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オペレーションルームでも、その結果は確認されていた。
小さくはなったものの、ダークマターは依然として、モニターの中心に存在している。
「……くそっ!」
めずらしく苛立ったように、ゼダがモニターに手を振り下ろす。
「だめか……」
「でも、あれくらい小さくなれば……」
「いや、たとえ小さくても反物質のままなら……」
さまざまな声がルームの中を飛び交う中で、ジーンは声をはって指示を出す。
「ザール、軌道の確認をしてみろ。進路はどうなっている?」
「……進路、変わらず。ですが、速度がかなり上がっています。このままでは……約一ヶ月後には……この星に……」
その期限の短さに、オペレーションルームにざわりと動揺が走る。
今回のオペレーションに全力をかけてきたのはもちろんだが、万が一のための代替案ももちろん用意していた。
だが、残り一ヶ月。想定外のその短さでは、どの案も間に合わない。
「切迫、だな」
言い濁した研究員の言葉を引き取って、ジーンは苦々しく言った。
一番確実で簡単なのは、あの反物質に直接相対する質量をぶつけることだ。
しかしそのためには、今度こそ犠牲になる人間が必要になる。
「ジーン」
呼ばれて、ジーンは我に返る。彼に声をかけたのは、いつもの飄々とした顔に戻ったゼダだった。
「一つ、宇宙船をもらっていいか?」
その言葉の意味を読み取って、ジーンは表情をこわばらせた。
「ゼダ……」
「でかいやつがいいなあ。ちょうどティナ達がのってったやつ、あれくらいの」
「……だめだ。それを許すわけにはいかない」
莉奈が地球へ行っている間も、誰があの船に乗るかで二人はさんざんの議論を繰り返してきた。その間一度も、ジーンがゼダに是と答えたことはない。
「守るんだろ? この星を」
穏やかになったゼダの言葉に、ジーンはぎり、と奥歯を噛んだ。
「……いや、まて、もう一度計算をしてみよう。陽子量の抽出を……」
「間に合わないことは、わかっているんだろ」
ジーンは、いらいらと頭をかきむしる。
「くそっ……やはり、連邦に頼らないとダメか……」
それだけは、避けたかった。だが、こうなってはジーン達にできることはもはや残されていない。
あとは、今回の事態を静観している連邦に打診するしかない。
何も手を打たずに、彼らがこの様子を見ているだけのはずがない。きっと、あれほどに縮小した反物質なら、消すことも可能な案を用意していることだろう。
だが。それは……
「ジーン」
その考えに傾きかけているジーンに、ゼダは決して言ってはいけないとわかっている言葉を放った。
「お前の両親は、何のために命をかけた? こんなことで、その死を無駄にする気か?」
「!」
それが、ジーンにとっては最も辛辣な言葉であることを、ゼダは知っていた。だが、彼に決心させるには、それしかないことも、ゼダにはわかっていた。
長い長い沈黙が、二人の間に落ちる。
誰も、口を開くことも、動くこともできなかった。
そして、悩む時間がないことも、ジーンは知っていた。
その体が細かく震えだすのを、ゼダは黙って見ていた。
片手で顔を覆ったジーンの指の間から、抑えきれない嗚咽こぼれる。静かなルームに響いたそれは、次第にスタッフの中にも広がっていった。
『この星を、頼む』
あの日、父王はジーンにそう言い残していった。連邦の正規軍が到着するまでの、その間に失われるであろう命を救うために。ジーンが王に足る人物であったことが、皮肉にも父王に決意をさせる決め手となってしまった。あの後姿を、ジーンは忘れない。
だから、もうジーンに、この星の王に残されたのは、たった一言しかなかった。
「ゼダ…………………………すまない…………」