11.エピローグ やっぱり神様は明確に頭がおかしい
「さぁてぇ、夏と言ったらなんだ!? サンシャイン横川、答えてみろ!」
「はぁ? 何その、女子プロレスのリングネームみたいな名前は――」
「うわっ、眩し!? ちょっと急にデコを動かさないでくれる? あなた夏になると軽い人間兵器ね。このスタングレネード女が!」
「ちょっと待て……何で私は罵られてるんだぁ!?」
高校一年の夏休みが始まり、はや二週間。路上を照らす、ガラスの破片を振り撒いたような眩い日差しからファミレスに逃れた俺たちは、この夏の計画を立てようとしていた。
結局、花祭の転校は取り消しとなった。
つまりは――。
九月からまた、同じクラスで学校生活をおくることとなる。
「私が噂の、超大型美少女転校生。花祭香奈だ! お前ら、宜しく頼む」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
花祭の頭の中では新学期に向け、既にそんなシナリオが出来ているらしい。
その計画の為、俺はLINEで『二学期に美少女が転校してくるらしいぞ』という噂をクラスメイトにばら撒くことを強制された。
全く、相変わらず訳の分らん奴だ。まっ……楽しいからいいけどさ。
また転校取り消しに伴い、花祭はバカでかい自宅で一人暮らしを始めた。
「皆さん、香奈と末長く仲良くしてやってください」
そう言って花祭の父親は、香港へと旅立った。その時に見せた笑顔は、ある未来を確信するような、自信に満ち溢れた物だった。
彼女と義理の両親の間に存在する『遠慮』と言う分厚い壁は、まだ完全に取り払われた訳ではない。それを無くすのには、それが緩やかに築かれたのと同じように、長い時間が掛かるだろう。
でも着実に変化は起こっている。ある方角に向けて進んでいる。静かに湧き出でる山の泉が土に染み入りながら、遙か彼方の海へと向かうように……。
スカイプを通じて毎日のように両親と遣り取りをする花祭は、徐々に本当の彼女の姿を両親の前で開き始めた。
先に香港入りをしていた母親が、『お母様』から『お母さん』に花祭が呼び方を変えたことに、腰を抜かしそうになって喜んだとも、照れくさそうに言う彼女の口から聞いた。
変化を恐れる人。変化するモノはないと信じている人。
過去を未来より重く敬う人。
そういう人を、過去の自分を笑い飛ばすかのように、花祭は変わっていく。
人は誰もが変化を恐れるものだ。変わり行くモノと変わらないモノの間で、臆病風に吹かれながら……常に揺れ動いてる。
その中で、色んなことが少しずつ変り始めてる。
しかし、変わらないものが一つだけ。
何かわかるか?
そう……。
俺たちと彼女の、友人関係。
「ふざけんなよナイ乳! おとこ女! 夏と言ったら海に決まってんだろが!」
「誰がナイ乳だ、誰がおとこ女だ!? 夏といったら川辺でキャンプに決まってるでしょ!?」
「川辺だぁ? 河童かよお前は!? ほら、キュウリやるから『クエクエ~』って喜んで食べてみなさいよ。その隙をついて、頭の皿をかち割ってあげるから!」
「か、河童? 今、私のことを河童って言った? ふ、ふふふ、バーリトゥード。女なら、一度はいてまえボッコボコ。香奈ぁぁ! 表でろやぁ!?」
「あはは、皆、仲良しさんだね」
花祭香奈。
俺は花祭を知った時、神様は明確に頭がおかしいと思った。
だってそうだろ?
容姿端麗にして、頭脳明晰。
運動神経は抜群で、ヴァイオリンの腕前も一流。家は資産家。
平等分配の原則を無視し、明らかに恵まれ過ぎている。
そんな奴には、俺たちが必死でしがみ付いてる”人生”ってモノも、イージーモードで展開されていくんだと思ってた。
でもそれは勘違いだった。花祭には花祭の人生があって、その中で彼女は悩み、悶え、苦しんでいた。
今なら分かるけど、どんなに恵まれていると思える人にも、その人なりの悩みがあって……。結局それが誰であろうと、人である限り”生きる”ということからは逃げられない。
凡人にも、非凡人にも、”生きる”ことは等しく開かれている。
その中で、それぞれの環境、土壌の中で、嬉しい、悲しい花を咲かせてく。
勿論、それなりの違いはある。
でもきっと……。
だから俺は、神様に謝らなくちゃいけない。『頭がおかしい』なんて言って、悪かったよ。あんたは全然、おかしくなんてない。
むしろ感謝してるんだ。俺と花祭を引き合わせてくれたことに。
彼女の初めての我儘の相手に、俺を御指名してくれたことに。
そんな彼女。
花祭香奈は今、悲しい過去を乗り越え、本当の家族を手に入れつつある。
求めていた友達を手に入れて……。
振り返ってみると、今日という日に辿り着くまで、本当に色んなことがあった。でも、
「まぁ、終わりよければ全てよしだよな」
俺は思わず、そう独り言つ。すると隣に座る花祭がその言葉を耳ざとく聞きつけ、
「樋口……あんた、な~に一人で納得してるのよ? あぁん?」
と顔を近づけ、凶悪な表情で睨みを利かせてくる。
いや、ガンを飛ばしてくるヒロインってどうなんだ? と思いながらも、俺は苦笑いを浮かべて、
「別に何でもないよ……まぁでも、よかったな花祭。友達が出来てさ」
「ふん! 別にあんたのお蔭じゃないけどね!」
「あ~はいはい、そうですか、ったく」
俺は悪態をつきながら、恰好つけて注文した手元のアイスコーヒーを啜る。だが汗をかいたグラス内の黒い液体は、先程から一向に減る様子を見せない。
うげぇ、やっぱ苦い。大人は、なんでこんなもんを飲んでんだ?
そうして顔をしかめた俺は、次の瞬間……とんでもない言葉を聞いた。
「まぁでも……その……感謝、してるわよ」
「……え?」
思わず声の主に視線を向ける。頬杖をついた花祭が頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに――。
え? えぇぇえ?
その光景に俺の心は千々に乱れ、呼吸をすることを忘れた。
「ぷっ! な~にぃ香奈ぁ? 頬赤くしちゃって」
「だぁぁ! うっせぇなこのデコ野郎!」
「あはは本当だ~。香奈ちゃん、かわいい」
ドクンと、一際高い心臓の音が聞こえる。
え? おいおい、冗談だろ……なんだよ、この感じ……。
俺は思わず胸に手を置いた。
心臓が脈動し、嬉しいような、怖いような、そんな不思議な感慨が血液と共に俺の体内を巡る。
そこで手が震えていることに気付き、再び視線を向けた花祭の横顔が、淡く輝いて見え……。
いやいやいやいやいやいや、落ち着け俺!
っていうか、何エフェクトかけてんだよ! キラキラさせるなよ!
だって……相手はあの、花祭だぞ?
傲岸不遜で、ジャイ○ニズム丸出しな女。
なのに――。
『まぁでも……その……感謝、してるわよ』
全く……信じられない。
本当、何なんだよこの気持ちは?
なぁ神様、一体どうしたんだ? 冷静に話し合わないか?
この感情は何なんだよ? お前、なにを人の心に植え付けようとしてんだ?
は、はははは。
やっぱりそうだ、あれだよあれ。
俺はその時、再度確信した。
やっぱり神様は――。
明確に頭がおかしい、って。




