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「君のことは、ティナから聞いているよ。地球ではずいぶん世話になったそうで、私からも礼を言う。ありがとう。すまないね。こんなことになってしまって」
「いえ、俺が勝手についてきちゃったから……こちらこそ、すみません」
一度頭を下げてから、拓巳は改めてその青年を眺める。莉奈に良く似た顔立ちの、ほっそりとした青年だった。優しそうだが……どこか、値踏みするような視線をなげかけてくるのが気になる。
「すぐにも地球に帰してあげたいんだが、今はちょっと間が悪くてね。申し訳ないが、一度、こちらに来てもらうよ」
「はあ……」
まっすぐに視線を受けながら、拓巳は落ち着かなかった。言葉は丁寧なのに、その視線には不穏な何かが含まれているように感じられるのだ。
「兄様、例の船の方は?」
「ほぼ完成している。今、最終調整中だ」
「そう……。私も、間に合って、よかった」
安堵の息をついた莉奈が、何度か目をしばたいた。さっきまで眠っていたと言っても、まだ疲れは完全には抜けてはいない。ましてや、日本時間でいったらもう朝方だ。どうやら莉奈は、兄の顔を見て気の緩んだらしい。そんな様子を、青年は目を細めて見ている。
「お疲れさま、ティナ。……それから、拓巳君」
「はい」
それまでと違う強い調子で名前を呼ばれて、拓巳は背筋を伸ばす。
「君がその船に乗ってしまったことは、不可抗力であると十分承知している。承知してはいるが、別の問題も同じように発生しているようだ。私は君を信用に足る人間だと思っている。その信用を裏切らないでくれよ」
ぎらりと光る目でにらみながら念を押すように言われて、拓巳は彼の不穏な視線の意味をようやく理解する。
「も、もちろんです! ご安心くださいっ。お兄さんの心配するようなことは、決して!」
「悪いね。歳をとるとどうも疑い深くなってね……」
笑ってない! 目が笑ってない!
歳をとったと言いつつ、どう見ても二十代半ばと思える風貌の青年の前で、拓巳はさらに体を強張らせた。
下心がないとは言わないし、おいしい状況ではあるけれど、無事に生きて帰りたい。うっかり欲望に負けようものなら、あの兄ちゃんになにされるかわからない。我慢! ここは我慢だ、梶原拓巳!
「兄様?」
直立不動で固まってしまった拓巳と、不自然なほど笑顔の兄を交互に見比べて、莉奈は小首をかしげた。
☆
「なあ、ティナって言ってたか? さっきの兄ちゃん」
休むようにと一階の和室に通されると、拓巳は聞いた。莉奈、と似ていたが、確かに発音が違った。
「うん、私の本当の名前。ええと、地球風に言うと、ティナ・サレス・ラ・ポーラム、になるかな」
莉奈は、おしいれから布団を出しながら答えた。
父親がいるという設定で暮らしていた莉奈は、ご丁寧にもちゃんとそれ用の布団を用意していた。自分とおそろいのお土産として兄に持って帰るつもりだったが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。
「じゃ、俺もティナって呼んだほうがいい?」
「んー……、どっちでも。莉奈、でもいいわよ」
拓巳はしばらく考えて、そうする、と告げた。ティナ、が本名かもしれないが、拓巳の知っているのは、倉本莉奈であった彼女だけだ。だから、今はその呼び方を変えないことにする。