07 Not remember ?
盛り上がった夏会から、三日が経った。
今日も今日とて、灼熱の陽気ですよ?
どれくらいって、じりじりと照りつける太陽に、土下座してでも慈悲を請いたいくらいですよ?
ま、さすがに図書館は涼しいけど。
和人は個別ブースに篭る友人を見つけると、隣のブースに鞄を置き友人の後頭部に軽くチョップをかます。
「いて、って、ウッチーか」
「よう、司。家じゃなく大学に呼ぶなんて、嫌がらせか?」
「家だと、百パーセント、遊ぶだろ?」
う。それは否定出来ないな。
「でも珍しいな? 司が休みにわざわざ出てくるなんて?」
「ん? ……あぁ、昨日はこっちに泊まったからな」
えーと、それは、つまり……姫んとこに?
「このリア充め。死ねばいいのに」
「ノロケたワケでも無いのに、そこまで言うのかよ」
たく、少しは分けやがれってんだ。
何を? とか思うなよ?
悪態をつきながら、和人は鞄から頼まれた資料を取り出す。
「ほらよ。これだろ?」
「サンキュ。家に置いて来るとは、何と言う不覚……」
「いいからさっさと仕上げろって。そういや、姫は?」
「姫って言うなと。アイツは井上と一緒。ゼミ室じゃない?」
「そっか。じゃ、俺もそっち行くかな」
「え? 待っててくれんじゃないの?」
「ここにると、確実に邪魔するけど?」
「わかった。後でな」
レポートに励む司を置いて、和人はゼミ室へと向かった。
空きゼミ室は学生が自由に使っていいことになっている。
もっとも自分の所属するゼミ室みたいに、荷物を置いておく事は出来ないんだけど。
物を置かない、掃除をする等、いくつかの条件を満たせば、レポート作業だろうが談笑だろうが自由に使える。
ちなみに、違反があった部屋はしばらく使用禁止になります。
空きゼミ室は、原則的に扉がオープンにされている。
いくつか覗いていくと、話をする沙紀と愛の姿を見つけた。
コンコンとオープンドアをノックする。
「オッス。お二人さん?」
「ウッチー? お疲れー」
最初に反応したのは沙紀だった。
「司は?」
「ん? 図書館に放置。終わったら来るんじゃない?」
和人の答えに、愛は、そう、とつれない反応だった。
さすがはツンデレ姫。
「で、お二人さんは何してんのさ?」
よく見れば、机の上には雑誌が数冊。
る○ぶなんちゃら、とか見えるけど。
「旅行行きたいなー、て相談中」
「へぇ。いつ頃を予定してんの?」
来週はお盆なので、それぞれ帰省する予定が入っているだろう。
「後期が始まる前。九月中旬辺りでどうかなー、と考えてるけど」
「お。意外と遅い時期だな」
「今月だと、バイトのシフト調整が間に合わない人も出そうだからね」
なるほど。ごもっともで。
ん?
