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「それなら、来週の日曜でどう?」
「うん、それでいいわよお。まだ寒いよねえ、何着ていこおかなあ」
みちると由加里が食べ終えた弁当箱をしまいながら話しているのを、とっくに食事の終わっていた莉奈はお茶を飲みながら聞いていた。
「莉奈は?」
「え?」
話しかけられると思ってなかった莉奈は、ふいの問いかけにおどろいて顔をあげた。
「だから、来週の日曜。ね、行こうよ」
二人は、隣町にできた新しい水族館の話で盛り上がっていた。聞くともなしに聞いていた莉奈は、実のところその話の中に自分も入っているとは思っていなかったのだ。
「莉奈と出かけるの初めてだよね。どうかな?」
みちるが莉奈を伺う。
「それ……私も行っていいの?」
「もちろんじゃない。一緒に行こうよ」
それを聞いた莉奈は、つかの間、じっとみちるをみつめる。是とも否ともないその返答の間に、みちるは首をかしげた。
「莉奈?」
「……行きたい」
微かに頬を染めて答えた莉奈に、みちるは笑顔でうなずいた。莉奈と仲良くなってきてから何度か休日に誘ってはいたものの、承諾の返事をもらえたのは初めてだ。
「良かった。じゃあ、待ち合わせは……」
「どっか行くの?」
教室へ戻ってきた宮本が、みちるの声に反応する。もともと、みちるは声が大きい。
「来週の日曜、水族館行こうって話」
「ああ、新しく出来たとこだよな。へー、いいな。俺も行っていい?」
「あんたも?」
「いいじゃん。拓巳も行こうぜ」
「行くってどこへ」
突然声をかけられた拓巳は、かばんに教科書をつめていた手を止めて振り向いた。
「来週、水族館行こうって話だけど……」
「莉奈もいくの?」
拓巳の知る限り、莉奈が休日に友達とでかけるのは初めてのことだ。莉奈は、小さく頷いた。
「なら、俺もいく」
「お前、わっかりやすいなあ……。で、なに、帰るの?」
帰り支度をしている拓巳を見て、宮本が聞いた。
「ああ。もうすぐ、よし君が迎えにくるんだ」
金沢佳明は、拓巳のいとこで現役の刑事だ。何かと拓巳の話にでてくることの多い人物なので、親しい友人たちはみんなその名前を知っている。
「よし君て……まさか、お前、サン・チルノ行くんじゃ……」
今日という日に心当たりのあった宮本は、丸く目を見開いた。入学式から十日。今日は、サン・チルノ美術館の開館日だ。
「ばか、でっけー声で言うなよ。一応、内緒ってことになっているんだから」
あわててあたりをうかがい、拓巳が小さく言った。幼いころからの友達である宮本は、時々そうやって拓巳が事件の現場に顔を出していることを知っている。
「よくあの親父さんが許したな」
「まさか。そんなの親父が許すわけないだろ。よし君に無理やり頼んで、黙って連れてってもらうんだよ」
「それ、ばれたら大変なんじゃないか?」
「わーってる。でも、こんなチャンス、二度とないからな。神出鬼没と言われる怪盗がどうやって捕まえられるのか、警察のお手並み拝見といこうじゃないか」
「だからって、お前……」
「危ないわよ」
莉奈が口をはさむと、二人がぴたりと黙ってこちらを向いた。
「心配してくれるの? 莉奈」
嬉しそうに言う拓巳にも、あくまで莉奈は真面目な顔を崩さない。
「素人が行っても邪魔なだけだってこと。いい加減、自覚しなさいよ」
少しだけ期待をしていた拓巳は、がっくりと肩を落とす。その時、拓巳の胸のあたりがかすかに振動した。
「おっ、よし君、着いたみたいだ」
ポケットから携帯を取り出した拓巳は、画面に映し出された名前を見て声をはずませた。
「じゃ、ちょっくらいってくる。あ、たっつん、だから今日俺、クラブ休みな。もしもし?」
かばんやら運動着袋やらを肩にかけると、話しながら拓巳は出て行った。金曜日は、持ち帰りの荷物が多い。宮本と由加里も、それぞれの席へ昼の片付けに行く。
「どうよ、あれ」
みちるがあきれたように呟いて、前の席の莉奈を見た。莉奈は相変わらず難しい顔をして拓巳が出て行った後を見つめている。