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開いたドアからゆっくりと足を下ろしたのは、拓巳が見たことのない衣装に身を包んだ莉奈だった。
短いけれどもつややかな髪には、小さく透明なガラス様の飾りがたくさんついていて、彼女の動きに合わせてしゃらしゃらと涼しい音をたてている。幾重にもドレープを織り込んだ服装は、大量の布を使っているにも関わらず、重さを感じさせることなくふわりとその体を包んでいた。
薄青く染められた布を色とりどりの刺繍で埋め尽くした贅沢な衣装は、この星における王族の正装である。はんなりと独特の化粧をほどこした莉奈は、輝くばかりに美しかった。わずかに視線を落として、歩を進めてくる。
微動だにしない拓巳の前にたどりついた莉奈は、顔をあげないまま膝をついて両腕を組み深く頭をたれた。目上の者に対する、正式な礼だ。
「梶原拓巳様」
特に大きい声を出しているわけでもないのに、小さな唇からもれた澄んだ声は晴れた空に凛と響いた。
「こたびのあなたのご尽力に、心より感謝をささげます。あなたは、命を賭してこの星をお救いくださいました。このことを知るポーラム人は、生涯あなたのことを忘れないでしょう」
朗々とした謝辞を聞いて、タレードと、莉奈に続いて車から降りたシルスも同じように礼をとる。
「よ、よせよ。それほどのことは……」
「してくれたんだよ、君は」
ジーンが、簡略な礼のかたちをとりながら言った。
「道中の無事を祈る。地球での君の未来が、幸せなものとなるよう」
「……あなた、たちも」
視線をジーンに向けたまま、拓巳はかすれる声で告げた。互いに、再会を約束する言葉は口にしなかった。再び会うことはない。拓巳が地球へ帰れば、それで彼らのつながりは切れるのだ。
拓巳は、礼を戻してたたずむ莉奈に振り向く。美しく彩られたその表情からは、なんの感情も読み取れなかった。
初めて会った時のようだと、拓巳は思う。
そんな莉奈に惹かれ、そしてまた、本当の彼女を知ってからも惹かれ続けた。これほどまでに、自分よりも大切だと思えた人は初めてだった。
拓巳の本当に手に入れたかった、たった一つの願い。
けれど。
「さよなら、莉奈」
「……さよなら。ありがとう、拓巳」
二人の間にあった会話は、それで終わりだった。
拓巳は、しばらくの間まぶしそうに目を細めて莉奈を見つめたあと、彼女に背を向けて船に向かって歩き始める。
「さようなら……拓巳……」
莉奈は、胸の前で握り締めた手に力をこめた。小さく呟くように繰り返された声は、風に乗ってジーンにも届く。
ジーンは、ここに来てまだためらっていた。あれから、考えて考えて、決めたはずなのに。それでも。
その話を切り出すことは、ジーンにとってはとんでもなく勇気のいることだったのだ。