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「莉奈、おはよう!」
新しいクラスに入ると、高瀬みちるが声をかけてきた。
「また同じクラスだね。よろしく。由加里も一緒だよ」
仲のよかったグループがみんな一緒と知って、莉奈は微かに目を細めた。それだけで、みちるには莉奈が喜んでいることがわかった。
「よかった。よろしくね」
莉奈は、机にかばんを置きに行こうとするが、まだ自分の席が決まってないことに気付いた。みちるが所在無く教室の後ろに立っていた理由に気がついて、同じように自分もみちるの隣に並ぶ。
「おはよう!」
「おっす」
次々に教室に入ってくる顔ぶれは、莉奈が知っていたり知らなかったりするものだ。クラブにも委員会にも所属しない莉奈の交友範囲は、極端に狭い。
「はよ。倉本、高瀬。よっ、拓巳」
「また同じクラスだな。よろしく!」
「宮本も一緒なの? また、にぎやかなクラスになりそうね」
宮本龍彦は、昨年も同じクラスで拓巳とは小学校の頃からの友人だ。明るく声を返すみちるの隣で、莉奈も挨拶をする。
「おはよう、宮本君」
さらりと揺れる黒髪に、宮本が穏やかに微笑み返した。
髪型についての校則には、『学生らしいものを推奨する』とあるだけで、長さや形に決まりはない。だから伸ばしている女子も多いが、その中でも莉奈は目立って長く、きれいな髪をしていた。
「いいなあ、莉奈の髪」
みちるがさらりと流れた髪をうらやましそうに見る。本当は触れてみたいところだが、莉奈が髪に触られるのを嫌がることを知っているので、手は出さない。
「カラスの濡れ羽色って、こんな感じ? 見事なロングヘアよねえ」
「邪魔になんねえか? 切っちゃえばいいのに」
無遠慮に拓巳が手を出す。莉奈は、少しくすぐったそうに目を細めたが、特に何も言わなかった。彼女の髪の感触は、絹に似ていると拓巳はいつも思う。
「何言ってんの、髪は女の命よ!」
さりげなくみちるは、拓巳の手をはずす。
「ありがと、みちるちゃん」
その行動に気づいてくれた莉奈に、みちるは顔をほころばせる。
「それはそうと拓巳、今朝のニュース、見たか? また予告状、出たんだってな。例の泥棒」
「あー……結構、でかくやってたな」
てっきり拓巳が食いついてくると思って話しかけた宮本は、そっけない拓巳の態度に肩透かしをくらう。
「あれ? 拓巳、興味なかったっけ?」
「興味っつーか……」
朝のニュースを見損ねたみちるが、首をひねりながら聞きつける。
「何の話?」
「あれだよ、ナイトフェアリー」
「ああ、あの宝石泥棒」
「国際指名手配犯、104351号だよ」
むっとした表情で拓巳が言い返す。父といとこが刑事をしている拓巳は、潔癖というほどではないが、犯罪に敏感だ。
「ナイトフェアリーなんて、勝手にマスコミがつけた名前だ。たかだか宝石泥棒ごときに騒ぎすぎなんだよ」
ナイトフェアリー。半年ほど前から現れた、女泥棒だ。どんなに守りを固めてもやすやすと目的の宝石を盗み出していく鮮やかな手口と、たった一度目撃されたその姿が、長髪の女性だったことから、マスコミが面白がってつけた名前だ。ヨーロッパで二件、アメリカで二件の盗難が、彼女の仕事だと確認されている。
次に狙われるのは、十日後に日本のサン・チルノ美術館のオープニングに合わせて出品される『海の涙』だ。なぜ次に狙われるものがわかるのかというと、ご丁寧にも予告状が出されているからだ。
「でもさー、あれも変わった泥棒よね。予告状出して泥棒なんて、実際やる人がいるとは思わなかった」
みちるの漏らした言葉に、莉奈が顔をあげた。
「何か、変なの?」
「変って莉奈……そんなことする泥棒、探偵小説やまんがの中だけの話でしょ。現実には、初めて聞いたよ」
「でも、拓巳の貸してくれた本の泥棒って、みんな予告状出してたよ?」
「……莉奈。その本に出てた泥棒って、ルパン三世とか怪盗キッドとか言わなかった?」
「よく知っているわね。有名人なの?」
はあーっ、とみちるが大きく息をついて、じろりと拓巳をにらみつけた。
「拓巳……あんたも莉奈の性格知ってるんなら、さっさと訂正してやりなさいよ」
「そういや、そんな話、したこともあるなー。あっはっは」
意味がわからないながらも、なんとなく馬鹿にされているような雰囲気を感じ取って、莉奈が眉をひそめる。
「どういうこと?」
「あんたに罪はない。拓巳が悪い」
逃げようとしていた拓巳の首根っこを、みちるはむんずとつかむ。それを、莉奈は冷ややかなまなざしでみつめた。
「拓巳。説明して」