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「君にとっては、そんなに大事なことなのかい?」
「とても、大事なものです。同じ想いを持つあなたなら、わかってもらえるんじゃないですか?」
まっすぐな少年なのだな。
ジーンは、たびたび莉奈の口から語られる梶原拓巳という地球人がずっと気になっていた。
地球に降りた当初、莉奈は正体を隠すために人と関わりあいになることを極力避けていた。宇宙開発において未開のその星では、異星人とばれる、それだけでその身に危険が及ぶこともあるからだ。
ところが、ぽつぽつとその口から拓巳の名前が出るようになったころから、彼女のまとうぴりぴりとした雰囲気が、次第に緩んでいくのをジーンは感じていた。
その拓巳はジーンに対して、莉奈のことを大事な人だと言い切った。
潔さを感じさせるその態度に、ジーンは裏表のない拓巳の性格を垣間見た気がした。そんな彼だからこそ、彼女は拓巳に気を許したのだろう。おそらくは、無意識のうちに。
たった一人で見知らぬ星へ降りて、そこの人々の生活に正体を隠して紛れ込むというのは、どれほど大変で心細いことだっただろう。そんな中で、彼女はこの少年に出会ったのだ。それは、確かに莉奈の救いになったようだ。彼女が良い出会いをしたことを、ジーンは少しだけ喜ばしく思う。
と、同時に、彼の心の中にめらめらと嫉妬心が持ち上がったことは自覚しなかった。まわりから重度のシスコンの烙印を押されていることに、幸か不幸か彼自身は気付いていない。
「拓巳……」
不穏な二人の雰囲気に、心配そうに莉奈が拓巳を見た。問題になっているのが自分のことだとは、欠片も思っていない莉奈である。その視線に答えて、大丈夫、と、拓巳は柔らかく微笑んだ。
微笑みあう彼らを見るジーンの瞳の色が変わった。
「そうだね。では、そのことについてはまたにしよう。拓巳君、疲れただろう。部屋を用意してあるから、少し休みたまえ」
先ほどとは打って変わった有無を言わさぬ口調に、拓巳はジーンを振り向いた。そこに剣呑な視線を見つけて思わず固まる。船の中で見た、あの瞳だ。
ジーンが何を考えているか瞬時に察した拓巳は、すばやく莉奈から離れて背筋を伸ばした。
「はいっ! ありがとうございます!」
「じゃあティナはこちらでもう少し計画の……」
「私、拓巳を案内してくるね」
伸ばされたジーンの手を振り切るように、莉奈は拓巳の腕をとって入り口へと向かう。
「ティナ!」
「私も疲れたから、少し休むわ。大丈夫、部屋はわかっているから」
「待っ……」
「兄様」
振り返らずに、莉奈はもう一度言った。
「私、もう決めたから」
ジーンの言葉を待たずに、莉奈は部屋を出た。
「し、失礼します!」
露骨にがっかりしたような顔になったジーンを置いて、拓巳はあわてて莉奈の後を追った。
☆
「ごめんね、兄様ったら。いきなり、記憶を消すなんて」
「遅かれ早かれ、口には上る話題だろ? 莉奈だって、そのつもりだったくせにさー」
拓巳は、なるべく深刻にならないように軽い口調で茶化して話す。莉奈は、ずんずんと進んでいた足を緩めて、申し訳なさそうな顔で振り向いた。
「気付いていたのね」
「兄ちゃんも、『知られてしまったならしょうがない』って言ってたし。そんなとこだろうと思った」
「ごめんね。兄様が言ったとおり、拓巳が私たちの存在を知ってしまうことは、地球文明に対して私たちが異常介入をしてしまうことになるの。文明レベルの低い星に下りる時は、決して自分の正体を明かさないのが星間移動の基本だから……」
「うん、それもわかるよ」
「拓巳……いいの?」
のぞきこむ莉奈に、拓巳は微笑んだ。
「いいわけじゃないけれど……俺、多分絶対に忘れないから。この星のことは忘れても、少なくともお前のことだけは」
「私のこと?」