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「兄様、どういうこと?!」
オペレーションルームに駆け込んでくるなり、髪を根元から逆立てた莉奈が叫んだ。毛先が激しく揺れる様は、そのまま莉奈の怒りを示していた。
詰問されるだろうことを予想していたジーンは、だがその予想外の剣幕に、瞬間手を止めた。その背が、ぽん、と叩かれる。振り向くと、ゼダが穏やかに笑って頷く。
それにぎこちない笑みを返したジーンは、彼女に気付かれないように深く息を吸うと、振り向くことなく再びパネルの操作を続ける。
「今は取り込んでいる。後にしてくれないか」
「だから! なんで拓巳があれに乗っているの?」
計画実行の当日。指定された時間に研究所を訪れた莉奈の目に入ったのは、既に発射準備が完了している例の宇宙船だった。それだけでも驚いたのに、中に乗っているのが拓巳だと聞いて莉奈は愕然とした。
そんな莉奈に、ジーンは何もこたえない。
「兄様!」
「ティナ様」
背後からタレードが、莉奈の腕を取る。
「こちらへ。邪魔をしてはなりません。この星が助かるかどうかの、大事な時なのですから」
「そうよ。ここは私たちの星なの! 拓巳は関係ないじゃない」
「あいつが、自分で行くって言ったんだ」
一際高い席からディルが言った。その間も手はとまることなく、彼の周りに張り巡らせた半透明のパネルを操作している。
「どうして止めなかったの!」
「お前なら、止められてやめるのか?」
醒めた目で言ったディルの言葉に、莉奈は二の句がつげなくなる。
「ジーン様は、この星のためを考えられて、こうなさったのです」
淡々と言うタレードを、莉奈は鋭い目つきでにらみつける。
地球人である拓巳が、一人でのこのこと行っても簡単に船に乗れるわけがない。宇宙船すら見たこともない星系の人間だ。莉奈はここへきてやっと、拓巳が莉奈と離れて一人でなにをしていたかを悟った。
「みんな……知っていたのね。最初から……そのつもりで……ゼダ!」
睨んでも、ゼダは相変わらず飄々として、肩をすくめるだけだ。他の研究員も、忙しくパネルを操作する振りをして誰も目をあわせようとしない。
自分で行くと決めた莉奈がまた無茶をしないように、その要求を認めた振りをして、実は拓巳が船に乗るように準備は水面下で進められていたのだ。
「取引をしようと言い出したのは、彼の方です」
タレードの言葉であることに気づいた莉奈が、はっとしたように目を見開く。
「まさか……」
「自分が行くから、その代りに、記憶を消さないで欲しい、と。われわれは、その条件を飲みました」
「な……!」
絶句する莉奈に、タレードは続けた。
「国がようやく落ち着いてきて、あの悲劇は過去のものになろうとしております。今また、ティナ様まで失われることになれば、国民は動揺します」
ジーンを国王に、莉奈を王女に。彼らの両親は、国民すべてに愛されていた王だった。お互いに寄り添いながらそのあとを継いだ兄妹の姿は、国民にただ愛されるだけではなく、常に国の復興のシンボルだった。
沈鬱は無気力をうむ。明るさを取り戻しかけたこの星の未来を、また闇に包むことだけは避けなければならない。
だからこそ、無茶ともいえる拓巳の搭乗を、研究所員全員でバックアップしてきたのだ。罪悪感にさいなまれながらも、彼らは、どうしても莉奈を危険にさらすことができなかった。