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「じゃあ、もう地球には戻らないつもりなのか?」
なぜだか不機嫌になった拓巳に、莉奈は不思議そうに首をかしげる。
「ええ、目的を果たしたから、もうここにいる理由もないし……」
「そうならそうと、なんで昨日、教えてくれなかったんだよ。そんなこと、一言も言ってなかったじゃないか」
「だって、言えないじゃない。実は私は宇宙人で、これから星へ帰ります、なんて」
「……高瀬や二ノ宮は、知っているのか?」
その名前を聞いて、莉奈はわずかに視線を落とした。
「今日の帰りに、転校手続きをしてきたわ。明日になれば、私はまたアメリカに帰ったと先生がみんなに告げるはず。彼女たちが知るのも、その時に」
「なんでだよ」
耳にした言葉の強さに、はっと莉奈は顔をあげた。
拓巳が怒っているのを、莉奈は初めて見た。声を荒げるわけでもない。だが、まっすぐにみつめる瞳の底に溢れる怒りを認めて、莉奈は息を飲んだ。
「たとえ嘘しか言えないとしても、ちゃんとお前が言っていけよ。人任せにするなよ。お前にとってあいつらって……友達ってそんなもんかよ。何も知らされずに別れることになったあいつらが、どれだけ傷つくと思っているんだ」
莉奈はおどろいたように、拓巳をみつめていた。そして、震えるような声で言った。
「そんなの……そんなはずないわよ」
「は?」
「私一人いなくなっても、別にみんなの生活は変わらないじゃない。そんなことでみちるちゃん達が傷ついたりするはずないわよ」
「お前……それ、本気で言ってるのか?」
冗談を言っているわけではなさそうな莉奈の顔を、拓巳は唖然と見た。話の通じない莉奈の態度に、いらだたしげに言葉を続ける。
「お前がどう考えていたか知らないが、あいつらはお前のこと大事な友人だと思ってたはずだよ。もちろん俺だってな。そういうやつらからさ、倉本莉奈っていう大事な友達を勝手に取り上げないでくれよ。友達なんだから何でも話せ、とか言ってるんじゃない。ただ……もう会えなくなるにしても、ちゃんと納得して送り出してやりたいよ。いなくなったら、悲しい。当たり前だろ? お前は、俺……たちにとって大事な仲間なんだから」
拓巳の言葉に莉奈は、唇を噛んでうつむく。
「だって……私は……」
ピルルルルルルルル……
その時、軽い機械音が部屋の中に響いた。莉奈が顔をあげる。
「兄様だわ」
「兄……様?」
「そう」
莉奈は立ち上がると、机の引き出しをあけて中に手をつっこむ。そこには、簡単なパネルが光っていた。
「私の、たった一人の家族」
☆
「地球人……か」
「ごめんなさい、兄様」
「まあ、知られてしまった以上、仕方ないが……定時連絡がないから心配したよ」
拓巳は、目の前の椅子に座る黒い長衣を着た青年を見た。
本当にその場にいるわけではない。その青年は、ホログラムで莉奈の部屋に現れていたのだ。
ようは3Dの電話だな、と拓巳が興味深く観察していると、ふいにその青年が拓巳のほうを向いた。
「拓巳くん、だね?」
呼ばれて、あわてて拓巳は姿勢を正す。莉奈が翻訳ボタンを調整してそれを受けたので、拓巳にもその青年の言葉が理解できた。
「は、はい。梶原、拓巳です」