に突っ込めば、あっという間に出来上がり
その早さたるや、ヘルメスの働きのごとし
ミートボール、おぉ、恐ろしき均衡の破壊者
甘辛いタレが銀紙を超えて、暴れるとき
冥界のハデスを見るがごとく、地味に嫌な気分となる
人よ、ミートボールを讃えよ
人よ、ミートボールと共にあれ
アテナイの智者も、そこそこ好きだ、多分
ごめん、これ以上、ちょっと言葉が出てこない
――樋口雄介、心の叫び(ギリシャ叙事詩風)――
愕然とした俺の気配が伝わったのか、花祭は、「じょ、冗談に決まってるでしょ!」と言って、新たにコンビニ袋から何かを取り出す仕草を見せた。
俺はその言葉と動作に、安堵の息を吐く。
「なんだよ、ビックリさせんなよ」
「だ、だよね。いくら香奈でも、ミートボールはないわよね」
「あはは、いいなぁ、ミートボール」
横川も安心したようだ。清水さんは相変わらず、朗らかに笑ってる。
まぁコンビニのチョコレートでも、貰えるんならこの際、文句は……。
「はい、これは私がそこのコンビニで、時間に追われて何の感慨もなく適~当な感じに選んで、中年のバイトのおっさんからからこれまた適~当な感じで渡された、心の全くこもってない、市販の板チョコよ! ありがたく受け取りなさい!」
「うわ~~まったく有難くねぇ~~なんとも思わね~~」
流石に嬉しくなかった。ヒデェ扱いを受けた。
渡された板チョコを前に、乾いた笑いしか出てこなかった。
その後、花祭も清水さんと横川からチョコを貰っていた。そして町に遊びに行った際、デパートで高そうでお洒落なチョコを買い、二人にその場でお返ししてた。
「ちょ、香奈!? さすがにこれは悪いって!?」
「香奈ちゃん、これ、凄く高いんじゃ……」
「別にいいのよ、普段は節約してるし。たまには使わないと、ね? 樋口?」
「あ……あぁ」
二人には、高級な友チョコを渡してキャッキャワイワイ。
対して俺は、冷えたミートボール一袋、そして薄い板チョコ一枚。
「く、悔しくないからな!? お、俺には二人の手作りチョコが!」
「はぁ? あんた、いきなり何言ってんの? 完全に不審者ね」
そんな経緯があったため、ホワイトデーには花祭にも俺と同じ気分を味あわせてやろうかと思っていた。
コンビニで買える『デミグラスハンバーグ(税込:百二十二円)』のパックと共に、適当に買ったホワイトチョコ(板)で、お返ししてやろうかと思ったんだ。
『ちょ、な、樋口!? 何よコレは!?』
『うっわ、樋口、大人げな』
『あはは~、デミグラスハンバーグおいしいよねぇ』
清水さんと横川には、ちゃんとしたクッキーを渡した横で。
「へっへっへ、見てろよ、花祭香奈ぁ!」
だがその際、ふと疑問に肩を叩かれた。
そう言えば、どうしてイベント好きのアイツが、バレンタインのチョコを……。
「…………まぁ、いっか」
結局、流石にそれも可哀そうかと思って止めた。
ちなみにバレンタイン前日の金曜日には、ちょっと地味だけど小さくて可愛い、同じクラスの鈴木さんからも、学校でチョコを貰った。
つまりは合計四つということになる。
人生初の快挙といえる出来事だ。
という訳で、お返しも張り切らなきゃって思ったんだが……。
「か、金がねぇ」
一週間ほど前、スキップしてデパートのお菓子売り場に視察に行き、高校生の現実を叩きつけられた。いや結構高いのな、クッキーって。
「あ~~、どうすっかな~。やっぱお年玉を崩すしかねぇか」
悩みながら家に帰り、何気なくテレビを着けた。
すると――。
「最近は手作りスイーツを贈る男性も増えており、製菓コーナーも賑わっています。ゴージャスなプレゼントもいいですが、手作りのものは何といっても愛が! 愛が! 愛が! 込められているのを感じますよね」
俺はその瞬間、吹いたね。
何言ってんだこのレポーターは。欲求不満なのか? 何で三回も言ってんだよ。
「しっかし、手作り……ねぇ」
愛うんぬんは置いといて、手作りってのも一つ、現実的な手段に思えてきた。
そんな訳で俺は今、四人分のクッキー作りに奔走している。
「媚薬!? 媚薬いっとく!? それとも形にこだわって、男性のシンボルマークの型抜きで――」
「だぁぁぁぁ! あんたは来んなぁ!」
義母である早苗さんの妨害に屈しないよう懸命に。
ちなみに父さんは早々に寝てた。
「ふっ、だが断る!」
「あんた……また勝手に人の漫画を。だがそれを断る!」
「更に断る!」
「そいつを更にことわ……って、めんどくせぇえぇぇえ! 早く出てけ!」
だが納得いくものが出来ず、気づけば深夜に突入していた。
なかなかサックリと焼けない。生地をちょっと寝かせたり、今じゃ貴重品になりつつあるバターの量を調整したりと、俺なりに試行錯誤する。
そしてようやく納得いくものが出来上がったのが、深夜二時。
それなりにサクサクしてるし、味も、うん、まぁ……。
「これなら大丈夫だろ」
一息つくと、百均で購入した透明な袋にクッキーを詰め、青いリボンを結ぶ。出来るだけ形がいいのを、清水さんと鈴木さんに、残りを……横川と花祭に。
花祭は何だかんだ文句言ってきそうだからな。横川については……うん、ノリだ。アイツってそういうキャラだし。
「はは、結構出来るもんだな。ふわ~~あ、あとはさっさと寝て……ぶえっくし! うぅ、やっぱ夜は冷えるな。早く寝ちまおう」
冷えた廊下を進んで二階の自室にたどり着くと、心地よい疲労感に包まれながらベッドにもぐりこんだ。
明日はホワイトデー。
生涯で、これほどホワイトデーを楽しみにした夜もなかった。




