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「んー……まあ、それもある」
少し照れながら、拓巳は空を仰いだ。
「将来……か」
めずらしく真面目な表情になった拓巳の横顔を、莉奈は見つめる。
「どうなるんだろうなあ。まだ俺は何も知らないし、自分が何ができるのかもわからない。ただ……絶対に欲しいもの、があるんだ。だから、それだけを見失わないようにして、それを離さないための未来に進んでいるつもり。それがあれば、おのずと道は見えてくる。なにもしないで手に入れられるものなんてないと思うから、欲しいものがあるなら、やっぱりそれなりの努力をしないと」
「……そうよね。欲しいものがあるなら、まず自分で努力しないとね」
「え……?」
内容をかなりぼかしながら話していたつもりの拓巳は、思いがけず同意を返してきた莉奈に視線をうつす。
と。
傍目から見てもわかるほど、莉奈は柔らかく微笑んでいた。
不意打ちで目にしてしまっためったにない莉奈の笑顔に、拓巳は言葉を詰まらせた。
「あ……うん。だよな、やっぱり、その……」
赤くなった頬を悟られないように、拓巳は前を向いてずんずんと歩き始める。
「それよりさ、おじさんが帰ってくれば、莉奈も寂しくなくなるな」
母親は、莉奈が小さい頃に亡くなっていると拓巳は聞いていた。
五人兄弟の長男である拓巳は、にぎやかな家族に慣れている。だから、莉奈が一人暮らしと知ってなにかと世話をやくようになったのだ。
「別に、私は一人でも平気だもん」
拗ねるような口調で、莉奈は言った。そんな彼女をちらりと振り向いて、拓巳は目を細める。
人前では、なかなかそんな表情は拝めない。
「飯は大勢で食べた方が絶対うまいって。今夜はどうする? うち、来る?」
「ん……、今日はやめとく。テスト勉強もしなきゃいけないし」
意外に付き合いがいい莉奈は、まだ小学生の拓巳の弟妹に妙に好かれている。毎度拓巳の家に招かれては夜遅くまでちびどもに付き合わされているのを知っている拓巳は、彼女の言葉の意味を正確に理解した。
「そうだな。じゃ、明日は来いよ。結果はともかくテストは終わってるし、母さんが近いうちに進級祝いやりたいって言ってたから」
「おばさま、明日はお休み?」
拓巳の母親は、看護師だ。夜勤もあるハードな仕事だが、毎日パワフルに働いている。
「いや。出勤だけど、確か早番だから夕飯には帰ってるはずだ。今日も倒れたなんて知ったら、またすごい量の料理出されるぞ」
一人で暮らしている彼女を心配してくれているのは、拓巳だけではない。
優しく細かい気遣いを母から、芯の一本通った強さを父からそれぞれに受け継いで、拓巳は育ってきた。
「ほどほどでお願いします……じゃあ、明日お邪魔しますって伝えておいて」
門扉に手をかけながら、莉奈が言った。
「拓巳」
「ん?」
振り向いた莉奈は、じっと拓巳をみつめた。
「ありがとう」
「……俺、なんかした?」
「ううん、なんでもない。また明日ね」
「おう。戸締り気をつけろよ」
意外にうっかりしたところのある莉奈は、時々、玄関の鍵をかけ忘れることがある。女性の一人暮らしでそれは致命的なうっかりだ。拓巳は、口うるさいと言われようとそれだけは毎回注意をすることをやめない。
莉奈が家に入ったあと、施錠の音を聞き届けてから、拓巳はその向かいにある自分の家のドアへと向かった。
第一章終わり。さくさくいきましょ。