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「これ……車なのか?」
「そう、車。重力コントロールで移動する乗り物だから、タイヤはないけどね」
車、と言った莉奈のその言葉は、拓巳の耳に車ともエアカーとも聞こえた。おそらく、地球の言葉に直訳するものがないのだろう、と拓巳は考え、もう一度聞き返す。
「車っていうか、エアカーっぽいかな」
「ああ、そうね。地球で見たエアカーってこんな感じだったわ。うまく翻訳されてる?」
今度は、ちゃんとエアカーと聞こえた。どうやら拓巳の装着している翻訳機には、学習機能もついているようだ。
二人が近づくと、ふおんと軽い音がして入り口があく。外からその内部は見えなかったが、乗り込むと、中からはマジックミラーのように外が見えた。座るように促されて、拓巳は壁にそって張り出したいすに座る。音もなく動き出したエアカーは、ゲートをくぐると透明なチューブの中を滑り出した。
と、とたんに視界が一気に広がった。
乱立する建物群の中を、何本ものチューブが縦横に走っていた。同じような卵形のエアカーがそのチューブの中を行きかい、はるか下には、小さく人も見える。
「ポーラムの首都、フィタ、よ。この星はラクサ系の中でも一番田舎にあるから、わりとのんびりした雰囲気の国であり、街なの。ここが、私の故郷よ」
「すげー、未来都市みたいだ」
「主星のデューラなんかいったら、こんなものじゃないんだから」
「へー、どんなんだか、想像もつかないや」
拓巳は、やたらとすげー、すげーと繰り返して莉奈の笑いをさそった。
「今日って、曇り?」
ふと気付いたように、拓巳が空をみあげた。
「そんなことないけど……ああ、光が弱いこと?」
エアカーの中にいることを考慮しても、なんとなく街中が薄暗い。昼間のはずなのに、あちこちにぼんやりとした街灯のようなものが光っている。
「この星は、恒星から受ける光が、地球が太陽から受けるものよりも弱いの。特に、この周辺は惑星の地軸に近いところにあるから今の時期は余計に、ね。私も強い光には慣れてないから、日本の夏は本当につらかったわ……」
しみじみと言った莉奈に、拓巳はよく彼女が外で倒れていたことを思い出した。
「貧血だと思ってたけど、もしかして熱射病に近かったのか? あれ」
「そう……かもね。地球の方が重力も強いし。制御装置は身に付けていたけど、それでもやっぱり……」
遠い目で言う莉奈は、その時を思い出したらしくぐったりとした顔になった。反対に拓巳は、この星についてからなんとなく体が軽くなっていることを実感していた。莉奈が地球でつけていた着衣型の重力制御装置は、今は逆に拓巳がつけている。
「そりゃ、お疲れ様。よく、がんばったな」
拓巳は、その頭をぽんぽんとたたく。その仕草に、莉奈はわずかに身じろいだ。
「あ、ごめん」
彼女の髪の特性を思い出して、あわてて拓巳は腕をひっこめた。
「ううん。大丈夫。……拓巳になら、触れられても嫌じゃないわ」
「え……そう?」
その言葉に、拓巳の相好が崩れる。特別、なのが少し嬉しい思春期の男子高校生。その言葉に甘えてさらに手をだそうとすると、
「でも、調子に乗ってあんまり触るのはやめてよ。くすぐったいんだから」
と、莉奈に釘をさされた。拓巳は、素直に腕を引っ込める。
「あれが中央局……兄様のいるところよ」
言われて視線を移すと、目前に一段と高い建物がそびえていた。チューブはその建物へとまっすぐ続いている。どうやら、直通の道らしかった。
「着いたら、兄様を紹介するわね」
嬉しそうな莉奈の言葉に、拓巳は身を引き締めた。