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やだよー、莉奈、怒ると怖いじゃんかー、とぶつぶつ呟く拓巳を、莉奈は無言で見つめる。その圧力に負けた拓巳は、へらへらと話し出す。
「だってさー、まさかアレを現実とごっちゃにするとは思わなくてさー。ほら、去年莉奈が転校してきてすぐの頃、いろいろ本を貸してって言われたじゃん? 小説とか図鑑とかの中にかなり漫画も入ってたんだよ。そうだそうだ、あの頃聞かれた時についつい調子に乗って話した覚えはあるよ。うん」
「そのまさかを本当にしちゃうのが莉奈なの! いいかげん、莉奈で遊ぶのはやめろって言ったでしょ?」
「その素直なところが、莉奈のいいところだよなー」
「理由になってない!」
日本に来てそろそろ一年になろうとする莉奈は、今時の女子高生なら知っていて当たり前のことを驚くほど知らない。生まれた時から父親と一緒に世界中を飛び回っていたから、とみちるたちは聞いているが、それをかんがみてもその非常識ぶりは、最初まわりの人間に冗談かと思われたほどだ。
「つまり、私は騙されていたの?」
白熱した二人の舌戦を凍らせる莉奈の言葉の冷たさに、高みの見物を決め込んでいた宮本までが固まった。
「おっはよー。……どうしたのお?」
その時、登校してきた二ノ宮由加里が、ちょうど後ろの入り口のあたりにいた3人に気付いて声をかけた。
「おはよう、ユカリン。ちょっと、拓巳が、ね」
「また莉奈に変なこと教えたんでしょお」
少し語尾をのばしてとろんとしゃべるのは、由加里の場合、特に男性限定というわけではない。単なる彼女のくせだ。
「だめよお、好きな子をいじめたくなる気持ちもわかるけど、ほどほどにしとかないと嫌われちゃうんだからあ」
「………………ほっとけ」
みちるにつかまれていた首根っこを振り払って、拓巳がそっぽをむく。
「……私、また何か変なことしちゃったの?」
莉奈は、右の肩から髪をひとまとめにしてつぶやいた。それを見て、拓巳は莉奈の怒りの深さを知る。普段後ろに流している髪をひとまとめにするのは、莉奈が本気で怒っている時のくせだ。
由加里が、そんな莉奈に抱きついた。背の低い由加里が莉奈に抱きつくと、まるで電柱にとまった蝉のようだ。その差、約25センチ。
「ああん、莉奈はそこがいいの。深窓のお嬢様なんて、世間知らずくらいがちょうどいいのよお。白すぎるほど白い肌もきらきらキューティクルの長い髪も、も、ホント、お嬢様あ」
莉奈のお嬢様な外見に惹かれて近づいてくる生徒は多い。だが、そのほとんどが、話が続かずに自然と距離を置くようになる。
大抵の人間は初対面の人間に会う時、無意識のうちに微笑をその顔にのせる。それは相手に好意を持ってほしいと思う心の表れで、コミニケーションを取ろうとした場合、当然行われることだ。だが、莉奈はそれをしない。だから、無表情でクールといわれるのだ。
由加里は、莉奈の性格を知っても、距離を置くどころかさらにのめりこんでしまうという稀有な趣味の持ち主であった。
由加里に抱きつかれるのはいつものことなので、莉奈はぶんぶんと揺すられるままにしていたが、休みをはさんでしばらくぶりに莉奈に会えた由加里の気持ちは、その日の天気と同じくらい突き抜けていた。いつもより多く、振っています。
「莉奈?!」
がくんがくんと首を振られている莉奈を見ていたみちるが、声をあげた。由加里も気付いて手を止めると、そのままくたりと倒れこんできた莉奈と一緒に倒れそうになる。
これもまた、体力のない莉奈にとってはいつものことであった。