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「くだらない話をしているくらいなら、そのプログラムのチェック、早く終わらせろ」
しばらくは、二人でパネルの操作に専念する。
「地球で、何かあったのか?」
「ちょっと、ね」
「失敗したのか?」
「少し。友達のことで、拓巳に怒られた」
ゼダを相手に何やら話しこんでいる拓巳に、ディルはちらりと視線を向けた。
最近の莉奈には、必ず拓巳がついてくる。ディルはそれが気に入らないが、気に入らないと人に悟られることも嫌だったので、つとめて平静を装っていた。
「お前は僕みたいな天才じゃない。間違える事だってあるさ」
「なまいきね」
くすりと笑って、莉奈はちらりとディルを見上げる。
「ディルだって、友達多そうには見えないけど。付き合い方なんて知らないでしょ」
「僕の人生に特に必要じゃなかっただけだ。いくつかサンプルをもらえれば、解析してテキストを作ってやるぞ」
「そうじゃないの」
莉奈は、小さくため息をついて手元のパネルに視線を落とした。
「そうじゃない……友達相手には、テキストなんて、必要ない……役に立たないのよ」
莉奈は、焦点の定まらない目で宙をみつめる。
「みちるちゃんや由加里はAIとは違う。一人の人間だった……私たち、友達だったのよ。私は、彼女たちが好きだった。……多分、みちるちゃんも……」
自分の言葉にはっとして顔をあげた莉奈は、そのままの姿勢で固まる。
彼女たちは自分にとって特別だった。なら……彼女たちにとっても、もしかしたら自分は特別だったのかもしれない。そう、思ってもいいのなら。
もし、立場が逆だったら? 何も言わずにいなくなるのが、みちるちゃんだったら?
その時、私は何も変わらずにいられる?
「ティナ?」
わけがわからないディルの怪訝そうな声に、莉奈はぎこちなくその瞳を見返す。幼いころから切磋琢磨してきた、同志の。
「……そうね。ディルは友達じゃないわね」
その意味を図りかねて、ディルは眉をしかめた。かなり両極端な意味を持つ言葉だ。
確かに、ただの友達なんて言い切られても面白くはないが、逆の意味で友達ですらもないといわれたら、十分に傷つく権利のある言葉だ。
「じゃあなんだよ」
「んー、私のライバル、かな。ディルがいたから、私も勉強や研究をがんばってこられた。みちるちゃんや由加里とは違うけど、私にとって大事な人間であることには変わりないわ」
それは悲しむべきなのか、それとも特別であることを喜ぶべきなのか。ディルがどんな表情をしていいのか迷っていると。
「じゃあ、お前は俺と友達にならないか?」
頭の上からふってきた陽気な声に、ディルが顔をあげる。いつの間にかディルのチェアに腕をかけて、拓巳が覗き込んでいた。
「そろそろお前もお年頃だろ? 男同士じゃなきゃできない話ってのも、案外と楽しいぜ?」
「お前から学ぶものなんて何もない」
「とりあえず口のきき方は教えられるぞ。年上相手に、お前って言うな」
にべもなく言い切ったディルの額を、拓巳はぴんとはじいた。その仕草に、ディルは目を丸くして弾かれたおでこに手をあてる。
ディルは、数百年に一度の天才と言われ、幼い頃から大人のなかで育ってきた。類まれなる頭脳で常に大人たちと同等であり続けた彼は、物心ついたころから子供扱いされたことがない。それは両親でさえも同じだった。自分でも気づかずに背伸びして大人の中で育ってきたディルは、ただ一つ、子供らしさというものを覚えてこなかった。
だがそんなディルも、拓巳にとっては、生意気な弟たちと同じだ。ひねくれた少年の憎まれ口は、弟たちを思い出させてなんだか無性に愛おしくなる。だから拓巳は、弟たちと同じようにディルを扱うが、ディルにとってそれは初めての経験だ。