- 8 -
「それ聞いて、ああ、見た目よりはずっといい人だな、と」
照れたように話す拓巳を、莉奈は意外な思いで見返す。
あの、タレードが?
ポーラムに関係のない人間だから、拓巳をここへ送り込んだと莉奈は思っていた。計算高い男だから、その可能性も皆無とは言えない。でも、だからと言って拓巳がただ死んでいいとは思ってはいないようだ。
麻酔から覚めて怒髪天を衝いていた時は、次に会った瞬間には絶対飛び蹴りしてやる、とお嬢さまにあるまじき決意をしていた莉奈だった。だが拓巳の話を聞いて、蹴飛ばすくらいにしておこうと思いなおした。
「見えたぞ」
緊張した拓巳の声に、莉奈は振り向く。正面にあるモニターは、真っ黒だった。それこそが、彼らの目的。
「シールドは?」
拓巳の言葉に、莉奈はパネルに目を走らせる。
「シールド確認。よかった、誘導波は正常だわ。……3、2、1、接続」
「よし、準備OK。あとは月を待つだけだ」
モニターには、大きめの影が2つ、静かに近づきつつあった。もうすぐ、その影がひとつになる。二人の視線は、なんとはなしに正面のダークマターに向けられた。
暗闇にちりばめられている星が、その部分だけ切り取られたように何も見えない。しばらく言葉もなく二人はそれを見つめていた。闇の周りの星達が、規則的に消えたり現れたりしている。
それは、心臓の鼓動と良く似ていると拓巳は思いつく。
「なあ……あれ、もしかして生きているのか?」
「ええ?!」
叫んだ莉奈も、その言葉が一番当てはまるようなダークマターの動きに、しばし見入る。その規則的な動きも研究の途中で様々な解析がなされてきたが、そんな解釈を聞いたのは初めてだ。
「莉奈さ、前に霧状の宇宙人もいるって言ってたじゃん?」
「いるわ。かなり原始的な生命だけど……あれも、そうってこと?」
「可能性がないわけじゃない」
「だって、反物質よ? 物質に当たって消滅するだけの生き物って……何のために存在するの?」
星のかけらに触れる度に、自爆しながら少しずつ消えていく反物質のダークマター。宇宙を漂い、自分の体を費えさせていくだけの存在は、二人の考える生命の存在意義とはあまりにもかけ離れすぎていた。
「さあな。まだまだ宇宙は神秘に溢れています……なんて、陳腐な言葉で説明つくことじゃないけれど……あれはあれで、なにか意味のあることじゃないの?」
「想像つかない……」
「そもそも、あれがどうやって発生したのかからしてかなりの謎だしな……っと、時間だ」
モニターのランプがレッドからイエローに変わっている。2つの影が、今まさに一つになろうとしている。ここからが本番だ。
拓巳は体を固定していたベルトをはずすと、立ち上がって振り返った。
「莉奈、こっちこいよ」
「え? 私はここでもいいよ?」
「いいから」
そう言って拓巳は、今まで自分が座っていたシートを莉奈に示す。