- 13 -
「ところで、本当にこの家って宇宙船で、宇宙を飛んでいるのか? ここ、あいかわらずうちの向かいっぽい景色なんだけど」
手持ち無沙汰だった拓巳は、からからと障子戸を開ける。そこにある窓には、莉奈の部屋と同じように近所の景色が映っていた。先ほどまで真っ暗だった窓の外は、うっすらと薄明が始まっている。
二人で一緒に夜明けを迎えると言えばロマンティックなんだがなあ、と、拓巳は心の中で一人ごちる。
「ああ、ホログラムの修正をしてないから、まだ地球の景色なの。厳密にいうと、そこ、ガラスの窓じゃないからね」
「ちなみに、窓を開けるとどうなる?」
「……そもそも窓に見えるけど窓じゃないから開かないし、万が一開いたとしても、船全体をシールドしてあるんだから別にどうにもならないわ。真空空間かと思った?」
「あー、うん。まあ……。じゃあ、宇宙の景色って、ここからは見られないのか?」
「ホログラム消してモニター仕様にすれば見えるわよ。見たいの?」
「見たい」
明るくなり始めている窓を見つめながら、拓巳は言った。莉奈は、しばらくその横顔を見つめたあと、黙ったまま歩いていって入り口にあったスイッチを押した。すると、ぐにゃりと景色がゆがんだ後、窓の外が真っ黒になる。と、同時に、部屋の電気も消された。微かな星の光を見るには、なるべく光のない方がよく見える。
拓巳の目が徐々に闇になれてくると、暗闇の中に、ぽつりぽつりと小さな光が見え始めた。最初数個だったその小さな光は勢いよく増えていき、またたく間に窓を埋め尽くした。
視界いっぱいに広がる星の海。
それは、地球においてはほんの一部の地域でしか見ることの出来ない、光の洪水。ましてや、拓巳の住んでいる地域では、その何十分の一すらもみることができない。
拓巳は、思わず一歩あとずさった。
「きれいでしょ?」
いつの間にか隣に来ていた莉奈が、同じようにそれを眺めながら言った。
「私が初めてこれを見たのは、物心つくかつかないかの頃……父の所用についていって、他の星にいった時だわ」
莉奈の星では、同じ連邦内の惑星であれば、普通に星間旅行を楽しむことができる。
「本当に、瞬かないんだな……」
「大気がないからね」
星の瞬きは、大気の揺らぎによって起きる現象だ。真空となる宇宙では、星は瞬かない。知識としてそれを知っていても、拓巳がそれを目の当たりにするのはもちろん初めてだ。
宇宙飛行士になりたいと思っていた幼い頃に夢見た星空が、今、拓巳の目の前にあった。
それは、鳥肌が立つほどに、美しい光景だった。
莉奈は、黙ったままの拓巳に目を移して戸惑ったような声を出した。
「拓巳……?」
「え?」
拓巳はその視線を受けて初めて、自分が泣いていることに気がついた。
「や……なんか、感動した……へへ、かっこわりぃ……」
ごしごしと涙を拭う拓巳に、莉奈は微笑む。
「私は、怖いって、泣いたんだって」
初めて乗った宇宙船から見た宇宙は、どこまで吸い込まれるように真っ暗だった。母に抱かれて見たその光景に、莉奈は激しく泣いたらしい。それは覚えてはいないが、目の前に広がる底の知れない暗闇を、怖い、と思ったことはおぼろげに覚えている。
母親が、星がきれいだからとどんなに慰めても、その腕に抱かれたまま莉奈は顔を上げられなかった。
たたずんだまま動かない拓巳を見て、莉奈はそっとその場を離れようとした。
「莉奈」
その手を、拓巳が掴んだ。振り返ろうとした莉奈は、拓巳に背中から抱きしめられる。
「拓巳……?」
「もう少し……ここにいて」
「怖くなった?」
拓巳が自分のように恐怖を抱いたと思った莉奈は、自分の体に回された拓巳の腕にそっと手をそえる。普段何かと世話をやいてくる拓巳のそんな姿を、珍しいとは思ったが、嫌だとは思わなかった。
「わかった。もう少しここにいるわ。大丈夫よ、怖くないから」
言いながら莉奈は、幼いころ自分が母にそうしてもらったように、拓巳の腕をゆっくりと何度もなでおろす。
莉奈のしっとりとした髪に顔を埋めていた拓巳が、小さく、うん、と呟いた。
というわけで、第二章終わり。次章から、舞台は異星になります。だから、SFなんですよ。では、いきまーす。ついてきてー。