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星空の船  作者: 和泉 利依
第五章
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 何も説明は出来ないとしても、説明できないということだけでも言ってくればよかった、と、今なら思える。もう、遅いけれど。

 そこで莉奈がついたため息の意味を、拓巳はかなり正確につかむことができた。

「大丈夫だろ。お前が変わっているのはいつものことだし。……次に会ったときには、怒られることは覚悟しておけよ。でもきっと、ごめんねって言ったら許してくれる。今度こそ、本当のお前で付き合えばいいんだ」

 微笑んで言った拓巳に、莉奈は泣き出しそうな笑顔を返した。

 彼女達に二度と会えないことを、莉奈は知っている。


「私、傷つけてしまったのに、謝ることもできないのね……」

「あいつらはいつまでも、お前を待っているよ。お前を嫌いになんてならない」

「拓巳にも、覚えていて欲しいのよ」

 たとえもう二度と会えなくなるとしても。

「まるっきりお前のこと忘れるわけじゃないし……俺は、忘れないよ。本当のお前を」

 そう言って笑う拓巳を、じっと莉奈は見た。どんなに拓巳がそのつもりでいてくれても、それは不可能なのだ。

「嘘」

「なんだよ。俺の言うことが信じられないのか?」

 苦笑しながら立ち上がる拓巳に、莉奈は頬を膨らませる。

「だって、記憶除去されたら、この星のことも今の私のことも覚えてはいられないのよ?」


 拓巳が地球に帰る時は、操作された莉奈の記憶しか持つことができない。確かにまったく忘れてしまうわけではないが、あのころの莉奈は、自分を隠し続けた莉奈でしかない。それは、拓巳の言う『本当の莉奈』ではないのだ。そう考えると、莉奈はなんだか胸が苦しくなってくる。

「やってみなきゃわからないじゃん」

「そんな……」

 莉奈自身も、なぜこんなに苛立つのかわからなかった。

「でも…………拓巳? 何してるの?」

「ん? ちょっと」

 拓巳は、莉奈の目の前で靴を脱ぎ、パンツの裾をめくりあげていた。

 今の拓巳が着ているのは、シンプルなシャツにパンツルックという、ポーラムの一般的な服装だ。


「気持ちよさそうだから、入ってみようかと思って」

 そう言っている間にも、拓巳はすたすたと水際へと近づいていく。

「まだ、水、冷たいわよ?」

 今の季節、フィタは初夏にあたり、まだ気温も水温もそれほど高くない。それを気にした風もなく、拓巳はざぶんと足を踏み入れた。

「わ、冷めて!」 

 ひんやりとした水が、拓巳の足にまとわりつく。地球のそれに比べると、あまり抵抗がない。

「おー、思ったよりさらりとした水なんだな」

 じゃぶじゃぶと波打ち際を歩きながら、拓巳は楽しそうに言った。

「地球の海水より比重が軽いのよ」

「気持ちいい。……莉奈みたいな水だ」

「私?」

 目を丸くした莉奈に、拓巳はその水を手にすくって見せる。


「つかみどころがなさそうに見えるけど、触れてみると、すごく、優しい。……俺のこと心配してくれて、ありがとな」

 言われて、莉奈は、は、と気づいた。

 違う。

 私は、拓巳のことを心配してたんじゃない。私は……


 自分のことしか考えてなかった莉奈は、それに気付いて動揺した。

「拓巳、私……」

「わ!」

 その時、何かに気をとられた拓巳が、バランスを崩して頭から波にのまれた。あわてて莉奈は近づく。

「拓巳!」

「大丈夫……つか、あれ」

 びしょ濡れになって体を起こした拓巳が指さした先には、最後の月、ジューが水平線上に昇ってくるところだった。


 それは、他の二つの月より何倍も大きく、銀色に輝いていた。もったいぶるようにゆっくりとその体を現してくる。水面に移るその光の中で、何匹ものフラウが飛び跳ねていた。

 それは、ひどく幻想的な光景だった。


「壮っ観」

 波の中に足をのばして座り込んだまま、拓巳がつぶやく。

 ゆっくりと拓巳へと近づいた莉奈が、その隣へと同じように座りこんだ。

「濡れるぞ」

「平気」

 そのまま波に揺られながら、二人は3つの月を見上げていた。

「拓巳」

「ん?」

「やっぱり私、拓巳には忘れて欲しくない」

「ん」

「帰ってきたら、もう一度兄様に頼んでみる。だから、私、ちゃんと帰ってくるわ」

 拓巳は何も言わなかった。ただ、困ったように少し笑った。


第五章、おしまーい。いよいよクライマックスですっ!

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