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それでもまだためらう莉奈に微笑むと、ジーンはその細い体を一度強く抱きしめた。それから、くるりと彼女を回転させて自分に背を向かせると、とん、とその背を押した。
「さあ、行っておいで。どんな名前で呼ばれても、どんな空の下にいても、お前が私の大切な妹であることは一生変わらない。この星がお前の故郷であることも。いつでも、お前が笑顔でいることを願っている。彼となら、きっとその願いも難しくはないだろう?」
「でも……」
押された莉奈は、二、三歩たたらを踏んで振り向いた。ダメ押しとばかりに、ジーンは少し意地悪な笑みを作ってみせる。
「もちろん、嫌になったらいつでも帰っておいで。あんなやつよりずーううっといい男をその髪の数だけ用意してやろう。……ほら、早く行かないと、船が行ってしまうよ?」
その笑顔を見た莉奈は、ぎゅっと唇を引き結んだ。
短い髪が勢いよく広がって、しゃらりと飾り物が音をたてる。
その瞳に、強い光がきらめいた。
彼女は、決めたのだ。
離れた距離を駆け戻って、莉奈はジーンの首に飛びついた。
「行ってきます! ごめんなさい、兄様。私もずっと……ずっと愛しているわ!」
きつく抱きついた腕を離して、莉奈は泣き笑いのような顔で精一杯微笑んだ。そして、軽やかに衣服の裾をひらめかせながらその身をひるがえすと、目の前の船に向かってまっすぐに駆け出していった。
「花嫁衣装、ですな。やはりティナ様にはよくお似合いになる」
背後から聞こえた声に、思いっきり眉間にしわを寄せてジーンは振り返る。
自分も一瞬そう思ってしまったことが、なんだか悔しい。王族の正装であるそれは、もちろん、婚礼の際には王の花嫁が着る衣装になることもある。
「よく、思い切りましたね。ティナ様は、帰って来ませんよ、きっと」
「……かもな」
「まあ、行っていただかなければ、わざわざオートマの宇宙船にあんな長いカウントダウンを設定したかいがありませんが」
飄々としたタレードの言葉に、ジーンは苦笑する。
二人の見ている先で、莉奈が小さな扉を開くと、そこにあったレバーを力いっぱい引いた。大きな卵が、一瞬だけ、真っ赤に光る。そして、手動で開けたハッチに、莉奈は勢いよく飛び込んでいった。
一度も、振り返らずに。
いつかはこんな日が来るだろうとは思っていた。その時がきたらもっと身も世もなく悲しむものだと想像していたが、彼の胸を占めるのはそんな寂寥感ばかりではなかった。それがジーンには、嬉しかった。
ため息に紛れたつぶやきが、ジーンの口から洩れる。
「あの時」
彼を、船に乗せた時。ティナは、それは烈火のごとく怒って飛び込んできた。
「ティナが怒鳴るところなんて、久しぶりに見たよ」
両親が死んでから、莉奈はあまり感情を表に出すことをしなくなったことに、ジーンは気づいていた。多忙な兄のそばにいるためには、普通の子供のように感情の赴くままに思いをぶつけることなどできないと、わずか五つや六つだった莉奈はどんな思いで考えついたのだろう。常に兄の役に立つことだけを幸せとして彼女が生きてきたことを、ジーンは知っている。自ら政治学を学び、機械に関する技術を身につけて、いつか兄の片腕となれるよう莉奈は勉強を怠らなかった。