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「でも! 確かに危険ではあるけれど、ちゃんと帰ってこられるわ! だから私が……」
「そうです。帰ってこられる可能性は0パーセントではありません」
言質を取られた。
そのことに気付いて、莉奈は唇をかむ。
「どうか、彼を信じてお待ちください。……誰か、ティナ様をお部屋へ」
「いや! それなら、私も一緒に行く!」
そう言ってオペレーションルームを飛び出そうとした莉奈は、つんのめるような仕草でたたらを踏むと、そのまま床に倒れた。
「ティナ!」
切羽詰まったようなゼダの声に振り向いたジーンは、タレードの手に握られた銃を見て勢いよく立ち上がった。
「何を……!」
「ご心配なく。軽い麻酔です。すぐに目を覚まされましょう」
倒れた莉奈を、ディルは青ざめた顔で見ている。
タレードは近くにいた研究員に、ティナを部屋まで運ぶように命じた。心配げな顔で見送るジーンを振り向いて、タレードは表情を変えずに言った。
「さあ、最後の調整に入りましょう。失敗はできません」
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「……えーと、この数字はこれでいいのかな……いーち、にーい、さーん……」
専用ポータブルパネルとモニターを見比べながら、拓巳は宇宙船のチェックをしていた。それは、ディルや他の研究員たちが最低限の必要事項を拓巳にもわかるように記述した、必殺虎の巻だ。宇宙船の操作なんて、まだ拓巳にとっては、わかることよりもわからないことの方が圧倒的に多い。
それでも拓巳は、一つ一つ丁寧に照らし合わせて確認していく。
と、呼び出し音が鳴ってモニターにディルが映った。
「データはどうだ。うまく作動してるか」
「いーんじゃないかなー。今のところ正常に作動しているみたいだ」
「お前……気楽なやつだな」
「気重にしてもしょうがないだろ。それよりちょっと教えてくれ」
それから拓巳は、いくつかの確認をディルとした。
誰でも操作できるように、システム自体が簡略化されていたのが幸いした。拓巳が乗ることが決定してからは、さらにエンジニアたちによる不眠不休の改造がなされてきた。
シールドを張るための小型衛星は、既にそれぞれが所定の位置についてダークマターを覆っている。予定では、シールドのギリギリまで船で近づいて、そのシールドの中にカテラルムライトを差し込み、陽粒子の照射をおこなう。
「……OK。準備は完了だ。こちらの微調整が済み次第、出発してもらう。それまで楽にしてていいぞ」
ディルの気を使うような言い方に、拓巳は少し意外な気がしたが短く、おう、と返答した。だが、ディルはそのままモニターを切らずに、じっと拓巳を見ている。
「どした?」
「……怖くはないのか?」
小さく、ディルが聞いた。拓巳は、その顔が微かに青ざめていることに気づいた。怖いのは、ディルの方らしい。
ディルは、この船に乗ることを志願しなかった。できなかった。
「怖いよ」
あっさりと、拓巳は答えた。
「俺だって、若いんだぜ? まだまだ人生これからのぴちぴち十六歳なんだぜ? 人生棒にふる気は全然ないよ」
茶化すような言い方の拓巳を、ディルはじっと見ている。その顔を見て、ふっと拓巳は柔らかく微笑んだ。
「だけど、今やらなかったら俺はきっと一生後悔する。それは、もっと怖いことなんだ」
「……そうか」
「がんばろうぜ。相棒」
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