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「梶原課長さん、ですね」
名前を呼ばれて、梶原信一は振り返った。隙のなさそうな中年の男が一人、右手を差し出して立っていた。野暮ったい風貌をしていたが、長めの前髪からは鋭い眼光がのぞいている。それを見て、ほんのかすか、梶原の眉間にしわが寄る。
「高木、と申します。わざわざご足労いただきありがとうございます」
そつなく握手を返すが、梶原の表情は変わらない。
顔合わせの時にはいなかったはずだ。地元警察のものではない。
「梶原です。失礼ですが、所属は……?」
男は、微笑らしき表情を作ってはいるが、その目は笑っていなかった。経験的に梶原は、こういう人間を信用しないことにしている。
「CIROです」
短く、高木という男は告げた。語られたその名前に、梶原が瞠目する。
「なぜ……と、聞いてもよろしいですかな」
く、っと高木は喉の奥だけで笑った。まるでばかにされたようなその答えにも、梶原は表情を変えなかった。
「なるべく目立たないように動きます。私たちのことは、どうぞお気になさらずに」
「何人ですか?」
「私を含め、館内には9人が入っております。外には、もう少し」
今度こそ、梶原の目が大きく見開かれた。
「国際手配犯とはいえ、相手は単なる宝石泥棒ですよ? どうして……」
「無用な詮索はされませんよう」
一瞬だけ、高木の瞳が暗く光った。それを梶原は見逃さない。そして、それ以上の追求をする権利が自分にはないこともわかっていたので、おとなしく引き下がる。
「わかりました」
「課長!」
そこへ、梶原の直属の部下、青山が走ってくる。
「では、私はこれで」
すっ、と高木は離れていった。
「今のは……?」
その後姿を見ながら、青山が薄気味悪そうに言った。青山も、彼の異様な雰囲気を敏感に感じ取っているようだ。
「CIROの人間だそうだ」
それを聞いて、青山がやはり目を見開く。
「なんで、内調がこんなところに……」
言いながら、居心地悪そうにあたりをみまわした。
「今回、うちが担当になったってのも妙な話ですし。ナイトフェアリーはただの宝石泥棒じゃないってことですか?」
CIRO――内閣情報調査室は、基本的には情報処理が仕事だ。青山が首をひねるのも無理はない。
「さあな。だが、俺達が無闇に首を突っ込んでいい話じゃないのは確かだ。ところで、何かあったのか」
水を向けられて、青山は思い出したように梶原を振り返る。さっき駆けてきた勢いの割には、ばつの悪そうな顔になった。
「あの……、美術館の様子をうかがっていた不審者を確保したとの連絡があって確認したのですが……」
普段はうるさいほど能天気な男が、めずらしく口ごもる。
「なんだ。報告は明確にといつも言っているだろう」
歯切れの悪い青山の物言いに、梶原はしぶい表情をつくる。
「はあ、それが……」
その様子を見て、梶原はあることに思い当たった。まさか。
「……来ているのか」