- 5 -
拓巳は、眉をひそめてなおも食い下がる。
「でも、他にも行くって立候補した人たちがいただろう。なにも、専門家でもないお前がいかなくても」
「みんな専門家だからこそ、この星に必要な人たちばかりなのよ。やっとここまで復興してきたのよ。まだまだ、彼らの力は必要なの。絶対に」
ようやく落ち着きを取り戻したこの星に不必要な動揺を与えないために、国民にはダークマターのことは一切知らされていない。研究所には、それぞれ工学、物理学、宇宙学などの専門家で信頼できる人物だけが集まっていた。オペレーションルームで計画を進めているのは、少数ながら本当にこの星の精鋭部隊なのだ。
「お前だって、十分この星に……例えば、ジーンさんにとっては必要な人間なんだぞ?」
拓巳の言葉に、莉奈は微かに笑った。
「そうね。私に何かあったら、また兄様に辛い思いをさせちゃうわね。でも、父様と母様が命をかけて守った星よ。娘の私だってもちろん……」
「無事に帰ってくるんだろ?」
言葉をさえぎる強い口調に、莉奈は顔をあげた。真面目な顔になった拓巳が、手にしたカップをテーブルにおくと、少しだけ身を乗り出す。その顔に笑みはなく、瞳には真剣な光が宿る。
「誰だって、他の誰かの代わりにはなれない。残された人間がどれほど悲しむか、お前は知っているはずだ。……簡単に、命を放り出すようなこと、言うな」
はっと、莉奈が顔をこわばらせた。それを見て拓巳は表情を和らげる。
「責めてるんじゃないんだ。ただ、死んでもいいなんて覚悟じゃ、きっと帰ってこれらない。何が何でも生きて帰ってくるつもりでいてくれ。お前ならいなくなっていいだなんて、誰も思ってはいないんだから」
「私……」
軽率な発言を自覚した莉奈は、唇をかんでうつむくとその表情を歪ませた。拓巳は、穏やかにその顔を見つめる。
「お前は、自分で思っている以上に、誰にとっても大切な人間なんだ。もちろん、俺にとっても。誰よりも、大切な……」
「拓巳……?」
丸く目を見開いた莉奈の頬へと、拓巳がその手をのばす。そっと、慈しむように。
「莉奈、俺……」
拓巳が、ソファから腰を浮かした、その時。
「私にもコーヒーをもらえるかな?」
入り口から聞こえた声に、二人は飛び上がった。
「このコーヒーというのは、なかなかいいね。疲れている時に飲むと、頭がすっきりするよ。莉奈のお土産の中でも、特に私は気に入ったな」
座った目をして、ジーンが拓巳の隣にどかりと腰をおろした。
慌てて立ち上がった莉奈が、ジーンにコーヒーの用意を始める。
「いやあ、すっかり拓巳君にも世話になって。莉奈からもよくお礼を言っておくのだよ。はっはっは」
連日の激務で、少々壊れ気味のジーンである。国王としてチームの総指揮官であり、自身も優秀な研究者であるジーンは、何度も計画のプログラムをテストランさせては修正を繰り返している。微かに目を充血させ全身に疲労感を漂わせている様子は、他の研究員も似たり寄ったりだ。
実は彼は、二人の様子を少し前から見ていた。最近の二人の様子を察して、見ない振りをしようと最初は思っていたのだ。しかし、その成り行きを静観していることは、シスコンの彼にはとても無理だった。
「莉奈は、どうしてもあの船に乗るそうです」
二人に背を向けた莉奈に聞こえないように、拓巳はこっそりとジーンに耳打ちした。
戦闘態勢だったジーンが鼻白み、そうかと一言言った後、脱力してソファへと沈み込む。
「君でも説得は無理か」
「みたいです」
「では」
ジーンは、深くソファに座り込んだまま、目を閉じてぐりぐりとまぶたを押す。
「計画通りに、だな」
「はい」
静かに答えた拓巳に、ジーンは大きな息を吐いた。
自分でも、何度も莉奈を説得しようとした。最後の頼みの綱であった拓巳でも説得が無理となると、もう本当に莉奈を説得するのは無理なようだ。