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「莉奈、具合どう?」
校門前で所在無く壁にもたれていた拓巳が、校舎から出てきた三人の姿をみつけて駆け寄ってくる。
「今は、平気」
「じゃ、拓巳、よろしくね」
「莉奈、気をつけてねえ」
「おう。高瀬、二ノ宮。また明日」
「じゃあね」
二人を見送って手を振っていた莉奈が歩き出すと、拓巳も隣にならんで歩き出す。
「なんだよ。まだ怒っているのかよ」
「どういうことか、まだ聞いてない」
振り向きもせずに歩き続ける莉奈に、拓巳は途方にくれる。こうなると、表面に出ない分、莉奈の怒りは深い。
「ごめん、て。あれを本当に信じるなんて思わなかったんだよ」
「つまり、あれは嘘だったってこと?」
「ぴんぽーん」
莉奈の見返った先で拓巳がへらりと笑った。
「し、信じらんない……私、ずっと信じて……」
ほんのり赤くなった頬で声を震わせる莉奈を見て、不謹慎ながら拓巳は嬉しくなる。拓巳と二人きりの時にだけ、莉奈はわずかながらも無表情ではなくなる。
「だから、ごめんて。いいじゃん、別に誰にも迷惑かけて……」
「いる! こっちはホントに大迷惑!」
怒りで紅潮した顔をまじまじと見た拓巳は、のんきな声を出す。
「お前さー、いい加減、高瀬たちの前でも、それ、出したら?」
出鼻をくじかれて、一瞬莉奈が鼻白む。
「……今更」
「別に気にしないと思うぞ、あいつらは。むしろ、喜ぶって。絶対」
莉奈は、決して感情がとぼしいわけではない。転校してきたばかりの頃、口数の少ない莉奈に周りが作り上げた虚像を、友人を作るのをめんどうくさがった彼女はそのまま利用しておしとやかなお嬢様で通してきたのだ。
だが、みちるたちと仲良くなってきたことで無表情の仮面が崩れつつあるのを、莉奈自身も自覚している。良くない傾向だ、と思うとともに、そう思ってしまうことが少しさみしいのも事実だ。
今のところ、莉奈がおさえつつも感情を表すのは、拓巳の前でだけである。
風に揺れた長い髪をひとまとめにしながらため息をつく莉奈を見て、拓巳もそれ以上言葉を重ねることはしなかった。
「おじさん、いつ帰ってくるって?」
話をそらして、拓巳は歩き出した。莉奈は、返答をごまかした拓巳にまだ釈然としない思いはあったものの、それ以上話が続かなかったことに安堵もして拓巳の隣を歩き出す。
「十日後、かな」
「今はどこにいるんだっけ?」
「さあ。アメリカのどこかの大学らしいけれど」
「かっこいいよな。宇宙航空学だっけ? 俺も、一時期は宇宙飛行士、あこがれたんだけどなー」
「ただの研究員よ。でも……そうなの?」
「何が?」
「拓巳、宇宙飛行士になりたかったんだ」
「あー、うん。小学校の頃だけどな。今でも、正直興味ないこともないけど……他にも興味のある職業とか、いろいろ出てきちゃったし」
「警察官?」
拓巳の父親は警視庁の刑事だ。拓巳とは違い真面目で頑固な性格だが、部下には広く慕われている。そんな父親を拓巳が密かに尊敬して、今は警察官を目指していることも莉奈は知っている。