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「……莉奈」
聞きなれた声にいつもと違う名で呼ばれて、莉奈が緩慢に振り向いた。
その頬に、とめどなく涙が流れているのを見て、ジーンは瞠目する。泣いていることに自分で気がついていないのか、莉奈はその涙をぬぐうこともしない。
「なあに?」
兄を仰ぎ見る憂いを帯びた表情の莉奈は、もうジーンの知っている無邪気な少女ではなかった。
暗いその瞳に強い喪失感を読み取って、ジーンの胸はちくりと痛む。
そう。痛むのだ。
俺は、この子にこんな顔をさせたかったわけじゃない。
それを自覚すると、大きくため息をついてジーンは自然と微笑んだ。
「行かないのか?」
「……え?」
「あの時は、すごい形相で彼を追って行ったじゃないか」
からかいを含むジーンの言葉に、莉奈は戸惑う。
「あの時は、ただ、拓巳が心配で……」
「今回だって、もしかしたら地球に着くまでに隕石にでもぶつかってしまうかもしれないよ?」
「悪い冗談はやめてよ」
柳眉をひそめる莉奈にかまうことなく、ジーンは続けた。
「もう会えないなら、生きているのか死んでいるのかなんて、わからないだろ。二度と会えないっていうのは、そういうことだよ」
「……でも、拓巳は……」
「あの坊主のことはどうでもいいんだ。お前は、どうしたい?」
その言葉に、莉奈は静かにうつむいた。
一緒にいたいと言ってくれた拓巳の言葉に、莉奈の胸は震えた。拓巳と一緒に、行きたかった。けれど、ジーンから離れることも、莉奈にはできなかった。
莉奈にとって、ジーンは誰よりも大切で生きる支えだった。それは兄にとっても同じだということを、彼女は知っている。だから、どれほど張り裂けそうな胸の痛みにさいなまれても、毎晩部屋で一人泣き明かしても、結局、莉奈はこの星を離れることを、どうしても選べなかったのだ。
「行かないのか?」
もう一度、ジーンが同じ質問を口にする。
「お前がいつでも私のことを思ってくれていると、ちゃんと私は知っている。だから、もう、いいんだ。……彼と、行きなさい」
莉奈は、はっ、と顔をあげた。
「いつの間にか、そんな風に泣くようになったんだね」
ジーンは、その頬の涙を静かに指でぬぐった。
いかないで、お兄ちゃん、と泣きじゃくって手を伸ばしてきた幼い少女は、もういない。
「小さい頃から、たくさんの我慢をさせてしまったね。お前の存在に、どれほど私が救われたかわからない。おかげで、私はいつでも前を向いていられたよ」
「私こそ! 兄様がいたから、兄様と一緒にいたくて……」
「うん。知っているよ。そのために、お前がどれほどの努力をしてきてくれたか。でも、もういいんだ。この星も落ち着き、ダークマターの問題も解決した。だから、お前は、もうわがままくらい言ってもいいんだ。愛しているよ、莉奈」