治療薬
良い天気なのに、初めてのデートなのに。
「何で、風邪引くかなあ、私」
雲一つ無い青空を見上げ、出そうで出ないくしゃみに思いっ切り顔を顰める。すると、どこからともなく忍び笑いが聞こえた。
てっきり近所の子供だと思い、私は鼻を啜り眉根を寄せて、その子供を一睨みしようと辺りを見回して――体が硬直した。
「アキ、くん」
私の鋭い眼光を受け怯んだ様子の彼は、それでも頬を緩めて軽く手を振ってきた。
「な、何で? 待ち合わせは駅前だったよね」
緊張を解いた笑みを浮かべたアキくんは、真っ直ぐ私の傍に近寄ってきた。普段見る制服姿もカッコいいけど、私服のアキくんは数段男前に見える。
そんなアキくんに、先週のバレンタインデーに告白して、私は晴れてアキくんと恋人同士になった。誰にも優しくて明るいアキくんに、私はずっと恋していた。こうやって二人切りで出掛けるのが夢だった。
前の晩、長湯でのぼせて、その後湯冷めしたのがいけなかったみたいだ。今朝起きた時、自分のしわがれた声を聞いて血の気が下がった。
初デートで断りの電話をするのは躊躇った。何より、この機会を逃したら、もうアキくんとはデート出来ないと思った。
同情でも、アキくんが私の想いに応えてくれたのだから。このチャンスは逃せない。
「マサミちゃん」
名前、今私の名前を呼んでくれた、アキくん。
「待ち切れなくて、君の家の近くまで着ちゃった。迷惑だった?」
照れたように俯いて言うアキくん。
「ぜ、全然、全然大丈夫」
顔を上げたアキくんは怪訝そうな顔をしていた。
「風邪引いたの? 鼻声だね。それにさっきの顔は、くしゃみが出そうになったんでしょう」
あの恥ずかしい顔を見られていた。でも、私は怯まない。
「うん。でもアキくんを見たら、もう治っちゃった」
何故かその後大笑いされて、そしてアキくんは徐に私の手を取り握ってきた。。
この温かさが、何よりも効く風邪薬だと私は思った。