5.エピローグ 邪神様は明確に頭がおかしい
こうして俺たちの、ハロウィンパーティーは幕を閉じた。
邪神様が廊下に撒き散らした臓器を回収し、理科室の魔方陣を消した。そして清水さんお手製のかぼちゃケーキを、鈴木さんも誘って五人で食べた。
また邪神様をただの人体模型に戻す前に、
「これもまぁ、一応記念だから」
という理由で鈴木さんに頼み、それぞれの携帯で邪神様を囲んだ写真を撮ってもらった。
俺は今、家に帰って夕食を済ませた後、勉強机の椅子に座りその写真を眺めている。巻き込まれている最中には、予想もつかない現実の連続で奇妙に慌ただしかったが……。
思い返してみると、楽しいハロウィンパーティーでもあった……かな?
そんな風に感慨を深めていると、携帯電話の着信音が突如として鳴り響く。ディスプレイに表示されている名前は『花祭 香奈』。
『あ、樋口? ちょっと、今いい?』
「おぉ、花祭か? なんだ珍しいな、どうした?」
『あの邪神と撮った写真なんだけど、私の携帯で撮ってもらったヤツ、ちょっとピンボケしててさ。悪いけど樋口のヤツ、LINEで流してくんない? お父さんとお母さんに見せてあげようと思って』
「え? あぁ、まぁ別にいいけど」
花祭は用件だけを伝えると、
『それじゃ宜しく! っていうか直ぐに流せよ』
ドスを響かせた声で俺を脅して電話を切った。
「ったく、しゃ~~ね~~な」
俺は思わず顔をニヤけさせてそう呟くと、眺めていた写真をLINEに流す作業に移った。その際、選択した写真を再度マジマジと眺める。
魔女の仮装をした花祭が、邪神様に腕を回してピースサインをとっている。その隣には、お揃いの衣装を纏った清水さんと横川と俺。
そこで、はたと気づいた。
――写真に映る俺たちが、なんとも言えず、嬉しそうに笑っていることに。
温かく柔らかな感触が胸の内側を優しく撫でる。
つい顔を綻ばせてしまう。
花祭香奈。俺の友達。
そして俺の……。
切ない鼓動を心臓が刻むと、花祭の顔を中心に画像を拡大する。
こいつ、やっぱり綺麗な顔してんな。
思わず生唾を飲んだ。
そして気が付くと、俺は携帯電話に唇を近付けて――。
その瞬間。
再度、携帯電話の着信音が鳴り響き、俺は突然のことに慌てふためいてバランスを崩し、
「――って、うおぉぉっ!?」
椅子ごと床に転げ落ちてしまった。
何ていうか、絵にかいたような間抜けっぷり。
じりじりと痛む腰をさすりながら電話に出ると、
『うぉっらぁぁあ! お前の頭はTrick or Treatかよ!? さっさと写真送れって言っただろぉがぁ! スカイプの時間に間に合わないでしょ!』
花祭の剣幕に見舞われた。
「わ、分かってるって! 丁度今やろうとしてたとこなんだよ。っていうか、せっかち過ぎだぞお前!」
『あぁん? さては樋口……あんた、私たちの写真見て、はぁはぁ、してたんでしょ?』
ある種の核心を突く発言に、俺は狼狽し、言葉を見失いかけたが、
「な、なわけあるかぁあぁぁ! だぁっ! 今すぐ流すから、ちょっと待ってろ!」
電話を乱暴に切り、すぐさまLINEで写真を流してやった。
椅子を元の位置に戻して座り直し、ため息を一つ。
「あ~~あ。ったく、なにやってんだろうな俺」
そしてそう独り言を呟くと、
「ぷぷぷぷ。ユウ君、なに青春してるの?」
「は? って!? うぉぉぉぉ! あ、あんた何をシレっと人の部屋に入ってきてんだよ!」
部屋の入り口には、ダイナマイツボディで親父を瞬殺した俺の義母。一つに纏めた長い髪を左肩から垂らし、薄紫のVネックシャツを着て、ブルーのジーンズを履いた樋口早苗さんがいた。
慌てた俺は「勝手に入って来るなって、あれほど言っただろ!」と声を荒げる。
「え~~ノックしたよぉ。それに凄い音したから、大丈夫かなって、心配して来てあげたのにぃ」
「語尾を延ばすなよオバさん。あと体をクネらすな! っていうか、はやく出てけぇぇ!」
俺は怒声を発しながら、義母を部屋から追い出そうと試みる。押されるがままに部屋から退出する、アラフォーとは思えない程に若々しい早苗さん。
「も~う、分かったわよ。でもね、ユウ君。一つだけ、いいアドバイスをお母さんがしてあげる」
「はぁ!? アドバイスだぁ?」
俺は心底うんざりした顔で早苗さんを見る。すると彼女は、「うふん」と俺に鬱陶しくウインクした。
「それ……マジでやめろ」
「ごめんちゃ、テヘペロ」
「全然、可愛くねぇ! ぜんっぜん! 可愛くねぇ!」
だが俺の義母はその抗議の声を気にするでもなく、
「まぁ、とにかく~」
と軽やかな声を上げた後、急に声音を艶めかせ――。
「女をモノにするために必要なのは……お金でも、ましてやハートでもない」
「……あんた、義理の息子相手になにを言おうと――」
「そう、必要なのは猛る腰つか――」
「さっさとデテケェェェ!」
俺が叫ぶと早苗さんは、おほほほ、と軽やかなステップで廊下を駆け、階段を下りていった。
「はぁ~~~~どっと疲れた」
ベッドに大の字に横たわった俺は、一人呟く。疲労困憊で、ぐうの根も出ない状態だった。
だが手は自然と携帯電話に伸び、再び例の写真を眺めてしまう。そこではやっぱり、俺たちが嬉しそうに邪神様と同じ時を過ごしていた。
瞬間、むず痒いものが体を駆け抜け、「くぅ~~」と声なき声を漏らし、ベッドをバンバンと叩く。
先程の一コマ。自分がしようとしていたことを思い出し、気恥ずかしさにもんどりを打った。
それが収まると、再び溜息を吐く。
自分があんなことをしようとするなんて……思い返すだけでもおぞましい。中学生じゃあるまいし。いや、今時中学生でもあんなことしないぞ。
安っぽい蛍光灯の光に目を細めながら、額に手を着いて考える。
これは……あれだ。
きっと邪神様の呪いに違いない。
すると脳裏を例の邪神様が過り、
『クケッケッケッケ』
と不気味な笑い声を響かせた。
うん。間違いない。邪神様の呪いだこれは。だから、あの行動も邪神様のせいなんだ。俺の自由意思じゃない。邪神様マジ怖い。
そう無理やり自己納得した俺は、まだ早いがとっとと寝ちまおうと思い、部屋の電気を消す。
そしてベッドに潜り込み、最後にこう考えてハロウィンの日を締めくくった。
まったく。あんな行動を、一人の多感な男子高校生に取らせる呪いをかけるなんて……。
邪神様は明確に頭がおかしいに違いない、と。
―― HAPPY HALLOWEEN♪ ――




