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「今日も、拓巳遅いのよ。一体、何やっているのかしら」
「また研究所ですか?」
口をとがらせながらカップに手を伸ばした莉奈に、シルスは飲み物を注ぎながら微笑む。
この家に来たばかりの頃はよく二人で食事をしていたのに、最近の拓巳はジーンのように中央局にこもりっぱなしで、食事の時間もばらばらだ。
広いダイニングで食事をしながら、莉奈はシルスを見上げた。
「そうみたい。あちこち見て回ってるとか言ってたわ。宇宙飛行士になりたかったとか言ってたから、やっぱり興味あるのかしらね」
「こちらの文字なんかも、結構読めるようになっていらっしゃるようですね。忘れてしまうのは、もったいないですわねえ」
未開の星の人間に対する記憶処理は、レクサ連邦に所属してない星の人間にはよくあることだとシルスもわかっている。
「忘れ……ちゃうの、かな」
ぽつりと呟いて食事の手をとめた莉奈の言葉を、シルスは聞き逃さなかった。
「寂しいですか?」
「そりゃあね。だって、初めてできた友達なのよ」
「お友達……ですか?」
予想外の名称に、シルスは目を丸くして、うつむき気味の莉奈を覗き込む。その表情を見て、どうやら彼女が、照れ隠しなどではなく本気でそう思っているらしいことを悟った。
「ええ。向こうで友達ができたのも、拓巳のおかげなのよ。最初は、まさか学校になんて行くことになるなんて思ってなかったわ。できるだけ、地球人との接触は避けたかったから。でも地球で、特に私が滞在していた日本という地域では、私くらいの歳の人間がどこの学校にも所属していないと、いろいろ聞かれた時に説明がめんどくさいのよ。それと合わせて、身を隠すために学校に所属したの。友達なんて作るつもりなかったのに、拓巳はそんな私にでも一生懸命になってくれた。最初はうっとうしくてしょうがなかったけど、今では感謝してるわ」
ぽつぽつ話す莉奈を、シルスはじっと見つめる。
かいがいしく拓巳の世話をやく姿は、友達以上の感情を持っているように見えていた。だが、莉奈にその自覚がなかったことにシルスは驚く。
今まで興味と言えば難しい技術書ばかりだった莉奈が、いよいよ年頃の娘らしく恋愛にも興味を示したのかと喜ばしく思っていたのに。
そんなシルスに気づくことなく、莉奈は軽いため息をついて続ける。
「私、地球では普通の女の子だったのよ。学校に通って、みんなと一緒に授業を受けて、ファッションやアイドルの話をして……。普通の女の子は、宇宙船の構造や光学の話なんてしないのよね。はじめは戸惑ったわ。それ以外の話なんて、したことなかったもの。でも、やってみたら、私にもできたし、結構楽しかったのよ。休日に、一緒にでかける約束もしていたの。結果的に、約束やぶっちゃったけど」
思い出しながら話していた莉奈は、手元のカップに視線を落とす。
「私、黙ってここへ帰ってきてしまった。彼女たちにさよならを言ってこなかったこと、拓巳に怒られたわ」
とまった莉奈の手を、横に立ったシルスがそっと握る。莉奈はシルスを仰いで言った。
「私……多分、怖かったのよ。もし、彼女たちにあっさりとじゃあね、って言われたらって……私、彼女たちが好きだった。だから、私も彼女たちの特別でいたかった。それを否定されるのが怖くて……だって私、お世辞にも彼女たちに友好的な態度をとってこなかったんだもの。もっとちゃんと髪のコントロール、練習しておけばよかった。地球人の髪は動かせるものじゃないもの。怒ったり笑ったりするたびに、髪が動いてないかいつでもひやひやしてたわ」
「ティナ様……」
「ねえシルス、対等な友達を持つのって、こんなに怖いことだったのね。今までの私って、守られるばかりで、対等な関係の人間っていなかったから知らなかったわ。シルスやうちのみんなは、いつだって私に優しいし、ディルやゼダみたいな……」
そこで、ふ、と莉奈は言葉をきった。