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部屋の明かりをつけるために立ち上がろうとした莉奈の手を、拓巳が座ったままつかんだ。莉奈の耳に、聞いたことのないほど低い拓巳の声が響く。
「……なんで、あんなことしてたんだ?」
問われてなんのことかとっさに思いつかず、莉奈はきょとんとした目を拓巳に向けた。
「あんなこと……?」
「あんな……、あれ、莉奈だろう? ナイトフェアリー」
その言葉を聞いて、莉奈の意識が瞬時に覚醒する。と同時に、それに気づいた莉奈は、叫んだ。
「拓巳―――――?! なんでここにっ……今、何時?!」
「え……と、もう明け方になると思うけど……」
初めて聞く莉奈の叫び声に驚きながらも、拓巳は律儀に答える。
「いや―――――!! なんてことっ!」
「……なんか、俺がここにいちゃ、まずいのか?」
「まずいわよ! もう、船、動いちゃっているのに……」
拓巳の手を振り払って立ち上がった莉奈はしかし、ベッドから降りたとたん足に力が入らずにくたくたとその場に座り込んでしまった。
「あああ、どうしよう……でも今から戻るのって、危険……時間が……でも……」
「船?」
のんきな声に、莉奈が振り向く。
「そう! もうとっくに地球をでちゃったのよ! この船は!」
「地球って……はい?」
拓巳は、丸い月のでている窓に顔を向ける。隣の家の窓もまだ真っ暗だ。そこには、いつも通りの静かな夜があるだけだった。
「も……しかたないなあ……」
莉奈はため息をつくと、座ったまま拓巳のほうへと体を向けた。
「しょうがないから、とりあえず一緒に行ってもらう。私の、星へ」
拓巳の眉間にしわが寄る。
「それって……」
「私、この星の人間じゃないの」
さらりと語られた莉奈の言葉に、拓巳は瞠目した。
「見たでしょ、この髪。いくら地球にいろいろな人種がいると言っても、こんな髪した人間はいないわ。言っとくけど、地毛よ、これ」
視線をそらしたままの莉奈の髪が、風もないのにふわりと持ちあがった。重力を無視してゆらめくその髪は、黒かった時の光沢を保ちながらも、その色を深い瑠璃色へと変化させていた。
拓巳が、美術館で見たそのままに。
「気持ち悪いでしょ」
「別に。きれいだとは思うけど」
あっけらかんと答える拓巳に拍子抜けした莉奈は、目を丸くしてその顔をみつめる。
正体がばれることをおそれて、今まで細心の注意を払って隠してきた。なのに、拓巳は驚くでもなく、けろりとしている。
そんな莉奈に、拓巳は目を輝かせて近づいた。
「すごいな、これ、自分で動かせるんだ。触ってもいい?」
「……少しだけよ」
拓巳は、遠慮しつつ、そっとその髪に触れる。その指の感触に、少しだけ莉奈が身じろぎをした。
「ある程度は自分で動かせるし、感情が高ぶると勝手に動いちゃったりもするの」
「それでか」
納得したような拓巳に、莉奈はもの問いたげな顔になる。
「怒った時の莉奈のくせ。髪をひとまとめにするのって、動いちゃうのを押えてたんだな」
うんうん、と一人でうなずく拓巳を、莉奈はまじまじと見返す。
「平気なの?」
「何が?」
「…………拓巳って、変」
あきれたように言った莉奈に、拓巳はけらけらと笑い出した。
「お前に言われると微妙だなあ。これでも一応驚いてるぞ? でも、莉奈は莉奈じゃん」
「拓巳……」
莉奈は、そう長くはない彼との付き合いを思い返す。