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「ティナ様が地球でとてもお世話になったそうですね。ありがとうございました」
拓巳に飲み物の入ったカップを差し出すと、シルスは深々と頭を下げた。拓巳は慌てて立ち上がる。
「そんな……こちらこそ、急にお邪魔しましてすみません」
「ティナ様がお友達を連れていらっしゃるなんて、初めてのことですのよ」
声に喜色をにじませたシルスの言葉を、思わず拓巳は聞き返した。
「……初めて……?」
「ええ。ティナ様は幼い頃より賢くていらっしゃいましたから、お兄様の補佐となられるべく専門の教育を受けてまいりました。そのせいで普通の学校に所属することができなくて……同年代にご友人と呼べる方が、いなかったのです」
「友達が、いなかった……」
拓巳は、先ほど研究所で会った少年を思い出す。一緒に教育を受けたという彼は、はたから見て仲の良い友人という感じではなかった。
促されて、拓巳がもう一度ソファに座ると、その横にシルスは立って続けた。
「はい。地球では、学校に通われていたそうですね。どのようなご様子だったのですか?」
うきうきとその莉奈を想像して楽しげなシルスの態度とは逆に、拓巳の表情は曇っていった。
『お前にとって友達ってそんなもんかよ』
莉奈に投げつけた言葉が、胸によみがえる。シルスの言うとおり、もし本当に、莉奈に友達がいなかったとしたら、地球での拓巳たちは彼女にとっての初めての友人となる。
拓巳は、ここに来る船の中で、みちるたちの思いに向かい合わなかった莉奈を責めた。その時の莉奈の、困惑した顔を思い出す。
一緒に遊んでけんかして、そして仲直りして。友人としてのそんな基本的なつきあいが、莉奈にとってはきっと慣れてはいないことだったんだと、拓巳はシルスの言葉で気づいた。
大事にしてなかったわけではない。大事に仕方がわからなかっただけなんだ。
だとしたら、俺は酷いことを莉奈に言ってしまった。
「拓巳様……?」
「あ……ああ……」
シルスに覗き込まれて、拓巳は我に返る。
「ええと、彼女は、普通の女の子でしたよ。確かに、最初はちょっととっつきにくいかな、と思ったんですけど、クラスには仲のいい女子たちもいました。俺んちで一緒に食事なんかした時には、俺の弟妹達とよく遊んでくれましたよ」
「まあ……」
丸く口をあけたシルスは、目を潤ませる。
「そんな普通の生活を……そう、良かった。ティナ様は、そんな風に過ごされていたのですね」
涙をにじませたシルスにぎょっとして、拓巳はわざとおどけてみせた。
「いやー、まさか莉奈が王女様だなんて知らなかったんで、いろいろやらせちゃいましたけど……。お兄さんが王様なんですね。中央局でお会いしました」
拓巳の言葉に、シルスは視線を伏せる。
「ええ。落ち着いてきたとはいえ、まだあの戦争から十年……相変わらずジーン様はお忙しそうで、あちらで過ごすことも多いのです。ティナ様も、幼い頃から、本当に……」
言いながら、またその言葉が湿っぽくなってくる。シルスという乳母は、生来涙もろい性格だった。