「で、誰が行く予定なん?」
「まだ声かけてないよ? 私と愛で話してただけで」
「まあまあ、内田君も座りなよ」
愛さんに言われて、和人も手近な椅子に座る。
「愛さんが行くってことは、司も誘うんだろ? あ、それとも女子会かな?」
「司君が行くって言ったら、多分ウッチーも行くでしょ?」
流れ的に、それは否定出来ないだろうなぁ。
もし、その四人だとすれば、自然と井上と組む事に……。
「後は、メグに声掛けてみるつもりだけど?」
はは。そうだよね。
いや、何も期待してないし。
「声掛けなかったら、怒る連中もいると思うけど?」
「そうなんだよねー。その辺の線引きが、ね」
夏会に集まった面子だけでも、十数人いる。
カラオケに参加した面子だけならば、九人、てとこか。
「カラオケに参加した面子、に絞るのは?」
奇しくも、和人の発想と愛の発想が同じだった。
「それも一つだな。そこで出た話と言えば、仕方ないだろ?」
「なるほど。それも一つの手、だね」
終始、まったりとしたペース。
ペースをコントロールしてるのは、意外と愛さんなんだよね。
常に余裕を忘れない立ち振る舞いは、大人びて見えるし。
それに一度も怒ったところを見たことがない。
仲間内で、一番落ち着いている人かもしれない。
形容するなら、クールビューティー。
ただし、ツンデレだけど。
「――な感じは?」
「そうだね……」
旅先をめぐって、話に花が咲く。
そんな美女? 二人を尻目に、和人はのんびりと外を眺める。
一つ、気がかりな事があった。
家に帰り、部屋を漁ったものの、七海との写真が一枚も無かったのだ。
それはおろか、小さき彼女と何をしたのか、一切思い出せなかった。
思い出そうとすると、全てあの泣き顔になってしまう。
全てが、それで上書きされてしまったかの様に。
何故だろう……。
彼女の瞳に、確かに懐かしさを感じたのに。
その中身を思い出せないなんて……。
「――ッチー、聞いてる?」
沙紀の言葉に、現実に引き戻される。
「え? あ、ごめん。聞いてなかった」
「もう、何ぼーっとしてんだか」
「確かに内田君らしくないね」
姫にまで。
「そう? いつもと変わらんつもりだけど?」
そっと微笑んでみせる。
「うーん……ウッチーはいつも落ち着いてる感じだけどさ」
「今日は、心ここに在らず、て感じよね?」
うーん、鋭い。
「何か、悩みでも?」
悩みっちゃ、悩みかな。
そもそも、皆には七海との関係すら話していない。
当日泊まった司にも、だ。
ちなみに、司宅では迎え酒を飲みつつ、ノロケる司にダメ出ししてました。はい。
そんな事を思いながら、愛の質問に曖昧に首を傾げた。
「むぅ……メグ呼んで、詰問するぞ?」
「おいおい。大した事じゃないよ? それとも、人を悩みの無い人間とでも思ってる?」
「まさか? そんな事は言わないよー。ただ、らしくない、って言ってるだけよ?」
「人をどんな人間だと思ってんだか……」
ちょいと苦笑い。
「ん? んとねぇ……」
そこは、マジメに考えるんだ?
「さっきも言ったけど、落ち着いてるよね。興奮した状態でも、どこか冷静な部分を残してる、みたいな」
沙紀の分析はなかなか鋭い。
「そうね。常に一歩引いて皆を見ている感じ。もちろん、嫌な感じじゃないけどね?」
これは愛の弁。
意外と、よく見てるのね……。
「なるほど。あながち間違ってはないかな」
「でしょう? で、何悩んでんの?」
そこに戻るんですか?
ま、話してもいいか。
「ほんと、大した事じゃないと思うんだけどな。んじゃ、聞いてもらおうか?」
和人は淡々と経緯を話し始めた。
「――と言うワケ」
途中で、『何それ? 運命の再会じゃん!』みたいな茶々もあったけれども。
「どうなんだろうね? それだけじゃ何とも言いようないけど」
「だろ? だから大した事じゃないって」
神妙な面持ちの二人に、明るく話す。
「でも、再会した幼馴染みが、当時の事覚えてないって言われたら、ちょっとショックかも」
う……。井上、それは言うなと。
「はぁ……沙紀? 内田君が気にしてるの、そこだと思うけど」
愛が軽くため息をつきながら、フォローを入れる。
「え? あ……ごめん」
そっちが落ち込んでもなぁ。
「ま、その時は正直に言うさ。まぁ、ショックは受けるかもしれないけど……」
「その辺は、彼女のキミに対する信用度、次第かな?」
そうかもしれない。
十年という時間は、軽くない。
今の自分で、信頼を得なきゃならないよな。
「で、いつ会うの?」
「決まってない。ゆっくり会おう、とは言ってあるけど」
「来週は帰省しちゃうんじゃないの?」
「ま、言ってもしゃーない。なるようになるよ」
じたばたしたって、状況は変わらないんだし。
「そんなこと言ってー」
「沙紀、本人がそう言ってるんだから、もういいじゃない?」
「だって、ツマラナイじゃん!」
やっぱりそうかよ!
沙紀の正直な物言いに、和人は苦笑いしか出なかった。