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ひとしきり笑ったあと、ゼダは声のトーンを落とした。
『お嬢、まだあの船に乗るって言ってたぞ』
ジーンは、小さくため息をつく。
「俺にも言ってったよ」
『この際、もう俺に決まっちまったってことにしとけよ』
例の船に誰が乗るのかは、実はまだ決定してはいない。候補者として何人かの名前は上がっているが、ジーンは、その中からの一人を決めあぐねていた。
ゼダも、立候補してくれたうちの一人だ。
「あいつには、それ言っても意味ないと思わないか?」
『……確かに』
電話の向こうから、苦笑が聞こえた。
『ま、とりあえず無事に戻ってくれてよかったよ。お前も安心しただろ?』
「そうでもないさ」
『あの坊主か?』
「わかってんなら、聞くなよ」
『妬くな、妬くな。ティナもお年頃だったってことだよ』
その笑い声を聞きながら、ジーンは、さきほどの拓巳の黒い瞳を思い出す。
話を聞いている拓巳は、真剣だった。適当にあしらおうと思っていた自分が、思わず引き込まれてしまうくらいに。
そして、その話の間中、記憶除去の話は出てこなかった。拓巳の顔を見たときは、てっきりその話をしに来たと思ってわざとはぐらかしてみたのに。
おそらく今の彼には、自分が記憶を消されてしまうという事実よりも、どうやってティナの力になるかということの方が重要なのだろう。理解できないであろう話の中でも、そのためのかけらを、彼は必死に探していた。
この状況で、一体彼に何ができるというのだ。専門的な知識も持たない、たかが未開の星の子供に。
嘲笑しようとしたが、ジーンはうまく笑うことができなかった。
さすがに気付いてしまったのだ。拓巳の、本気に。
『あれ、ティナの彼氏か?』
「ふざけんな」
『いいじゃんか。俺ほどじゃないが、割といい男だったぞ? ま、いざとなったら俺がいくらでも愚痴、聞いてやるからさ』
「余計な心配してないで、さっさと今日の分の仕事を終わらせろよ」
たとえどんな男が相手でも、愛する妹を手放す気など、ジーンにはさらさらなかった。
☆
「ねえ、ディル」
「んー?」
ハンディタイプのパネルで今までのプログラミングを確認していた莉奈は、隣で同じようにパネルに集中していたディルになにげなく聞いた。
「私がいなくて寂しかった?」
ぼたっ。
妙な音に莉奈が振り向くと、バランスをくずしたディルがチェアから落ちて床でのびていた。
オペレーションルームのチェアは自由にルームの中を飛びまわれるようなフライング式になっている。低い位置にいたからいいが、高い位置から落ちていたら痛いだけじゃすまなかった。
「な、なんだよ、急に」
怒りながら起き上がったディルに、莉奈は自分のチェアを近づけて降り、立ち上がるのに手を貸す。
「私たちって、友達でしょ?」
こともなげに莉奈は言った。ディルは、平静を装った顔を莉奈に向ける。
「……友達?」
「考えてみたら、私、今まで友達と呼べる人ってディルくらいしかいないのよね」
何かを考えながら話している莉奈は、ディルの表情に気づかない。
「この星を飛び出した時、私、誰にも何も言っていかなかったじゃない? ディル、その時って傷ついたりした?」
ディルは黙ってチェアに座りなおして元の位置まで飛ぶと、莉奈を見返す。
「別に。お前がどこへいこうと、僕には関係ない」
「そうよねえ」
あっさりと肯定されて、ディルはさらに渋い顔になる。