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「はあ……」
射抜かれそうな視線でにらまれ、青山が目をそらした。
「佳明―!!」
梶原の怒号が響く。
「はいいいいいい!」
隣の部屋にいた金沢が、呼ばれて飛び込んでくる。
「お前、また俺に無断であいつを連れてきたな!」
金沢に落ちた雷に、周りにいた部下たちまでが首をすくめる。
「あー……、ごめん。おじさん」
「現場で公私混同をするな!」
「はいっ! 申し訳ありませんでした! 梶原課長!」
そこへ、村田に首根っこを掴まれて、拓巳が連れられてやってきた。
「や、ども」
苦虫を一ダースも噛み潰したような顔で拓巳を見た梶原は、村田に向かって腕を振る。
「放り出せ」
「はっ!」
さすがに、柔道の猛者である村田をふりほどけるほどには拓巳は強くない。
「ちょ……とーさーん! ……」
ほとんど引き摺られるように、拓巳が部屋から連れ出される。じたばたと暴れる音が遠くなっていくのを、梶原は無言で聞いていた。
拓巳が現場にもぐりこむのは初めてではない。その度に放り出されるのもいつものことなのだが、こりもせず拓巳はやってくる。
なんのために拓巳がそんな行動にでるのか。気づいている梶原は、かすかに口の端をあげかけたがすぐにそれをしかめ面に戻す。
「佳明、お前は……」
梶原が拓巳を連れてきた張本人に向かったその瞬間、館内の電気がすべて消えた。非常灯も、すべて。
「な……!」
館内の電源は、すべて外と切り離された自家発電になっている。よりにもよって非常灯まで消えるなんて、ありえない。
「電源の確認を!」
暗闇の中で、お互いを確認しあう警察官の声があちこちであがった。『海の涙』が入っている特殊なガラスケースは高圧電流で守られているが、電源が落ちてしまったからには、それによる守りは期待できない。
「浮き足立つな! 『海の涙』を守れ!」
梶原の声が響いて、動揺した部下達が瞬時に気をひきしめる。
その時。
「窓の外に……!」
誰かが叫ぶと同時に、一斉に警察官達の視線がガラス張りの窓に向かう。そして、そこにいた誰もが自分の目を疑った。
そこには、何の足場もない中空に浮かぶ一人の女性の姿が、満月を背に黒々と浮かび上がっていた。
陰になっていてその面差しはうかがい知ることができない。だが、体にぴたりと張り付いた服が、細いながらも丸みを帯びたシルエットをあらわにして、そこにいるのが確かに女性であることを知らしめていた。
月の光をはらんでほのかに光る長い髪が、ゆらゆらとその体の周りに揺れている。
まるで現実味のないその光景に、誰もが、動けなかった。
ガシャーン!
動けない多くの警察官の前で、彼女の前にあったガラスがいきおいよく割れた。
新しく出来たばかりのサン・チルノ美術館には、最新の防犯設備が施されている。もちろんその窓ガラスにしても、ちょっとやそっとじゃ割れない強化ガラスだ。それが、まるで薄い氷のように軽々と割れたのだ。