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それは、真っ暗な宇宙にぽつんと浮いた、オアシスのような星だった。
恒星ラクサの惑星、ポーラム。公転周期は地球の時間にすると2倍ほどあるが、自転はほぼ地球と同じ。直径は地球の半分くらいの、こじんまりとした星である。
大気中に含まれる成分が地球のそれに非常に酷似しており、地球の人間が地上に下りても生存は可能である。海洋部分が広く陸地面積が地球より少ないため、宇宙から見たその姿は、地球よりさらに青みを帯びていた。その広い海洋の下には豊富な地下資源の鉱脈が眠る、美しい水の惑星だ。
地球を後にする時、拓巳はその姿を見てこなかった。だが、目の前に近づく惑星を見て、きっと地球もこんな風に見えたんだろうと推測する。それほどその星は、幾度も目にした写真の中の地球によく似ていた。
「キュルルル!」
ポートに着いて船の外に出ると、拓巳の耳に小鳥のさえずるような音が聞こえた。音のする方に目を向けると、背の高い年配の女性が一人駆け寄ってくるのが見えた。目に涙をためた女性は、その存在を確かめるように莉奈をしっかりと抱きしめる。
「キュル。キュルルルルル」
くすぐったそうに女性を抱きしめ返した莉奈も、さえずるような声を出す。二人はそのまま、お互いにさえずりあう。どうやら、それがこの星の言語らしいと拓巳は察する。
「キュル」
莉奈が拓巳を振り返って、何事かその女性に告げた。紹介されているらしいと知って、拓巳は頭を下げる。
「梶原拓巳です。初めまして」
最初拓巳に不安げな視線をなげたその女性は、拓巳が挨拶をするとにっこりと微笑んだ。それを見て、莉奈が気づく。
「拓巳、これつけていて」
言いながら、莉奈が両手で自分の頭に触れた。何もないと思われたそこから何かはずすような仕草をすると、その手に細い半円形の針金のようなものがあらわれた。よく見ると、内側にごく細く短い針のようなものが何本かついている。
莉奈はその端の部分を何か操作してから、かぎ型になっている片方の端を拓巳の耳にかけた。そして頭にティアラのようにさすと、それは溶けるように見えなくなった。
「私の言葉、わかる?」
「うん。何これ?」
「直接脳にアクセスする言語翻訳機兼通訳機……ってとこかしら。たいていの言語は拓巳にわかるように意訳してくれるし、こっちの言葉もちゃんと話せるように設定してあるわ。どこも痛くない?」
痛いも何も、今も拓巳の頭についているはずのそれは、手で探ってもどこにあるか全くわからない。
「大丈夫。俺、今どんな言葉しゃべってる?」
「ちゃんとこっちの言葉で話しているわよ」
「そっか。……初めまして。梶原拓巳です」
拓巳が改めてその女性に振り返ると、彼女は少しはにかんだように笑って深々と頭をさげた。それまでゆるく踊っていた長い髪が、さらさらとその両側に流れる。
「お見苦しいところをお目にかけてしまいまして、大変失礼いたしました。シルスと申します。ティナ様のお世話をさせていただいております。ようこそポーラムへ」
今度は、優しい落ち着いた声が拓巳にも聞こえた。
拓巳の母親よりも年上に見えるその女性の髪はいくぶん銀髪がかって見えたが、それは年齢からくるものだ。