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拓巳が、遠慮がちに莉奈の髪に手をのばす。
「痛く、ないのか……?」
「痛いわよ! 切っている間、涙が止まらなかったわよ! どうしてくれるのよ、責任取りなさいよ!」
「俺の、せいか……?」
「そうよ! 拓巳のせいなんだから!」
自分でやったことにもかかわらず、髪を切るという行為のショックと痛みで、莉奈は普段からは考えられないくらい取り乱していた。この状態で、よく出発まで気付かれずにいたものだ、と拓巳は頭の隅で冷静に考える。
だがその思考も、ほんのわずかな間に消えた。
今、拓巳の胸を一杯にしめている思いは。
「ごめん……もう、泣くなよ」
髪の先に触れないように注意して、拓巳はその細い体に腕をまわした。すすり泣きに変わった莉奈が、小さく言った。
「……嫌、なの……何も、できないまま、大切な誰かが、いなくなってしまうのは、もう、嫌なのよ……」
か細い声は、マイクに拾われてジーンにも届き、その胸を刺した。
あの日、莉奈の眠っている間に、父母は消えた。見送ったのはジーンだけだ。
拓巳は、大きくため息をつく。
「俺は、いなくなんかならないよ。ったく、せっかくの計画が台無しだ……」
呟いた拓巳は、顔をあげてモニターに振り向いた。その目の中に、さっきまでとは比べ物にならないほど強い決意の光を、ジーンは見た。
「必ず、成功させます。何があっても、たとえ俺の命にかえても、こいつだけは無事で帰します」
「それではだめだ」
ジーンは、あえて拓巳だけに向かって言った。
「君も一緒に戻ってくるんだ。でないと、ティナが悲しむ」
その言葉にふっと笑った拓巳は、わかりましたと伝えてモニターを切った。
莉奈の姿が視界から消えて、ジーンはつめていた息を吐き出した。今、目にした光景をあらためて思い出す。
あれは……誰だ?
「ジーン」
気遣わしげにかかったゼダの声にも、ジーンは顔をあげない。
「ティナは…………あれが、今のティナ、なのか」
あれほどに感情を露わにしたティナを見たのは……おそらく両親が死んだ時以来だ。あれからティナは、まわりを気遣って自分の感情を押し殺し続けてきた。だが、それはこの混乱のための一時的な状態で、いつかこの星が本当に落ち着いた時には、彼女も子供の時のように無邪気な少女に戻ってくれると信じていたのだ。
ジーンは、それがただの自分の願望に過ぎなかったということを、彼女の行動で思い知らされた。
静かなゼダの声が降ってくる。
「ティナは、自分で選んだんだ。なら、今、お前にできることはなんだ?」
だらんと下げた手を、ジーンはぐっと握り締めた。
後悔はしない。そう決めて、彼を宇宙船に送り込んだ。同じように、彼女も選んだのだ。ならば。
今の自分にできることは。
「わかってる。大丈夫だ。……ありがとう、ゼダ」
無事に、帰って来い。二人とも……
つかの間目を閉じて祈ると、ジーンは自分の成すべきことをするために、猛然とパネルをたたき出した。
「無茶するなあ」
「だって……」
すん、と鼻を鳴らしながら、やっと泣きやんだ莉奈は拓巳を見上げてにらんだ。
「みんなして私のことのけものにして。あったま、きたっ」
「俺のせい……なんだよな」
拓巳は、目を細めて腕の中の彼女を見つめる。彼女が泣きやむまで、泣きやんでからもずっと、拓巳は彼女をその腕に抱いたままだった。
「そうよっ。……拓巳が一人で行ったって知ってから、胸が苦しくなって……涙が……あれ? 私、髪を切る前から泣いていたっけ……?」
それも忘れるほど、その時の莉奈はあせっていた。
早く行かなければ、拓巳が行ってしまう。自分を置いて一人で。あせる心とはうらはらに、驚くほど冷静にディルに一世一代の嘘をつけた。震える手ではさみを握っても、迷いはなかった。