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「あのダークマターは、ラクサの主惑星であるデューラやザッパルでも観測できているはずだ。同じ星系とは言え、彼らの科学力はうちの星よりも格段に発達している。おそらくあのダークマターへの対策も進んでいる可能性もあるが、こちらに対してまったく打診はない。ダークマターは、この星系をかするようにすすんでいるが、今のところポーラム以外が被害を受けることはなさそうなんだ。早い話、やつらは高みの見物を決め込んでいて、この星が助けを求めてくるのを手ぐすね引いて待っているってことだ。でっかいお土産つきでね」
ジーンの顔が、統治者のそれになる。
「最悪、私たちでどうにもならなければ彼らの力を借りることになるだろうし、彼らもそれをいとわないだろう。この星には、彼らにとっても失うことのできない貴重な資源が眠っているからね。だが、まずは我々だけで、やらなければならないんだ。この星を、あるがままの姿で守るためには」
「で、物質もできて照射のための機材もそろった、と。あとは、その船が、手動でしか動かせない、のが問題になっているのでしょうか」
まっすぐに聞いてきた拓巳に、ジーンは苦笑する。
「そう……遠隔操作でぶつけることができない、ということは、誰かがそこまで行ってエネルギーをぶつけてこなければならない、ということだ。だが残念ながら我々は、その人物に対して完璧な安全を保障できない」
消滅の反応が、どれほどの規模になるのか、しょせんは机上の空論だ。もちろん万全の対策でのぞむ予定だが、それでもかなりの危険を伴うと予想される。
「それが、莉奈が言っていた計画なんですね」
「そうだ。我々はそのダークマターを発見してすぐに関係者に箝口令をしき、国民には内密に極秘のプロジェクトチームを作って……」
その時、部屋の中に軽い電子音がした。
「すまない、電話が入ったようだ。このくらいでいいだろうか?」
ジーンは、胸のポケットから携帯電話を取り出して表示を確かめる。
拓巳は、あわてて席を立ってジーンに頭をさげた。
「はい、大変重要なお話をありがとうございました。失礼します」
部屋を出ようとした拓巳は、ドアの開け方が分からないことに気づき、またジーンに開けてもらうこととなった。
一人になった部屋で、ジーンは鳴り続ける携帯を通話状態にする。
『よう。今、自宅か?』
「ああ。そっちこそ、仕事は終わったのか? ゼダ」
『はっはっは、ゲーリがまたやらかしてくれてね。今日も家には帰れそうにないよ』
「ご苦労さん」
どうやらゼダは、研究所から、一休みの途中で電話してきたらしかった。
親友でもある幼馴染の明るい声を聞いて、ジーンの体から緊張が解けた。そこで初めて、ジーンは自分がずっと緊張していたことに気づいた。
莉奈が帰ってきたこと、そして、拓巳という少年が一緒だったことに、ジーンは知らず、身構えていたようだ。
ジーンは携帯を机の上に放りだすと、もう一度ゆったりとソファに座りなおす。
「だが、あまり無理はするなよ。これからは、もっと忙しくなる」
『ああ。わかってるつもりだけどな……。それより、お姫様は無事にご帰還したかい?』
「今、夕飯作ってるよ」
『ティナが? あいつ、料理できたのか?』
「俺も初めてだよ。一体、どんなものができてくるのやら」
『明日、執務室に大量の胃薬を届けてやるよ』
ゼダの軽口に、二人で声を上げて笑った。
いつもそうだ、と、ジーンは心の底で思う。
一見軽く見えるゼダは、人の心の機微に敏感だ。今日も、忙しいであろう中で、大事な妹の帰宅に少なからず動揺しているジーンを気にしてくれたのだろう。そうやって、ジーンはいつも、この親友に救われてきた。