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「……拓巳君」
「はい?」
「……無事に、帰ってきてくれ」
低い声に、拓巳は瞠目する。
「はい」
モニターの向こうに見えたジーンの瞳は、まっすぐに拓巳を見ていた。私情抜きでそう言ってくれているとわかるジーンに、拓巳は微笑みを返す。
「大丈夫ですよ。こう見えても俺、結構しぶといんです。ばっちりダークマターを消して、とっとと帰ってきますよ」
気を使われている、と気付いて、ジーンは自嘲した。自分がこんなことではいけないな。そう、そのために、彼は行くのだから。
「そうでないと、ティナの怒りの矛先が全部私に向いてしまうからね。戻ってきたら、半分くらいは君が引き受けてくれよ」
ジーンの言葉に、思わず拓巳は吹き出した。
「やっぱり、実の兄でも怖いんですか? あいつが怒ると」
「実の兄だからこそ、その怖さを知っているんだよ。知ってるかい? あの娘は、あれでいて結構感情的なところがあるんだ」
ため息混じりに落とされた言葉に、知っています、と拓巳は笑った。
拓巳は、地球で莉奈が怒った時のことを思い出す。人前で怒るときの莉奈はよく、罵倒もせず凍えるくらい冷ややかな目を拓巳に向けたものだ。それはそれで壮絶に美しかったが、二人だけの時に見せた感情的な怒り方も、拓巳は結構好きだった。
「あいつ、冷静なようでいてホントは……」
言いかけて拓巳は、モニターの中のジーンが驚愕の表情に変わったのに気が付いた。その理由を問う前に、上から降ってきた細い腕が拓巳の体にまわされる。
「拓巳のばか! 何考えているのよ!」
「……莉奈?!」
自分の顔に回された腕をとって振り返った拓巳は、予想外の莉奈の登場とその姿に唖然となった。
真っ赤に泣きはらした目をした莉奈の髪は、ばっさりと肩よりも短く切られていた。
ポーラム人と地球人の一番顕著な違いは、その髪だ。感情のままに動くその髪の中には、腕や指と同じようにとは言わないまでも弱い神経が通っている。だから莉奈は、地球にいた時も髪に触れられることを嫌った。彼女たちにとっての髪は、地球人が考える以上に体の一部なのだ。
「それ……」
立ち上がった拓巳は、だがそれ以上の声をかけられない。切られたばかりのその先は、莉奈の動きに合わせて身悶えるように震えていた。それは見ていてあまりにも痛々しかった。
「ばかばか! 本当に大ばかよ! 何で一人でこんなところにいるのよ!」
固まったままの拓巳の胸を叩いて、莉奈はぽろぽろと泣き続ける。
「ティナ……」
掠れた声でモニターから呼ばれ、莉奈は兄に視線を向けた。
「兄様、私も拓巳と一緒に行く。ここまで来たら、もう引き返せないわ」
「その、髪は……」
「こうでもしなければ、兄様をごまかすことなんてできなかったから、だから……」
自分がおとなしく部屋にいると思わせるために、莉奈はその髪を切り取りベッドにばら撒いて、あたかもそこで寝ているように細工したのだ。
いつの間に……
とある可能性に気づいたジーンは背後を振り返る。と、真っ青な顔をして震えているディルがいた。
「ディル……」
「だって、話をするだけだって……」
部屋からでる手助けをしたのは、ディルだ。ディルとて、最初からそんなつもりで莉奈に会いに行ったのではない。倒れた莉奈を心配して、こっそりと様子を見に行ったのだ。少し話をするだけ、という言葉を疑いもせず、見張りの気をそらしたのは彼だ。まさか莉奈がそんな格好であの船に乗るなんて思ってもいなかった。