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「わり。嫌な質問だった」
莉奈の動揺をどう察したのか、彼女が口を開くよりも早く拓巳はへらりといつものように笑った。けれど、その笑顔の中に、莉奈は一抹のさみしさを見つけてしまう。
「お前にとっては、特別な人だもんな。比べるのもおこがましいとは一応思ったんだけど、まあ、言うだけならただだし。……やっぱ、だめかー」
「……兄様、は、たった一人の、私の家族で……誰よりも、大切な人で……私、いつか兄様の、力になりたくて……そのために……だから、私……」
ぽつぽつと、莉奈は言葉を紡ぐ。考えがまとまらない。
兄とともにいること。両親がいなくなってから、それだけが莉奈の行動のすべてだった。無茶をするのも、ただ、それだけのため。兄から離れることなど、考えたこともない。
だが……
莉奈は、自分の中に渦巻く想いに混乱する。
「うん、わかってるよ。困らせるつもりはないんだ。お前を連れて帰りたいってのは、俺のわがままだから。お前がジーンさんのことをどれほど大切に想っているかも知っている。でも、もし……もしも、そのジーンさんよりも、俺を選んでもらえたら……そうしたら、お前と一緒にいられると思った」
国交を開いているとはいえ、異星人に敏感なこの星に拓巳が残るのは難しい。ましてや莉奈は、王女だ。拓巳の存在が、いつ何時、莉奈の立場を危険なものにするかもわからない。
ひどく優しい目になった拓巳は、戸惑う莉奈を静かに見下ろす。
「お前のこと忘れないだけでも、すごいラッキーなんだろうけどさ……それだけじゃ、足りないんだ。話をして、声を聞いて、この手で触れて……そんなことが全部できる、お前が、いないと」
拓巳は、その指を短い莉奈の髪にからませる。愛おしむように。その感触を、忘れないように。
そんな拓巳に、莉奈は、なんと言葉を返したらいいのかわからない。ただじっと、拓巳を見つめたままその言葉に耳を傾ける。
「誰よりも……好きだったよ」
過去形で告げられた言葉に、莉奈は拓巳が別れを告げていることを、痛切に実感した。
莉奈の願いどおりに、拓巳は彼女の記憶を持ったまま地球へ帰ることができる。地球には拓巳の家族がいて友達がいて、日常がある。そこに戻ることが拓巳にとっての幸せだと、莉奈にもわかる。
でもそこに、私はいない。二度と、会えない。
莉奈の瞳に、じんわりと涙が浮かんだ。
「拓巳……」
「ティナ」
拓巳はまたその名で呼ぶ。彼女の、本当の名前。ポーラムの人間である、彼女の。
「俺が欲しかった未来には、いつも必ずお前がいた。まさか自分が、命を懸けてもいいと思うほど好きになれる誰かがいるなんて、考えてもいなかったよ。お前のこと、一生、忘れない。地球に帰っても、きっと星空を見るたびにお前を思い出すよ」
髪に絡めていた指をほどいて、拓巳は莉奈の頬にその手をすべらせる。
「この星で……幸せに、誰よりも幸せに、生きて。いつでも、それだけを、願っている」
そうして微笑みながら、ゆっくりと、莉奈へと顔を近づけた。
そっと目を閉じた莉奈の目から涙があふれて、薄闇の空間へと散っていった。
第六章、終りです。お疲れ様でした。あとは、軽い気持ちでエピローグをば。