- 1 -
春。
抜けるような青い空に桜は舞い、新しい制服に身を包んだ新入生がぴかぴかのかばんを持って登校してくる。県内でも屈指の進学校である私立鷹ノ森高等学校の、今日は入学式。きれいに飾られた校門の下を笑いさざめきながらくぐる生徒の顔は、どれもが輝いていた。
とも、言い切れない。
そんな名門校だって、三百人以上も生徒がいれば、仏頂面で登校する生徒も少数ながら存在する。休みは今日までとばかりに何本も映画を見ていて夜更かしをしすぎたとか、わずかな春休みが終わってしまってまた勉強の毎日かと覚悟を決めて登校してきたりとか、その春休みの間中昼まで寝ていたので久々に早起きしてまだ半分寝ぼけていたりだとか。そんな生徒も確かに存在するのだ。
倉本莉奈は、そのどれにも当てはまらないが、無表情で校門をくぐったうちの一人だった。
倉本莉奈は、クールで有名な美少女だった。何が幸いするかわからないもので、そんな彼女の無表情も、腰まである艶やかなストレートヘアと抜けるような白い肌を組み合わせれば、たちまち上品なお嬢様の一丁上がりである。
すらりとした長身の背筋をのばして颯爽と歩く彼女を遠まきに見ているのは、なにも男子生徒ばかりではない。女子生徒にとっても、彼女はミステリアスなアコガレのお嬢様なのである。
そんな彼女は、あたりに溢れる新しい制服の群れに視線をちらりとむけてから、立ち止まって自分の制服を見下ろした。
比べてみれば、一年近く袖を通した制服は、新入生のものと比べるとわずかだが毛羽立ちくすんでいる。けれどもその分、初めて着た時には借り物のようだったブレザーのジャケットが、体にしっくりと馴染んできたことに彼女は今更ながらに気付いた。
慣れている人が見ればわかる程度の微笑を浮かべ、莉奈はたくさんの生徒と共に昇降口へと向かった。
まずは、張り出されているクラスわけの一覧を見に行く。この高校では二年生の進学の際に既に進路別のクラス編成が行われる。名簿に自分の名前を探して、彼女が背を伸ばした時だった。
「莉奈」
背後からかけられた声に振り向く。そこには、ひょろりと背の高い男子生徒が立っていた。長身の莉奈よりも、頭一つ分まだ高い。
「おはよう、拓巳」
梶原拓巳は、莉奈が微笑んでいることを見分けられる数少ない友人のうちの一人だ。
「また一年、よろしくな」
持っていたかばんで軽く莉奈の頭を叩いて、昇降口へ向かう。
「え?」
莉奈が改めて名簿に目を向けると、確かに倉本莉奈の名前がある1組には、梶原拓巳の名前も並んでいた。
「……日本語に、腐れ縁って言葉、あったよね?」
その名前を見上げながら、ぼそりと呟いた声に拓巳が反応して振り向いた。
「なにおう? 腐っても縁というものは大事なんだぞ」
「腐ってる縁なんかいらない」
莉奈は淡々と受け答えしながら、拓巳と昇降口へと向かう。